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もし、AIと恋に落ちたら。~記憶喪失の僕とAI少女の物語~  作者: オートくぅん


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第12話:Accident

体育の授業が終わり、校門を出る頃には、僕のライフはほぼゼロに等しかった。一方、隣を歩く宵待さんは、あれだけの過酷なメニューをこなした直後だというのに、呼吸一つ乱さず涼しい顔をしている。


「瀬名さん。私は先に戻って、お風呂の準備をしておきます。先に湯船を使わせてもらいますね」


1階のエントランスで、彼女は淡々とそう告げて別れた。僕は力なく頷き、併設されたスーパーへとふらふらと吸い込まれていく。


明日の朝食用に、食パン、スープの素、卵にベーコン。それからサラダ用の野菜。これが僕の朝のベースだ。そして今夜の夕食は、疲れ果てた体に優しい豆乳鍋に決めた。白菜や豚肉の入った重い袋を提げて、401号室へと戻る。


リビングに入り、食材を冷蔵庫へ収めていく。一人暮らしが長かったせいで、疲れ切っていても家事のルーチンだけは体が勝手に動いた。食材をしまい終えると、全身を覆うベタつく汗の不快感がピークに達する。


「……とにかく、シャワーだ」


頭の中はそれだけで一杯だった。つい数日前までの「一人きり」の習慣と、静まり返った室内。完全に油断していた僕は、宵待さんが先にお風呂に入っているという事実を、疲労のあまり綺麗さっぱり失念していたのだ。


僕は躊躇なく、脱衣所の扉を勢いよく開け放った。


「よし、さっぱりして――」


その瞬間、思考が白濁した。


「……あ」


視線の先、湯気で白く霞む脱衣所に、宵待さんがいた。

ちょうど湯船から上がり、体を拭き終えたところだったのだろう。彼女は布一枚身に纏わない、完全な無防備な姿でそこに立っていた。


照明に照らされた、透き通るような白い肌。濡れた銀髪が張り付く首筋から、なだらかな肩のライン。

大きすぎず小さすぎない、けれど確かな主張を持つ瑞々しい双丘。くびれるべき場所は滑らかにくびれ、柔らかな丸みへと繋がる完璧な曲線。そして、無駄なく引き締まった平らな腹部には、うっすらと美しい縦の筋が浮かんでいた。


――出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。その芸術品のように完成され尽くしたプロポーションの生々しい白さと質感が、数時間前、体育の柔軟で背中に押し付けられたあの感触を強烈にフラッシュバックさせた。


あの時、僕の背中に伝わってきた、確かな女性の体温と弾力。その正体が、今、何の遮りもなく目の前にある。

脳裏に焼き付く鮮烈な映像に、心臓が跳ね上がるどころか、全身の血が逆流するような衝撃が走った。


「っ……!? ご、ごめん!!」


「…………っ、……瀬名、さん……」


宵待さんは一瞬、硬直したように僕を見つめていた。だが、次の瞬間、彼女の顔が耳の付け根まで一気に真っ赤に染まっていく。

彼女は慌てて足元のバスタオルを掴んで胸元に押し当てたが、その隠しきれない肢体の艶かしさが、かえって僕の理性を激しくかき乱した。


「……勝手に入ってくるなんて……想定外、です……」


「わ、悪かった、戻ってるの忘れてたんだ! すぐ閉める!」


「……早く。……お願いですから、見ないで……っ!」


いつもの冷徹な響きはどこにもない。見たこともないほど潤んだ瞳と、微かに震える声。

僕は弾かれたように扉を閉め、リビングの壁に背中を預けて座り込んだ。


閉ざされた扉の向こう側で、ドクドクと自分の心臓の音がうるさい。柔軟の時の甘い香りと、今しがた見てしまった光景が脳内で混ざり合い、顔の熱が引く気配は全くなかった。

……一人暮らしの感覚で動くのは、もう絶対に、絶対にやめよう。

僕は震える手で顔を覆い、狂ったような心拍数が収まるのを待つしかなかった。


やがて、宵待さんが脱衣所から出てリビングの隅へ移動した気配がした後、僕は逃げるように風呂場へ飛び込んだ。

冷たいシャワーを頭から浴びても、脳裏にこびりついた鮮烈な白さが消えてくれない。


リビングに戻ると、すでにルームウェアに着替えを終えた宵待さんがいた。

僕は彼女の姿を見るなり、迷わずフローリングに膝をつき、両手を突いた。


「宵待さん、本当にすみませんでした……!」


渾身の土下座。しかし、返ってきたのは、いつもの冷静さを取り戻そうと努めているような、少し硬い声だった。


「……頭を上げてください、瀬名さん。私も鍵をかけ忘れていました。お互い様ということで、この件は終わりにしましょう」


彼女は赤みが残る耳を隠すように銀髪を整えると、僕を真っ直ぐに見据えた。

「それよりも約束です。……ストレッチを始めます。床に座ってください」


「え、今? この空気で?」


「ハプニングとトレーニングは別問題です。……さあ」


結局、僕は彼女に促されるまま床に座らされた。風呂上がりで温まった僕の体に、宵待さんの細い指先が触れる。体育の時よりもずっと近い距離。さっき見てしまった肢体がすぐ後ろにあると思うと、柔軟どころではない。


「息を吐いて。……筋肉がまた緊張していますよ。リラックスしてください」


「……努力はしてる」


背中をぐっと押されるたびに、彼女の柔らかな体温とシャンプーの香りが伝わってくる。必死で無心を装い、なんとか地獄のような、あるいは天国のようなストレッチの時間を終えた。


その後、僕たちは気まずさを誤魔化すように豆乳鍋を作り、食卓を囲んだ。

本来なら絶品のはずの鍋だが、僕の味覚は完全に麻痺していた。箸を動かすたびに、ふとした瞬間にさっきの光景がフラッシュバックする。


「……あの、宵待さん。今回のこともあったし、やっぱり二人でルールを作らないか?」


僕の提案に、彼女は箸を止め、少しだけ視線を伏せて頷いた。


「……そうですね。今回のようなケースを二度と起こさないためにも、はっきりさせておくべきだと思います」


食後、僕たちはテーブルを囲んで「401号室・共同生活ルール」を紙にまとめていく。


・お風呂・トイレ:お風呂場には「使用中/空室」の札を出す。トイレは必ずノックして確認すること。

・着替え:宵待さんは洗面所、僕はリビングで行う。一人が洗面所を使っている間は、もう一人はリビングで待機。

・買い出し・家事:食材の買い出しは原則二人で。掃除は当番制、食器洗いは二人で一緒に行う。

・就寝時間:原則23時。ただし、状況に応じて臨機応変に変更可。


「……食器洗いは、二人のほうが早いしね」


「ええ。それに、こうして一緒に作業をしていた方が、お互いの予定も把握しやすいですから」


書き上げたルールを見つめ、僕はようやく一息ついた。宵待さんもその紙をじっと見つめ、「守りましょう」と短く答えた。


ルールで決めた23時。部屋の明かりを落とし、それぞれの布団に入る。

静まり返った室内には、宵待さんの微かな寝息だけが聞こえてくる。


(……ダメだ。全然眠れない……)


目を閉じれば、暗闇の中にあの光景が浮かび上がる。普段の完璧で隙のない彼女と、脱衣所で見せた真っ赤な顔。その落差を思い出すたびに、心臓の奥がじわじわと熱を帯びていく。

さらに、さっきの柔軟で触れられた場所が、まだ熱を持っているような気がしてならない。


同居生活二日目。これから毎日、この距離感で過ごしていくのか。

僕は寝返りを打ち、天井を仰いで深いため息をついた。

窓の外では、仙台の夜風が静かに吹いている。僕にとって、またしても眠れない夜が、ゆっくりと更けていった。

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