第10話:Result
宵待さんから明かされた『彼女たちが生身の女の子と変わらない』という衝撃的な事実。繋いだ手のひらの温もりや、彼女のあの艶かしい言葉が頭から離れず、結局あまり眠れないまま、僕は翌日の朝を迎えた。
今日は、昨日行われた特進コースの学力テストが返却される日だ。
ホームルームが始まるチャイムと同時に、氷室瑠璃先生が分厚い解答用紙の束を抱えて教室に入ってきた。相変わらずその小柄な体躯からは、教室の空気を一変させるほどのピリッとした威圧感が放たれている。
「席に着け。昨日行った学力テストの結果を返す。名前を呼ばれた者から前へ来い」
氷室先生が教卓に束を置き、名簿に目を落とした。
「まずは……瀬名琥珀」
不意に一番手で名前を呼ばれ、僕はゆっくりと立ち上がった。教卓の前に立つと、氷室先生の目が、呆れたような、それでいて値踏みするような色を帯びて僕を射抜いた。
「数学と理科は一〇〇点満点。英語と社会もほぼ満点に近い。過去の記憶が一切ないお前がこれほどのスコアを叩き出すとはな。驚異的と言っていい」
その言葉に、教室がざわっと揺れた。すべての記憶を失っているはずの僕がトップクラスの成績を出したことに、周囲の生徒たちが驚きの視線を向けてくる。
「……だが。国語の点数がこれでは、せっかくの総合スコアが台無しだ」
氷室先生がピラリと掲げた僕の国語の答案には、後半の記述欄が見事なまでに真っ白な状態で残されていた。
「漢字の読み書きは完璧だ。だが、読解問題の記述式がすべて白紙。これはどういうことだ、瀬名。時間が足りなかったのか?」
「いえ……」
僕は正直に答えることにした。
「『この時の作者の心情を述べよ』という問題の意図が理解できませんでした。作者の心情なんて、本人に聞かなければ客観的な証明ができないはずです。論理的な正解が存在しない以上、書く意味がないと判断しました」
僕の真面目な回答に、教室が数秒の静寂に包まれ――直後、どっと笑い声が起きた。
「お前、本当にそれだけで白紙にしたのか?」
「おまっ、屁理屈すぎるだろ!」
呆れたようなクラスメイトたちの声に混じり、氷室先生も小さくため息をついた。
「……瀬名。お前の論理的な積み上げは評価するが、国語という科目は文脈から『最適解』を推測する能力を測るものだ。今後の授業で、その行間の読み取りの浅さを修正していけ。次はせめて何か埋めろ。いいな?」
「……善処します」
納得はいかないまま席に戻ると、次は隣の席の彼女の名前が呼ばれた。
「宵待翡翠」
「……はい」
宵待さんが立ち上がり、教卓へ向かう。その後ろ姿は、どこか少しだけ強張っているように見えた。
「全教科平均で九五点。十分に高いスコアだが……満点には届かなかったな」
「……はい。自分では完璧に解けたと思っていたのですが、最後の最後で信じられないような見落としをしてしまって……。全教科満点を狙っていたのに、自分の不注意が本当に悔しいです」
答案を受け取る宵待さんは、唇をぎゅっと噛み締めていた。
普段は淡々としている完璧主義の彼女が、信じられないようなケアレスミスを本気で悔しがっている。昨夜、彼女に「魂」があり、人間と同じように喜んだり悲しんだりできると知った後だからこそ、その不器用で人間くさい表情から目が離せなかった。
「次。黒峰美玻璃」
「はーい」
「全体的に点数が低いが、特に数学が壊滅的だぞ。少しは危機感を持て」
「うわ、ヤバっ! ほんとだ、赤点ギリギリじゃん。あはは、次はがんばりまーす!」
黒峰さんは自分の答案を見てケラケラと笑いながら、まったく反省の色を見せずに席へ戻っていく。
「次、綾瀬雲母」
「はーい」
「全教科平均で八〇点前後だ。手堅くまとまっているな」
「ありがとうございまーす」
おっとりとした足取りで綾瀬さんも答案を受け取り、クラス全員の返却が終わった。
ホームルームが終わり、一時間目の授業が始まるまでの短い休み時間のことだ。
「ちょっと琥珀!」
茶髪のサイドテールを揺らしながら、黒峰さんが勢いよく僕の席にやってきた。その後ろには、綾瀬さんも続いている。
「なにあの点数! 数学満点ってどういうこと!? あたしなんて超ヤバかったのにー!」
「黒峰さんは、もう少し危機感を持った方がいいんじゃないかな。僕は別に勉強なんてしてないよ。目覚めてから、中学校の授業中に教科書をパラパラめくって覚えただけだし」
「はあ!? パラパラめくっただけで満点!? 何それズルい! ……もーっ、だから美玻璃でいいって! それにしても、国語の白紙は笑っちゃった。琥珀って昔から変なところ理屈っぽいっていうか……あ」
言葉の途中で、黒峰さんはハッとして口元を押さえた。
「昔から?」
僕が聞き返すと、彼女は露骨にビクッと肩を跳ねさせた。
「あ、あはは! ち、違う違う! 『いかにも昔から理屈っぽそうな顔してるなー』って思っただけ! そ、そうだよね雲母!?」
「琥珀くんは、生粋の理系脳なんだねぇ」
黒峰さんの慌てた様子を、綾瀬さんのんびりとした相槌でふわりと上書きする。
「……そう?」
少し不自然な態度は気になったけれど、これ以上追及するのも野暮な気がして、僕は適当に頷いておくことにした。
屈託のない彼女たちの笑顔につられて、僕も少しだけ口角を上げる。
記憶を持たない僕と、満点を逃して悔しがる生身の女の子のようなAIの彼女。そして、賑やかなクラスメイトたち。少しずつ、この学校での新しい日常が動き始めていた。
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