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【証拠はいらない】何年もの片想いは、無駄じゃなかった

作者: Wataru
掲載日:2026/01/29

 相談者は、三十代後半の女性だった。


 服装は地味だが、清潔感はある。

 視線は落ち着いているのに、手だけが落ち着かなかった。


「……長い片想いの相談です」


「相手は?」


 少し間があって、彼女は言った。


「既婚者です」


 それだけで、説明は十分だった。


「最初から、分かってました」

「選ばれないことも」

「報われないことも」


 声は冷静だった。


「期待もしてません」

「奪う気もないし」

「何かしてほしいわけでもない」


 少し息を吸ってから、続ける。


「ただ……」

「好きでいるのが、無駄だって分かってるのに」

「やめられなくて」


 俺は、何も書かずに聞いていた。


「何年?」


「六年です」


「長いな」


「ですよね」


 自嘲でも、悲壮でもない笑いだった。


「頭では、ずっと分かってるんです」

「この時間に意味はないって」

「未来もないって」


「でも?」


「それでも、消えない」


 沈黙。


「何が一番、怖い」


彼女は、すぐには答えなかった。


「……この時間が」

「全部、無駄だったって思われることです」


来たな、と思った。


「誰に?」


「……自分に」


俺は、椅子にもたれた。


「聞くぞ」


彼女は、うなずく。


「その人を好きでいた時間」

「幸せだったか」


迷いはなかった。


「はい」


「苦しかった?」


「はい」


「両方か」


「……両方です」


「なら、失敗じゃない」


彼女が顔を上げる。


「でも、何も得てません」


「違う」


即答だった。


「好きでい続けた」

「逃げなかった」

「自分の気持ちを、裏切らなかった」


「それは――」


「結果じゃない」

「生き方だ」


彼女は、唇を噛んだ。


「諦めた方が、楽ですよね」


「楽だ」


「……」


「でもな」

「諦める理由を、今ここで作る必要はない」


「え?」


「続けろとも言わない」

「終われとも言わない」


俺は、指で机を軽く叩く。


「ただ」

「“意味がなかった”って判決だけは」

「出すな」


彼女の目が、潤んだ。


「それは……許されますか」


「誰に許可を取る気だ」


小さく、笑う。


「その時間を生きたのは、あんただ」


長い沈黙のあと、彼女は息を吐いた。


「……証拠」

「いりませんでしたね」


「ああ」


「好きだった、で」

「もう、十分だったみたいです」


立ち上がり、深く頭を下げる。


「まだ、好きでいてもいいですか」


「好きでいるかどうかは」

「相談じゃない」


彼女は、少し驚いてから、笑った。


ドアが閉まる。


事務所に静けさが戻る。


相棒が、ぽつりと言う。


「……長い片想いって、残酷だね」


「綺麗だろ」


「どうして?」


「真っ直ぐだから」


それだけだった。


片想いは、

叶わなくても、嘘にはならない。


その時間を生きた事実だけで――

もう、証拠はいらない。


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