さいごに
後から知ったことだが、あの時部屋に突入してきた人たちは警官ではなかった。
いや、確かに警視庁に勤務する人たちではあったが、「警官」と呼ぶにはあまりに特殊な課の人たち。ヒトの通常の理解を超えた現象や存在を追跡し、撃退し、可能であれば収容する--そういうことを生業にしている人たちらしかった。
あゆむには問答無用で銃口を突きつけた彼ら彼女らだが、人間である私には親切だった。彼らはあゆむと私を「収容」した。ふうかちゃんは彼らが到着した時すでに姿を消していたらしい。彼らは今でもふうかちゃんの行方を探している。
私は乗せられた車の中でことの真相を知らされた。
世俗との関わりを極力持たずに暮らす沢崎家には、かねてから黒魔術的な活動の気配があると見られていた。その影響か、はたまた全くの偶然か。沢崎家にはヒトならざる兄妹が生まれた--あゆむとふうかちゃんだ。
二人を産んだ母親はその奇怪な姿や振る舞いに正気を削り取られていった。だからこそ感情的になり、あゆむを自分から遠ざけようとしたのかもしれない。
そんな警察がいよいよ本格的にあゆむの身柄確保に動き出したのは、あのアパートの「不審火」かららしい。出火元のあの部屋は、やはりあゆむの仮の住まいだった場所なのだ。住人の退去に伴って空になったはずの部屋には、壁に張り付くようにして巨大な繭に似たものが残されていた。その中で蠢いていたのは小さなあゆむの子どもたち。大家を敵とみなして攻撃したのだろうが、放った火炎が大きすぎて自分たちまでも焼いてしまった。そうはいっても小さな彼らの喪失を、あゆむはきっと気にしないだろう。
警察の初動は事態に対して遅かった。この一件により発生した犠牲者は7名。ふうかちゃんを保護しようとやってきた6人の児童養護施設職員--所長と同僚も含む--と、あゆむと最も密に接触した私。
あゆむは嘘をついていた。あゆむは行方不明になった施設職員たちの所在を知っていた。彼らは屋敷の二階--私が通されたのとは別の部屋--から発見された。彼らはもはやただの真っ白な骨でしかなくなっていた。
私は警官に両脇から支えられて屋敷の階段を降りていった。すると--。開け放されたままの玄関に、真っ赤な血の筋がふたつついていた。筋は裏庭の方へ続いていた。
それを目にした瞬間に私は悟る。二人はふうかちゃんに手を引かれて遊びに行ったのではない。同僚が一瞬言葉を途切れさせたあの刹那に、あゆむの触手が二人の首を胴体から切り離していたのだ。ふうかちゃんはもはや物言わぬ二人を引きずっていき、一人久々の馳走を楽しんだ。私はあの時からあゆむの力によって、事実とは違うものを網膜に映し出されていたらしかった。
長い話をしてくれる警官の声色は痛ましかった。今私は理解している。あの警官は私の今後を憂えていたのだ。
収容施設には必要なものがすべてある。清潔な寝具に服。十分な食事、紙とペン。欲しければ本だって与えてもらえるだろう。ないのは自由だけだ。
一連の出来事について、警官は彼らが知りうるすべてを私に教えてくれる。それはせめてもの温情であろう。私は残りの人生をずっとここで過ごすのだから、情報漏洩の心配はいらない。
私はもはや一般社会に解放することのできない存在に成り果てていた。あゆむの毒気に当たり、彼の言葉を大量に耳にし、正気を失ってしまったのだという。自覚はないが、そうなのかもしれない。
けれど不思議だ。苦しさは全くない。
あゆむも同じ施設に収容されているというが、もちろん顔を合わせることは許可されない。私は可哀想に思う--あゆむも同じ施設のどこかで、私と同じように鋼鉄の箱に収められて過ごしているのだろう。きっと私には想像もできないような、果てしない退屈に駆られているに違いない。彼にはきっと行くべき場所があるはずなのに、それは絶対にここではないのに、こんなところに留め置かれているいるなんて。昔やっていた絵皿の制作なんて、彼にとっては生やさしい暇つぶしのすぎなかった。彼が描き、人々を魅了した図柄のひとつひとつが、観察者へ繋がる窓。警察は絵皿を回収しこの世から抹消したいと望んでいるかもしれないが、きっとすべてを回収しきることはもはや不可能だろう。あまりにたくさん描かれすぎてしまったから。
風の噂で、施設が襲撃に遭ったらしいと知る。誰かが鋼鉄の箱を容易く破壊し、収容物(私たちは人間だろうが事物だろうが『収容物』と呼ばれる)がひとつ脱走したとか。私の頬を涙が伝い落ちた。笑みさえこぼれていた。きっと彼だ。そしてその妹だ。どこかに身を潜めて機会を窺っていたふうかちゃんが、兄を解放しにきたのに違いない。あの二人がどこかで自由に過ごしていると考えると、私は自分の不自由さなんてどうでも良くなって、ただひたすらに喜ばしいと思う。
ふうかちゃんは、私に嘘を語ったのか? ある部分では、そうかもしれない。あゆむはあの子が語ったほど感情的ではなかったし、あの子は自分で語ったほど兄を恐れてもいなかった。きっとあれは長年家族の間で使われてきた方便の名残なのだろう。知りうる全てを知った後でも、私はふうかちゃんに対して怒りも憎しみも抱かなかった。実際、もう何もかもどうでもいい。
ここへ収容されてから、数えきれないほどの聞き取り調査に協力してきた。だがそんな日々も、もうすぐ終わる。私は愛する者のために死ぬのだ--これがあのクラゲの触手に触れられたせいなのか、純粋に私の内面から発生した感情なのかわからない。だが私は確かに、あゆむを愛していた。
だからこそひとつだけ、今初めて書き留めようとすることがある。私があの日、あゆむに勧められたものを食べたこと。あの白い軟体を、あゆむの言葉通り、噛まずに、喉元深く流し込んだこと。
這い上ってくる。胃の腑に棲みついたあゆむの子どもたち。私が食べたものを食べて成長したかわいい雛たち。この子らはきっと外へ
(手記は飛び散った血痕と吐瀉物で汚れ途切れている)




