3話 もう諦めない
結局、お姉さまに抱きついて離さない私は、後から追いかけてきた母と侍女に体を無理やり剝がされた。
でも嫌だったから、子供らしくもう泣き喚いてあげた。
それで暴れてあげた。
何度お姉さまから剝がされても、喚いて暴れて、お姉さまに抱きつくを繰り返したら、その日はお姉さまと一緒に寝ることを許された。やってみるものだ。前だったら諦めてたけど。
お医者さんは母にものすごく詰め寄られていた。「ちゃんと診て」とか「あんな奇行をする子じゃない」とか言ってたから、心の底でお医者さんごめんなさいって思ったよ。うん、ごめんなさい。
お姉さまは変わらず静かで、ベッドの中で私がひっついても何も言わなかった。戸惑っていると言った方が正しい気もするけど。ベッドに入る前に、どうしたらいいのか分からなそうに眉を寄せたり、チラチラと私の方を見てきたから、間違っていないはず。
けど、お姉さまは嫌だって言わなかったから、ちょっと嬉しくなった。
シンと静まり返った部屋で、ベッドから出した自分の小さくなった手を改めて見てみる。本当に戻ったんだ。信じられない。信じるけども。
ちょっと温かいお姉さまの体温が伝わってきて、さらに実感する。生きてなきゃ、こんな風に温かさは感じない。
知ってるから。
あの冷たさを。
あの冷たさはちゃんと覚えてる。嘘だ嘘だって思いながら、何度もその手を握ったんだから、間違いない。
だけど、今のお姉さまの温かさも本物だ。
夢なんかじゃない。
夢だったら、絶対お姉さまは私の手を払っている。
あの時、あの女の子が放った光が原因じゃないかって思う。それ以外に考えられない。なんであの子がそんなことをしたかも、どうやってあんな魔法を知っていたのかも分からないけど。
ぎゅうっとその小さくなった手を握った。
こんな機会、手放せない。
もう遠慮はしない。
だって、こんな奇跡はもう二度と起こらない。
また次もあるなんて思わないし思えない。
だから、
今度こそ、
ちゃんとお姉さまが笑顔でいられる居場所を作るんだ。
……でも、まず私がやるべきことってなんだろう?
「……もう寝たら?」
これから先のことを考えていたら、隣のお姉さまが声を掛けてきた。今の動きで起きているのがバレちゃった。ごめんなさい、寝るの邪魔するつもりはなくて。
……思えば、こういう風にお姉さまと一緒に寝るなんて初めてだ。
そそそっと近づいて、ピタッとお姉さまの背中にくっついてみる。ああ、やっぱりあったかい。
まだお姉さまの体は小さい。でももうこの頃から、母から食事を減らされているはず。だから、一般の子供たちよりお姉さまは小さい。
――そうだよ! ご飯をまずちゃんと食べてもらおう!
前はすぐにお母様に見つかって上手くできなかった。私が何か食べられるものをお姉さまに持ってきても、その後さらに酷いことをするから、逆に持ってこない方がいいんじゃないかって思っちゃったんだよね。
けどやっぱりこんな小さい体なんだ。
子供はちゃんと食べるべきだよ。
ハアと顔は見えないけど、お姉さまが息を吐いたのが分かった。私がこうしてるの嫌なのかな? いやいや、嫌だよね。私のこと、お姉さまは嫌いなはずだし。
それでも、もう私はめげるわけにはいかない。
「お姉さま」
「……何?」
「明日のご飯、何食べたいですか?」
「……別に、なんでもいいわ。食べられれば」
その言葉が、一層悲しくなってくる。
前の自分が、憎らしくなってくる。
知っていたのに、状況が悪くなるからって結局何もしなかった自分が。
「お姉さま!」
ガバッと起き上がってお姉さまの顔を覗き込むと、目をパチクリとさせて私のことを見上げてきた。驚かせてしまった。ごめんなさい。
それでも、ちゃんと伝えたくて!
「明日からは、私もここでご飯を食べます!」
「……え?」
「おいしいもの、いっぱい作ってもらいますから! だから、ちゃんと全部食べましょうね!」
「えっと……?」
「お母様のことは気にしないでください! いざとなったら、今日みたいに駄々こねますから!」
「それ、大丈夫じゃないんじゃ?」
「大丈夫です!」
なんでお母様がそんなにお姉さまのことを嫌っているのかなんて、もう考えない! お姉さまのお母様のことが嫌いなら嫌いでいいけど、その気持ちをお姉さまにぶつけるのは間違っているってやっぱり思うから。
それに、
「私はずっと、お姉さまと一緒に食べてみたいって思ってました」
お姉さまとおいしいものを食べた時に、そのおいしいを一緒に感じたかった。
「だから、一緒に食べましょう!」
自分でも少し楽しみに思えてくる。お姉さまとご飯食べたり、お喋りしたり、色んなことをしていきたいって思うから。
そう私が思っていても、お姉さまは不安だよね。お母様がきっと色々してくるって思っているだろうから。私の知らないところでも、今まで絶対お母様はお姉さまに何かしてきたはず。
でももうそんなことはさせないから。
あの人が何を言おうが、何をしてこようが、私はお姉さまが笑えるように、悲しまないように、何でもするつもりだから。
お姉さまが不安がらないように笑うと、少し呆然としていたようだったお姉さまが、「……許されたらね」と小声で言ってくれた。
許すも許さないもないですよ。
私が、それを望んでいるんだから。
だから、やるといったらやるんです!
前みたいに諦めたりしないんだから!
「お姉さまの好きなもの、教えてください」
「……もう寝たら?」
あ、そっぽ向かれちゃった。
でも、こんなにこの子供の時に話したの、初めて。
それが嬉しくて、また布団を掛け直してからお姉さまの背中にくっついてしまう。けどお姉さまは私のことを邪魔にしないで、そのままにしてくれた。
この温もりが夢じゃないといい。
明日起きたら、やっぱりこれは夢で、教会にいたりしなかったらいい。
そう願って、目を閉じた。