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30話 嬉しくないわけない


『はひほれ! おいひい!』

「……」


 肩でモッシャモッシャとさっきタックが買ってきてくれた珍しいリンゴを食べているスクルを、思わずジト目で見つめた。それ、何個目? タック、与え過ぎじゃない?


 タックが私たちと合流した時に真っ先にスクルに渡していたんだよね。ものすごい目をキラキラさせて。スクルもそのリンゴを見て、『おお! さすがタック! 分かってるう!』とか言いながらさっそく齧り付いているわけだけど。こっちとしては、できればまずいリンゴをぜひ見つけてほしいんだけども。


 そのタックはさっきカーラがお姉さまに絡んでいるのを知って、ちょっと落ち込んでいるみたい。カンナもだけど。「そばにいなくてすいません……」って、カンナも一緒に謝ってきた。


 いやいや、謝ることないんだよ。カンナもそうだけどさ。タックだって別に護衛ってわけじゃないんだよ? そもそも今日だって、殿下の護衛が一緒に来てくれるって言うから、お父様たちの許可もなしに勝手に来ちゃったわけだしね。


「本当にすまない……僕がいながら」


 その殿下もかなり落ち込んでいるよ。珍しくいつもの作り笑顔が剝がれちゃってる。


 私たちのそばにいた護衛さんにもさっき謝られた。カーラは子供だし、どこから止めようかと悩んだらしい。しかも貴族だから余計。ここに来たのは殿下のお忍びだしね。止めた結果、殿下がここにいることがバレたら大変になるから、余計悩んだんだね。


「大丈夫ですから」


 お姉さまが気遣って、殿下と護衛の人に声を掛けていた。優しい。けど、殿下相手には勿体ないんじゃないかとも思います! 


「でも――」

『うんん? なになに、王子様ってば元気ないじゃん? ほれほれ、このリンゴでも食って元気出したまえよ』

「ふぐっ!」


 いきなりスクルが殿下の口にりんごを突っ込んだよ。ちゃんと殿下の肩にジャンプしてるし。あ、殿下が苦しそう。侍女さんが一生懸命背中を擦ってますね。


 スクルが『あ、やべ、やっちゃった?』って言ってるけど、大丈夫! そんなリンゴの一部を突っ込まれただけで、その人は死なないから!


 でもこれで侍女さんたちに不敬って思われて、罰をってならないようにしなきゃね。そんなことされたら、お姉さまが悲しむじゃない。


 というわけで、咽ている殿下に振り向いてあげた。


「殿下、それスクルからの元気のおすそ分けらしいです」

「げほっ……え?」

「おいしいもの食べたら元気になるんじゃないかって思ったみたいですよ」


 パチパチと目を瞬かせて、肩にいるスクルに顔を向けている。スクルの方はなんでそんなにうんうん頷いてるの?


『そうそう。王子様にはこれからいっぱい珍しいリンゴ買ってもらうんだから、元気じゃないと困るってことよ!』


 あ、うん。ただ欲望に忠実なだけだった。そんなスクルは放っておいて、と。


「私もお姉さまも大丈夫ですし、さっきの子に絡まれたのは殿下のせいとかも思ってないですよ」

『そうそう。王子様よりフィリアの無自覚暴走の方がよっぽどタチ悪いから、気にしなさんなって』


 ほう。へえ。スクル、よくそんなこと言えるね。


 殿下の頬をペチペチと小さい手で叩いているスクルにイラーってしてしまう。殿下は殿下でちょっと安心したように息を吐いてから微笑んでいた。


 そもそもスクルがその危険性をこれまで全く説明してくれなかったせいなんですけどね! 絶対帰ったら、めちゃくちゃ酸っぱいリンゴをその小さい口いっぱいにツッコんであげようじゃない!


 家に帰ってからのスクルがするであろう苦悶の表情を想像していると、お姉さまがピタッと歩みを止めた。どうしたんだろ?


「お姉さま?」

「……何でもない」


 うん? なんでもなくはなさそうですが?


 ついお姉さまの視線の先を見てみると、可愛らしいアクセサリーがいっぱい並んでいるお店があった。指輪にイヤリング、ブレスレット、ネックレスと種類が豊富だ。


「セレス、興味あるの? さっき僕もチラッとだけ見たけど、とてもいいものばかりだったよ。宝石店みたいにしっかりした素材じゃないみたいだけどね。平民向けの売り物らしい」


 いつの間にかいつもの作られた笑顔を浮かべながら、殿下が教えてくれた。平民向けかぁ。でもここから見ても、どこか可愛らしいデザインだと思う。


 お姉さまがこういうアクセサリーに興味あるなんて知らなかったけど、見たいならもっと近くで見てほしいな。


 クイッとお姉さまと繋いでいる手を軽く引っ張ると、私の方を見てくれた。


「お姉さま、一緒に見ましょう?」

「私は……別に……」

「じゃあ、私が見たいです。付き合ってくれませんか?」


 チラッとお店の方を見てから、また私に振り返る。悩んでいるかのように、殿下にも視線を向けていた。


 まだまだお姉さまは自分のしたいことを積極的に言えるわけじゃない。どこか遠慮している。今は殿下も一緒だから、絶対気を遣ったんだと思う。お父様とご飯食べる時もそうだし。言葉を選びながら会話してるの分かってるもん。


 だから、今みたいに悩むようなら、私が我儘を言うんだ。

 そうすれば、お姉さまも頷いてくれるから。


「殿下、いいですよね? ちょっと見てみたいです」

「うん、いいよ。あんまり大人数で押しかけても困るだろうから、僕たちはちょっと離れてるね」


 肩にいるスクルに違うリンゴの欠片で餌付けしている殿下に許可を取ると、軽くお姉さまの手を引っ張った。スクルの餌付けが出来て、殿下は嬉しそう。スクル? 殿下の与えてるリンゴに夢中だから放っておく。


「行きましょう、お姉さま!」

「……走らなくて大丈夫だから」


 まだまだ遠慮しがちだけど、こうやって興味が引かれることがあるようになったのは本当に嬉しいや。


 それに、さっきすごい心配かけさせちゃったし。お姉さまには今日を楽しんでほしいから、私もすごい楽しいんだぞってところを目一杯見せないと! そうすれば楽しい気持ちになってくれるはず!


「えへへ。どんなのがあるんでしょうね!」

「……」


 ほら、やっぱりお姉さまは一緒に来てくれる。お姉さまが気に入るものがあればいいな、と自分でも楽しくなりつつ、そのお店に足を運んだ。



「ふああ」


 お店の前に着くと、思わず声が出てしまった。


 机の上には本当に色とりどりのちっちゃい宝石がついているアクセサリーがいっぱいだ。デザインがお洒落だし、可愛い。花とかをモチーフにしているものもあれば鳥の羽だったり、これは……何かの動物の尻尾なのかな? とにかく色々とデザインの種類があって、見ていて全然飽きない。


「これ、本物ですか?」

「あはは、本物ですよ」


 気さくな店主さんが笑って答えてくれた。どうやらこの人、私たちみたいな貴族の子供にも慣れている感じだ。私たちの前にいた子も多分貴族の子だしね。使用人さんと一緒に見ていたし。


「本物は本物ですがね、でもほら、小さいでしょう? しかもよく見ると実は傷がついてたりするんですよ。加工しても取れない傷でして。だからこそ、この価格でいけるんですがね」


 確かに値段は宝石店に置かれているものより格段に安い。これなら平民たちでも普通に買えると思う。殿下の情報通りみたい。


「お嬢さんたちには関係ないかもしれませんが、どんな子でも手に取れるようにしたかったんですよ」


 ちょっと苦笑いしつつも、私たちとは離れたところにいた平民の子供たちに、温かい視線を向けている。あ、この人いい人だって直感で分かった。


「あ、でもデザインは自信ありますので、気に入ったものがあれば教えてくださいね」


 うんうん。それも分かる。どれもこれも可愛いもの。


 つい同意しちゃってコクコク頷くと、店主さんは楽しそうに笑ってから、先程の平民の子供たちに呼ばれて行ってしまった。あの子たちもすごい嬉しそうな顔してる。気に入ったものが見つかったんだろうな。


 こういう光景は見ていて和むなぁ、と、嬉しくなってつい笑ってしまった。


「お姉さま、本当に可愛いものばかりですね!」

「……そうね」


 お姉さまの方を振り向くと、近くにあったネックレスを手に取って見ていた。それが気に入ったのかな? 


 お姉さまの手に取っているものに視線を向けると、太陽をデザインした物みたい。真ん中に琥珀色の宝石がついている。琥珀を太陽の光に見立てたのかも。


「それ、気に入ったんですか?」

「っ……そういうわけじゃ……ないけど……」


 ふいっと何故か顔を逸らされた。え、なんで⁉


 慌てたようにお姉さまはそのアクセサリーをあった場所に戻している。あれかな? なんとなく見ていただけかな?


 ついそのアクセサリーを置いた手を見ていると、その向こう側に月の形をしたアクセサリーがあった。


 ……これ。


 自然と自分の腕を伸ばして、そのアクセサリーを手に取ってみる。


「わぁ……」


 感嘆して声が零れた。

 見たところただのブレスレットみたいだけど、視線はそのブレスレットにつけられている小さい小さい宝石。


 これ、サファイアだ。


 月の形にサファイアの青い光が輝いている。


「綺麗……」


 小さいけど、その輝きは失われていない。目を奪われる美しさ。


 銀色の枠の中で輝いているそのサファイアの石は、どこかお姉さまを思い起こさせる。


 私の、大好きな色。


「気に入ったの?」


 隣からお姉さまの声が聞こえたから、そのアクセサリーを持ったまま振り向いた。目線の高さまで持ち上げていたから、お姉さまの瞳の色とその石が二重に見える。


 ああ、うん。

 この色が、お姉さまの色だ。


「はい! お姉さまの瞳の色と一緒です!」


 なんか嬉しくなって、笑みが零れる。


 綺麗で、

 本当に綺麗で、


 いつまでも見ていたくなる。


「そ、そう……」


 パチパチと目を瞬かせてから、またふいっと顔を横に向けられてしまった。なんで⁉


「買われますか?」


 後ろからカンナが気を遣って声を掛けてくれた。そうだね。買うのありかも。値段も見たら、そこまでお高いものじゃない。さっき店主さんが言ってたように傷とかついてるのかな? 


 私には分からないけど、お父様とバールも、これぐらいのものだったら特に怒ることはないと思う。


 ……お姉さまにプレゼントしようかな? お姉さまに似ている色だし。小さい月のデザインも可愛いし。


 うん! 決めた!


「買います!」

「はい、分かりました」

「買うの?」

「はい!」


 お姉さまにも聞かれたから力強く答えると、悩んでいるかのようにそのブレスレットを私の手から取っていた。あ、もしかして気に入ったのかな? えへへ、じゃあきっと喜んで――


「アネッサ、これは私の方から」

「かしこまりました」

「へっ⁉」


 ――とか思っていたら、何故かお姉さまが払うとか言いだしたよ⁉ なんで⁉ そりゃお小遣いは私とお姉さまは別々で貰ってますけどね⁉ 今日も実はそれぞれのお財布持ってきてますけどね⁉


「お姉さま⁉ これは私が払いますよ!」

「? 買えない値段じゃないから」


 いやいや、そうじゃなくてですね⁉ そんな可愛らしくコテンと首を傾げられてもですねぇ⁉ 


「と、とにかく自分で払いますから!」

「別に平気」


 平気じゃない! 私が平気じゃない!


「お姉さまにプレゼントしたいんです!」


 つい口に出してしまったら、お姉さまがぽかんと口を開けている。


 しまったあああ!!!! 本当は驚かせたかったのに! しかもサラッと渡すつもりだったのに! 全部台無しじゃないか!


「……私に?」

「え……あ……ぅ……はい……」


 どんどん声が小さくなっていくけど、気にしていられない。ちょっと渡す時のことを想像してたし、しかもそれを今自分で全部台無しにしたという事実。私、かっこ悪すぎない⁉


「お姉さまに……似合うと思って……」

「……」


 お姉さまが無反応すぎる! ぐっ! きっと失望しているんだ! プレゼントもスマートに渡せないとか、がっかりしてるんだ! きっとそうなんだ!


 顔を見れないから、下に俯かせて内心自分の不甲斐なさに打ちひしがれていると、黙ったままだったお姉さまの手が見えた。


「お姉さま?」


 お姉さまの手が私の手を取って、そのままそのブレスレットを私の手首につけてくれる。なんで⁉


「あの、お姉さま? だからこれは――」

「……あなたの方が似合う」

「へ?」


 え、あれ? 今、なんて?


 言葉をよく呑み込めなくて、ポカンと今度は私が口を開いてしまうと、お姉さまの頬が少しだけ赤くなった。ふいっとまたまた視線を逸らされてしまう。


「あなたの方が……似合うと思う」


 ――反則過ぎる!


 唐突のそんな嬉しい言葉に、自分の顔も熱くなってくる。似合うって言われただけだけど、まさかそんなこと言ってくるなんて思わないじゃないですか!


 ついお姉さまと自分の手首を交互に見てしまった。


 し、しかも……これ、お姉さまの色なんだよ⁉ 

 それが似合うって、似合うって思ってくれてるって……!


 そんなの……嬉しくないわけない。

 嬉しくないわけ、ないじゃないですか。


 ギューッと胸の奥がこれでもかってぐらいに締め付けられる。


「だから、その……私が、買う」


 う、うあー……もう……そんなこと言われたら、貰わないわけないじゃないですか!


 堪らなくなって、ガバッとお姉さまに抱きついた。驚いたのかお姉さまの体が少しよろめいたけど、構わずグリグリと肩に自分の顔を押し付ける。


 行き場のない溢れる感情を、どうにも抑えられなくなる。


 ……ズルすぎます、お姉さま。

 こんなの、誰だって嬉しくなります。


 誰だって、 嬉しくなりますよ。


「……いらない?」

「いります!」


 不安そうな声で聴いてきたから、反射的に顔を上げちゃったよ! いらないわけない! お姉さまからのプレゼントだよ⁉ しかもお姉さまの瞳の色に似ているんだよ⁉


「すっごい、嬉しいです!」


 本当に嬉しかったのと、ちょっと不安そうだったお姉さまを安心させるために、嬉しさ全開の笑顔を向けたら、「そう」とまた視線を外された。だからなんで⁉ ちゃんと伝わってる⁉


 あ、でも待って。これをプレゼントされたら、私がお姉さまにプレゼントを渡せなくなっちゃう! 私からもプレゼントしたいのに!


「お姉さまは何が気に入りましたか?」

「? なんで?」

「それを私が買ってプレゼントします! お返しです!」

「私は……別に……」


 え、やです。私もプレゼントしたいです。


「フィリアお嬢様。こちらはどうですか?」


 私とお姉さまのやりとりをクスクス笑いながら見ていたアネッサが、商品を手に取って私とお姉さまに見せてきた。


 あれ、これって……さっきお姉さまが手に取っていたネックレス?


「……フィリアお嬢様の瞳の色ですから、ちょうどいいんじゃないですか?」


 どこか楽しそうにカンナが小声でひっそりと囁いてくる。確かに琥珀色だから、私の瞳の色だ。今気づいた。


 ……だから見ていた、とか?

 いや、そんな。まさかね。


 ないない。



 だって、お姉さまは……私のことを嫌っていたもの。



 もっと先の話だけどさ。


 でも、さっき見ていたから、この太陽のデザインが気に入ったのかも。これも可愛いよね。お姉さまは遠慮しがちだから、さっきはそんなことないって言ったのかも。


「お姉さま、これ買ったらつけてくれます?」

「……」


 ここでまさかの無反応⁉ だからさっきからなんで全然目を合わせてくれないんですか⁉


「あったらつけますよ。そうですよね、セレスティアお嬢様?」

「……」


 アネッサが問いかけてゆっくりと頷いてくれたけど、え、本当に? 嫌なら他のものを買うんだけどな。


 お姉さまのその反応で、ちょっとそのネックレスと他の商品をキョロキョロと見比べていると、私の不安が伝わったのか、いつものように手を頭に置いてくれた。


「……その……ちゃんとつけるから」

「嫌じゃないですか? 他にも可愛いものあるし、違う物でも」

「大丈夫だから」


 本当かな? でも、お姉さまがいいって言うならいっか。本当はもっと喜んでいるような顔見たかったけども。


 結局、その太陽のネックレスは私が、月のブレスレットはお姉さまが代金を支払った。


 お姉さまはネックレスが入った箱をジッと見つめていたよ。


「……ハア」


 溜め息⁉ ねえ、お姉さま⁉ 気に入らなかったら、全然他のでいいんですよ⁉ 今からでも替えてもらっていいんですよ⁉


 そう再度言ったら、いつもスクルと喧嘩する時に拝める、呆れたような目で見られた。だからなんで⁉ さっきからのお姉さま、見たことないんですが⁉


 でも殿下とスクルたちのところに戻る時に、また自然と手を繋いでくれたから、嬉しさでいっぱいになってしまったけれども。


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