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29話 守りたかったんです


「しかも可愛い」


 声の持ち主に顔を向けると、さっきまでお店の人に突っかかっていたカーラがふふっと笑いながら、お姉さまの腕の中にいたスクルを見つめている。


 どうしてこっちに? あ、お姉さまも戸惑ってるね。分かります。私もまさか話しかけてくると思わなかったし。


「……何か?」

「ねえ、そのお猿さんちょうだい」

「『は?』」


 唐突に手を差し出してくるカーラに、私もスクルも呆けた声が出ちゃったよ。え、今この子なんて?


「気に入っちゃった。お金は払うわ。だからちょうだい?」


 ちょうだいって……え、いや? 全然理解が追い付かないんだけど? いきなりお金払うからよこせって言った? え、この子の目には何が見えてるの? 商人だと思ってる? 


 一応私もお姉さまも小綺麗な服装なんだけど。貴族の装いなんだけども。分かる人には分かると思うんだけども。


「この子は売り物じゃないから」

「はあ? はあ……」


 当たり前にお姉さまが断ると、大袈裟に溜め息をつくカーラ。「はあ?」はこっちのセリフなんですけども。私もお姉さまも、この時間軸では初対面でしょうが。


 っていうか、え、これが本当にカーラ? あのいつも「フィリア様を尊敬しています」とか言ってたカーラ? どこか怯えているような、挙動不審をしていたカーラ? 全然態度も言動も違い過ぎじゃない? さっきのお店の人に対しての態度は見たけどさ。


 そのあまりの別人ぶりを目の当たりにして、半ば呆然としていると、そのカーラは「まったく」とか口を開いた。


「あのね、庶民には分からないと思うけど、私に声を掛けられたことを光栄に思うべきよ」


 ――何言ってんの⁉ こんな高そうな服を着ている人間の子供が庶民なわけないでしょうが!


「私ね、貴族の娘なの。あんたらとは生きてる世界が違うの」


 自信満々に胸に手を当てて言ってますが、同じですけど⁉ 貴族も平民も生きてる世界は同じですけど⁉ 貴族の世界って意味でも同じですけど⁉


「その私がくれって言ってるの。しかもちゃんとお金を払うって言ってるのよ。平民が見たことないぐらいの大金よ。だからその子よこしなさいよ」


 どんな横暴ぶり⁉ 何か買う時はちゃんとお金は払うんだよ! それは当たり前のことなんだよ! そんな『自分出来る女でしょ?』みたいな空気を出さないで⁉ っていうか、お姉さまがさっき売り物じゃないって言ったの聞こえなかった⁉


『なんかめんどくさ……』


 ポツリと呟いたスクルを全面的に肯定するよ! さっきから私も心の中でどんだけツッコんだと思ってんの⁉


 出会って数秒でここまで色々と突っ込ませるカーラに、ある意味で感心してしまう。貴族だからなんでも許されるとでも思っているのだろうか。めちゃくちゃ世間知らずじゃないだろうか。あとその目はちゃんと見えているのだろうか。


「……だから、売り物じゃないの」


 めちゃくちゃ戸惑っているお姉さまが、また同じことを言った。カーラは……うん、ものすごくお姉さまを睨んでるね。


「どいつもこいつも……平民のくせに、貴族の言葉に歯向かってるんじゃないわよ!」

「そう言われても……この子は売れないから」

「いいから、よこしなさいよ!」


 ――させませんが?


 どこまでも自分勝手に振る舞うカーラが手を挙げたから、パシッとその腕を掴んだ。振り上がった状態で、ポカンとした表情を私に向けてくる。だからにっこり微笑んであげた。


「お姉さまに何するの?」

「ちょっ、いたっ!」


 そこまで強くない握力でギュッと握ると、大袈裟に顔をしかめている。そんな痛くないでしょう? 子供の力だよ? 


 でもすぐにキッと睨みつけてきた。


「は、離して!」

「やだけど」

「離しなさいよ!」

「だから、やだけど」

「平民のくせに、私に暴力ふるうつもり⁉ どうなるか分かってるの⁉」

「平民じゃないし」

「……は?」


 いやいや、「は?」じゃないんだよ。見て分かるとおり、貴族ですよ。分からないんですかね?


 っていうかさ……私、かなり今怒ってるの。


 お姉さまに手をあげようとしたね?

 傷つけようとしたね?

 傷つけることに、何の躊躇いもしなかったね?


 前も、もしかして同じようなことしたのかな?


 自然とさらに強く腕を握ってしまうと、本当に痛かったのか、無理やり自分の腕を私の手から外していた。お姉さまの視界にカーラを入れたくなくて、二人の間に立ち塞がる。


 後ろでお姉さまがまた困っている空気を出しているのが分かったけど、ごめんなさい、お姉さま。この子がこんな子だって気づかなかった私の責任です。『え、え? 何する気?』とスクルも言ってたけど、今はお姉さまにひっついててほしいな。


 カーラがちょっと涙目になりながら私のことを見てきたから、私はまたニコニコと笑ってあげたよ。


「あのね、私たち、平民じゃないから」

「な、何言ってるの?」

「見て分からない? あなた、どういう教育受けてきたの?」

「な、なんですって⁉」


 呆れてしまう。この市場にいる人たちは、全員が平民だとでも思っていたのだろうか。ここまで知識も教養もなかった子だったとは。私たち以外にも、ちゃんと貴族の子たちは来ているというのに。


 これからするのかもしれないけどさ。教育課程は家によって違うらしいし。


 私とお姉さまにバールが家庭教師をつけたのは、家が侯爵位だったから。他の家から見て恥ずかしくないように早めに知識身につけなさいって意味もあったらしい。一番はお母様対策だけど。


 それでも今は私と同じ十一歳。貴族なら最低限の教育はされてると思う。男爵家でもそれは同じはず。私やお姉さまと同じくらいの教育はされていないかもしれないけど。


 カーラがどんな教育をされているかは分からない。さっきの振る舞いを見ていても、お姉さまに言った言葉も、貴族を勘違いしているかもしれない。


 ……でもね、だからって、貴族が何でもしていいってことにはならないの。身分が高いからって、どんな要求をしてもいいとはならないの。思い通りにならなかったら、手をあげていいことにはならないの。


 それは貴族でも平民でも関係ないって、馬鹿な私でも分かることなんだよ。


 思い出すのは、前の時間軸でのカーラの言葉。


『ラーク殿下の婚約者には、フィリア様が相応しいと思います!』


 あなたの勝手な思い込みで、お姉さまを傷つけていいことにはならないの。


「貴族だよ、あなたと同じ」

「っ……」

「ローザム家って言えば分かる? あなたの家名をよかったら教えてくれない?」

「ぁ……」


 心底驚いているカーラが、目を大きく開けて私と後ろのお姉さまを見てくる。身分の違いは分かったのか、どんどん怯えるような目で、口元を震わせていた。


 そんなカーラを見ていると、胸の奥が冷えてくる気がした。カーラがこんなに身分に怯える子だったんだって、今やっと分かった気がする。


 ……へー。ふーん。もしかして、私のことをやたら褒め称えてきたのって、ただよく見られたかっただけだったりする? なんか既視感あるんだけど。


 ……ああ、ジルだ。

 お母様の侍女の、ジルだ。


 ジルはお母様のおかげで甘い汁を吸っている。お金も屋敷内での権力も。だから嬉々としてお姉さまを虐げてきた。


 ――カーラもそうだった?

 私の後ろ盾があると、そう思ってた?


 殿下との婚約をやたら持ち上げていたのは……その先で自分の何かしらの欲望を叶えるためだったとか?


 その為に、お姉さまが邪魔だった――とか、言わないよねえ?


 色々な推測が、次から次へと頭の中を駆け巡る。

 その度に、心の奥底からモヤモヤとした怒りが込み上がってきた。


『げっやばっ! さっき落ち着いたのに! こうなったら!』

「何してるんだ?」


 スクルがなんか言ったのと同時に、殿下の声が届いてハッとした。


 そして、頭の上になんか落ちてきた。「うげっ」と思わず声が出てしまって、体が前のめりになってしまう。強制的にカーラから視線が外れる。


 いやいや、何⁉ 今、カーラにどうやって償ってもらおうか考えてたのに!


『フィリア、どうどう!』

「スクル⁉」

『落ち着きなって! マジで! お願いします! あんたから魔力漏れてる! 威圧感半端ない!』

「はあ⁉」


 魔力⁉ 何言ってるの⁉ 私、魔力ないってば! あ、スクルのがあるんだった。いやいやでも! 使えないんだから、漏れるはずがないでしょうが! ていうか、重っ! スクルの体、いつも軽いのに、なんで重いの⁉ もしかして魔法使ってる⁉


『セレスティアが困ってるよ!』

「え?」


 お姉さまが? 


 重い頭をなんとか上げると、スクルの言ったようにお姉さまが心配そうに私のことを見下ろしていた。スクルはスクルで『ふう、よし』とか言って、一気に軽くなっている。


「平気?」

「あ、その……」


 どうしよう。そんな顔させるつもりじゃなかったのに。


「で、君は誰?」

「あ、いや、その……私は……」


 後ろで声がしたからついちょっと振り返ると、カーラに詰め寄ってる殿下の姿があった。戻ってきたんだ。


 カーラは何故かその場で尻餅ついた状態で頬を赤くさせていた。あ、うん。顔は整ってますからね、殿下。そういえば、前の時間軸でもそうだったかも。殿下に対してあんな感じでしどろもどろになりながら、顔赤くさせてたかも。


 でも殿下は、ちょっと険しい顔でカーラのことを見下ろしていた。


「彼女たちに何か用?」

「い、いえ、その……」

「用があるなら、僕が聞くけど?」

「い、いえ! ななな何でもないんです!」


 カーラがその場からすぐ立ち上がって、ピューッと走り去っちゃったよ。え、早。足早っ。ちょっと呆気に取られたんですけど。


「フィリアもセレスも、大丈夫? 遠くから絡まれてるの見えて、急いで戻ってきたんだけど」

「あ、はい」

「……ありがとうございます、殿下」


 お礼を言っているお姉さまが頭を下げたから、私も慌てて立ち上がって頭を下げたよ。殿下のおかげもあるのか、カーラはさっさといなくなってくれたからよかったかもだけど。


 あれ? さっきまであんなに怒っていたのに、なんか今はなんにも感じないや。お姉さまの心配そうな顔で吹っ飛んだっていうのはあるけど。


 不思議に思っていると、そのすぐ後に、アネッサも慌てた様子で戻ってきた。

 カーラに絡まれたのは見えてたけど、ちょうどお金の支払い中で、モタモタしてしまったらしい。戻ってくるなり私とお姉さまに頭を下げてきたから、二人で上げさせた。アネッサは悪くないし。


 カンナとタックも戻ってきて、今度は皆で市場を周ることになった。


 ふと、隣を歩いていたお姉さまが、自然と手を繋いでくれる。チラッと私を見てきたから、コテンと首を傾げてしまった。


「……喧嘩はだめだから」

「うっ……はい」


 ごめんなさい。その、喧嘩をするつもりはなくてですね。ただ、カーラがお姉さまに前の時間軸でもさっきみたいなことをしてたら、許せないなって思って。というか色んなことを一気に考えちゃって。


「ごめんなさい……」


 でも心配かけさせちゃったみたいだから、素直に謝る。

 ちゃんと反省しているのが伝わったのか、お姉さまは安心したように息を吐いて、前を向いて歩きだした。


 ギュッと手を握り返す。


 ……守りたかったんです。


 今度は、ちゃんと。



 カーラの手から、貴女を。



『はあ、よかったよかった。大事にならなくてさ』


 あの後からずっと私の頭に乗っているスクルの呑気な声でムカッとしてしまう。


 あのさ、スクル! ちゃんとさっきの説明してもらうからね⁉ 魔力漏れてるって何⁉ そんな話、今まで聞いたことないんですけど⁉ こういうの、もう何回目⁉


 でも今聞くことは出来ないから、とりあえずスクルの体をまたぶん回そうと思ったけど、お姉さまがチラチラと見張るように見てきたからやめてあげた。お姉さまに感謝しなよ、スクル。


 今度スクルにはこの前本で見つけた超絶すっぱいリンゴを贈ろうと、心の中で誓った。


 きっとこの市場で売っている人がいるはずだしね! 色々な国の商人達の中で一人ぐらいは見つかるでしょう!


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