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28話 そんなこと、させない


『こんなところで、どうしたの?』

『え、あ、えと……』


 学園の門の近くで、一人オドオドした様子で門の外を見たり、はたまた学園の校舎の方に足を向けたりと、忙しなく体を動かしていた子がいた。


 だから、純粋に聞いただけ。

 見るからに困っている様子だったから。


 話を聞くと、校舎に忘れ物をして取りに行きたいのだけど、もう迎えの馬車も来る頃だから、どっちを優先するべきか迷っていたらしい。


 迎えにきた馬車が到着した時にこの子がいなかったら心配するだろうなと思って、代わりに私がその忘れ物であるブローチを取りに行ってあげた。とても大切な物らしい。


『あ……ありがとうございます……』


 届けたブローチを手に取って、目尻に涙を浮かべていた。ちょっと目つきが鋭いけど、そう言って泣き笑いをしている彼女は、普通の女の子だった。


 その子は次の日に私のところに来て、またお礼を言ってきた。


『か、カーラです。カーラ・ベルティアと言います……』


 名前を聞くと、私の周りにいる子たちを見ながら、オドオドした様子で何故か自信なさげに教えてくれた。


『ベルティア……というと、ベルティア男爵の?』


 遅れてやってきた殿下がちょうどよくその場に居合わせて、カーラに聞いた。殿下に問われると、『……は、はい』とさらに体を縮ませて、小さい声で答えていた。そして怯えるように私の周りにいる子たちのことも見ていた。


 そこでやっと理解した。自分より爵位が高い家の子たち、ましてや王族のラーク殿下もいる。自分だって侯爵家の人間だ。身分が低いのを気にするのは当然かもしれない。


 でも、私はカーラに手を差し出した。


『よかったら、あなたの話も聞かせてくれない?』


 そう言うと、カーラの顔が一気に明るくなった。


 この頃の私は、とにかく必死だったのだ。


 お姉さまの味方を増やしたくて。

 お姉さまを助けてくれる誰かを、一人でも多く求めていて。


 だけど、カーラは日に日に変わっていった。


 ■ ■ ■


『どしたの?』

「え?」

『いきなり固まってるから』


 スクルに言われて我に返ると、不思議そうにクリクリした目を向けてきた。あ、いや、ちょっと前の時間軸のこと思い出しちゃって。


 少し離れた場所で、面影を残しているカーラの姿を改めて見てみた。


 鋭い目つき。肩につくかつかないかのくすんだ赤い髪。見覚えのある胸元のブローチ。


 そして、


「私は貴族の娘よ! 商人ごときが、貴族に歯向かうって言うの⁉」


 私の前では決して見せなかった、思い上がった傲慢な態度。


「……へえ」

『いやいやいや、何いきなり?』


 思った以上に低い声が出たけど、戸惑っているスクルに構わずジッとカーラを見続けた。


 カーラは私の前ではとにかく大人しい子だった。いつもいつも『フィリア様に憧れています』とか、ニコニコと笑顔を浮かべて『いつも感謝しているんです』とか意味不明なことを言っていた。憧れるようなことも、感謝してもらうようなこともした覚えがないのに。


 ただ慕ってくれているんだなとしか思っていなかった。

 私にとっては周りにいる子たちの一人でしかなかった。


 でも、その周りにいる子たちの一部の子から、度々言われていたのだ。


『カーラは信用しない方がいいと思います』、と。


 どうしてそんなことを言うのか分からなかった。だって私の前では普通に笑っていたから。時々過激なことを言うようになったけど、それは私のことを想ってのことなのかなって。大事な友人だと思ってくれているみたいだったから。


 お姉さまに勘違いした妄想を追求していたのは、さすがに腹が立ったから、かなり本気で怒ったけど。


「いや、そのですね……大変申し訳なく思うのですが、先程の商品はあれが最後の品になりまして……」

「はあ⁉ 用意してない⁉ わざわざ貴族である私の方から声をかけて、買ってあげようって言うのに⁉ だったら今すぐここでさっきのやつ作りなさいよ! 出来るでしょう⁉ 職人でもあるってここに書いてあるじゃない!」


 ちょっと離れているのにここまで聞こえてくる声量で、カーラがお店の人に無理難題を押し付けている。横暴すぎる振る舞いでしょうが。


 なるほど。彼女たちが言っていたのは、まさに今のカーラの本性のことだったんだ。


 ほんっとうに、人を見る目がなさすぎる自分に吐き気がしてくる。

 自分の不甲斐なさで、苛立たしい気持ちでいっぱいになる。


 あの時の私は、とにかくお姉さまに迷惑をかけたくなかった。学園の個室で、一人でお姉さまが頑張って勉強しているのを知っていたから。


 私は皆にお姉さまの頑張りを知ってほしかった。

 殿下の婚約者として頑張っているお姉さまを。


 だから、だから皆にいっぱい話した。


『お姉さまはいつも頑張ってるの。そんなお姉さまを尊敬してるし、憧れてるんだ』


 笑顔を精一杯振り撒いて、味方になってほしいと思った。お母様がしていることをいつか皆が知った時に助けてほしかった。


 皆はいつも笑顔で答えてくれた。私の言葉を信じてくれていると思っていた。


 カーラも過激なことは言うようになったけど、心の底ではちゃんと分かってくれていると、そう信じていたのに。


 なんでそんなに思い上がっていたんだろう。

 自分の言うことを信じてくれている、なんて、自分の傲慢さにも反吐が出る。


 その結果が、お姉さまの死を招いた。


 自分への怒りと、視線の先にいるカーラへの憤りが胸の奥でごちゃまぜになっていく。


「ほら、早く作りなさいよ! ああ、私の時間を奪ってるんだから、お金も払わないからね!」

「勘弁してください……」

「早く作りなさいって言ってるのが分からないの⁉」


 ガンッとカーラが店先の机を蹴っていた。その振動で机の上の商品がいくつか地面に落ちていく。周りにいる人たちは遠巻きにその二人のやり取りを見ていた。誰も助けようとはしない。貴族とのトラブルなんて、誰も巻き込まれたくはない。気持ちは分かる。


 でも私はこの先、カーラには学園で会うことになる。

 

 その時、カーラはまた笑うのだろう。


 私の前ではにこやかに。

 悪びれもなく。


『フィリア様の為なら何でもできます』


 私を慕っているという仮面をつけて。


 そして、今みたいに、



 私の見えないところで、お姉さまを傷つける。



 そんなこと、させない。


『ちょちょちょおおお! ストップストップ!』

「んぐ!」

「……どうしたの?」


 ベンチから立ち上がると、スクルが何故か私の顔に張り付いてきて、お姉さまに手を引っ張られた。パチッと目が覚める感覚が広がる。


 はっ。危ない危ない。なんか今どす黒い感情が溢れ出るところだった。っていうかスクル! 苦しい! 鼻も口もそのご自慢の白い毛が塞いでるんだけど!


「どうなさいました?」

「んぐんぐ!」

「あらあら、まあまあ。普段はこんなことしないのに、いきなりどうしたんでしょう」

『いやいや、だめだめ! 今は抑えな――あれ? なんだ。大丈夫じゃん』

「ぶはあ!」


 アネッサが気づいてくれて、顔からスクルを剥がしてくれたよ! なんだ大丈夫じゃん……じゃないんだよ⁉ なんでそんなきょとんとしてんの⁉


 ぜーはーと息をしている私に対して、スクルはなんともまあ晴れやかな顔で、出ているかも分からない額の汗を拭っているしぐさをしている。は・ら・だ・た・し・い! んですけどお!


『はあ、焦ったぁ。まさかこんなところでとは思わなかったし』

「スクルぅぅ⁉」

『ぎぃやああ! なになになに⁉ うえっぷ!』

「あらあらまあまあ。フィリアお嬢様、落ち着いてくださいな」


 アネッサからスクルをひったくって、上下左右振り回してあげた。『ちょまっ……さっきのリンゴが』とか言ってるけど、そっちがいきなり口と鼻を塞いだんだからね⁉


「喧嘩はだめ」


 ポンっと頭にお姉さまが手を置いたから、パッとスクルを離してあげたよ。うん、お姉さまが言うならやめよう。


 ちょっとぐったりしているスクルの姿見て、少し落ち着いたし。目を回しているのかフラフラしてる。『フィ、フィリア……覚えてなよ……うえっぷ』とかブツブツ言ってるから、大丈夫だね。


 あれ? でも私、今何しようとしてたんだっけ? ああ、そうだよ。カーラがいたから、今の内になんとかしないとって思って――どうしようとしてたか忘れちゃったな。


 ハアとお姉さまが溜め息をついてスクルを抱き上げ、静かにまたベンチに座り直している。


「アネッサ。なんでもいいから、スクルが飲めるもの買ってきてほしい」

「ですが、まだカンナとタックも戻ってきておりません。私がここを離れるわけにはいきませんよ」

「……じゃあ、あそこから水買ってきて。あそこからなら、私たちのこと見れる」

「……ここにちゃんといるんですよ?」

「分かってる」


 優しいお姉さまがスクルのことを気遣っている! アネッサはチラチラと私たちの方を振り返りながらも、そのお店に向かってくれたよ。


「スクル、お姉さまに感謝しなよ?」

『どの口が言って――うぷ! 気持ち悪っ!』

「喧嘩はだめだから」


 腰に手を当ててお姉さまに抱きついているスクルに言ったら、お姉さまに咎められてしまった。困ったような顔で立ち上がったままの私のことを見上げている。う、その顔は弱いです。


 まだ繋がった手を握り返しながら、シュンと気落ちしてしまう。とりあえず、謝っておこう。


「……ごめんなさい」

「分かればいいの」


 ……やっぱり心配になる。こんなので許してくれるの⁉ お姉さま、優しすぎませんか? まあ、そこがいいところなんですけど……あ、カーラのことどうするかちゃんと考えないと。お姉さまに関わってほしくもないし、どうすれば――



「珍しいお猿さんね」



 すぐ近くで響いたその声に、ハラハラと心配していた気持ちが一瞬で消え去った。


調子よくもう一話書けたので、見直しかけて明日その一話を更新します!

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