27話 願うのだろうか
「お姉さま、もし辛いようなら肩に寄りかかっていいですからね!」
「……私は具合悪くない」
「遠慮することないですからね! なんなら膝枕でもいいですからね!」
「……しない」
広場の隅にあった空いているベンチに座って、アネッサが近くの露店で買ってきたジュースをチューっと飲んでいるお姉さまは、軽く息を吐いていた。
やっぱりなんだか元気ない。これは……もしや帰って休んだ方がいいのでは?
「お姉さま、帰ります?」
「……だから大丈夫」
『あのさぁ、フィリア。セレスは本当に大丈夫だと思うよ。むしろ、あんたがそうやってずっと聞いてくることが鬱陶しいんじゃない?』
さっきタックが買ってきたリンゴをむしゃむしゃ齧りながら、心底呆れたように見てくるスクルにムッとしてしまう。
いつも思うけど、スクルはお姉さまのこと心配しなさすぎじゃない⁉ 珍しい品種のリンゴを食べたいのは分かるけどさ! お姉さま第一っていつも言ってるよね⁉
ちなみに殿下は今一緒にいない。ちょっと周りを見てくると言って、数人の護衛を連れて人込みの向こうに行ってしまった。興味あるんだもんね。私とお姉さまの近くにも護衛の人を置いていってくれたのはいいけど、この市場の方を優先するのはちょっとびっくり。
実は、ちょっとこれを機にお姉さまと仲を深めようとしてたんじゃないかって思ってたんだけど、違うみたいだね。よきかなよきかな。
アネッサは近くの護衛の人と話していて、チラチラと私とお姉さまを見守ってくれている。タックはここにいようとしたけど、お店見てきていいよって伝えたら、パッと表情が明るくなって「感謝します!」って走っていったよ。
よほどお店を見て回りたかったんだなぁ。あわよくばおいしい食材を見つけて、お姉さまを笑顔にする料理を作ってほしい。頑張って、タック。荷物が持ち切れないことを考えて、カンナにも一緒に行ってもらったよ。
そんなわけで、今はお姉さまと実質二人きり――いや、スクルもいるから三人きりだ。タックとカンナが戻ってくるまではここで休憩中。でもお姉さまが具合悪いならやっぱり帰った方がいいと思うんだけどなぁ。心配。すごく心配。
チラチラとお姉さまの方を見てしまうと、またハアと息をついてから「大丈夫だから、少しは落ち着いて」と言われてしまった。お姉さまにそう言われては、もう何も言えなくなってしまう。
『ねえねえ、フィリア。ずっとさっきから思ってたけど、あれ誰?』
リンゴを食べ終えたスクルが肩に乗ってきて、ある場所を指さしていた。この広場の中心の大きい銅像だ。
「あれは……聖女様」
小声でスクルの質問に答えると、知らないのかコテンと首を傾げていた。精霊界には存在しないらしい。
『聖女?』
「うん」
『聖女って?』
「うーん……」
なんて説明したらいいんだろう? こっちの世界では有名なんだけども。
「数十年に一度、聖属性の魔法が使える人が現れるの。その人のことを聖女って言うんだよ」
『聖属性? そんな属性あったっけ?』
魔法に誰よりも詳しそうなのに、知らないの? なんか不思議な感じ。精霊の方が、聞く限りだとすごい存在なんだけどなぁ。
「傷を治したり、魔物とかが出している瘴気を浄化する魔法を使える属性だよ。その属性を持っている人。あの銅像の人は初代聖女だって教えられたかな」
『へえ。それはまたすごい人がいるもんだ』
感心するようなスクルの声に、一瞬胸がざわつく。
聖女がすごい人、か。私はそう思わない。
「ただの……生贄だよ」
この世界の人々のために、ただその力を使わなきゃいけない人。
持っている特別な力を、自分勝手に使えない、不自由な人。
人々の安定と安寧の暮らしのための、生贄。
『随分物騒なこと言うじゃん』
「そう?」
『……なんか知ってる?』
「知らないよ」
教えられたことしか知らない。
「聖女様は、傷ついている人々と世界を守る人間なんだってさ」
誰もが習う、この世界の常識。
平民も貴族も、全員が教えられる事。
親から教師から、絶対に教えられる事。
スクルの方に顔を向けると、怪訝そうな目をしていた。ついクスリと笑みが出てくる。
「あの教会はさ、初代聖女様を崇めるために作られたらしいよ」
『……』
「あと、いつ現れてもいいように。保護して教育をするために」
『フィリア……』
「皆が知ってるよ。この世界に住む人全員が」
何も不思議な事じゃない。聖女様っていう存在がいない精霊界は違うかもしれないけど、この世界に生きる人たちは知っている。
「でも、もう数十年現れてないけどね。私たちが生きている間に生まれるかもしれないし、生まれないかもしれない」
もし新しい聖女様が出てきたら、私は何を思うのだろうか。
願うのだろうか。
お姉さまを助けてくださいって。
『……』
より一層目を窄ませて、スクルが睨んでくる。なんでそんな顔してるんだろう? そんなに変なことを言っているつもりはないんだけど。
「……何を一人でブツブツ言ってるの?」
お姉さまが不思議そうに声を掛けてきた。ちょっと外で話過ぎたかも。不審に思われるかな。
「スクルがずっと耳を引っ張ってくるんですよ。まだリンゴ足りないみたいで」
「……そう」
誤魔化すために適当な言い訳を言ってみたけど……お姉さま! 簡単に信じすぎです! そんな簡単に信じちゃだめですよ!
ああ、心配。この調子で殿下に言いくるめられたりするんじゃないだろうか? 殿下がもし婚約者にって言ってきて、しかもそれなりの理由をつけてきたら、お姉さまは簡単に了承しそうな気がしてきた。優しいし、信じちゃうし!
「お姉さま!」
「……何?」
「お姉さまは危険です!」
「はい?」
『……また変なこと考えて、突っ走ってる』
ハアとスクルの溜め息が聞こえてきたけど、こっちは心配してるんだよ!
「いいですか、お姉さま……ちゃんと、ちゃんと見極めは大事ですからね!」
「見極め?」
「そうですよ! 信じる言葉を、間違えちゃだめですからね!」
『ねえ、セレスが困ってるって』
スクルの言葉は今は無視する。これ、大事な事だもん!
ギュッとお姉さまの手をいつもみたいに両手で包むと、ものすごく困っている顔をしていた。
「つまり! 殿下の言葉は信じちゃだめです! っていうかそれあんたの願望じゃん!」
『ものすごく直球すぎない⁉』
「何を言ってるの……?」
「私の言葉は信じていいです!」
『ここで自分の欲望を押し出してくるな!』
ペシンと後頭部にスクルの尻尾が落ちてきた。スクル! 欲望じゃない! これ大事なことなんだって!
これはとくとお姉さまを説得せねば……。こんなに優しくて信じやすい人ほど、騙されやすいんだから! その為にはまず私のことは無条件で信じてもらわな――
「どうして⁉ 他の子にはこの値段で売ってたじゃない!」
聞き覚えのある声が、耳に届いてきた。
まだ幼い気もする。
でも分かる。
その声の方に視線を向けると、
あの時、お姉さまを手にかけた、
カーラの幼い姿があった。




