21話 ただ、熱い
「お誕生日おめでとうございます、お姉さま!」
朝、寝起きのお姉さまに大きな声で伝えると、お姉さまは眠そうな目でぼんやりと私を見てきた。
「……たんじょうび?」
「そうですよ、お姉さま! 今日はお姉さまの誕生日じゃないですか!」
今日はお姉さまの誕生日! ちゃんとプレゼントも用意してる!
どんな顔するかなあ? 楽しみだなあ! と、ウキウキワクワクしている私とは対照的に、ふああと軽く欠伸をしてから、お姉さまは自分の目を擦っていた。興味なさそう。なんで⁉
「いつも思うけど……なんでそんなに楽しそうなのか分からない」
『年々、テンションおかしくなってるよね、フィリア』
スクルも起きたのか、眠そうに目をしょぼしょぼさせていた。カンナとアネッサはクスクスと笑っている。
でもさ、テンションも上がるでしょ!
今年で三回目なんだよ、お姉さまの誕生日を祝うの!
つまり、三年連続でお祝いできてるんだよ! 嬉しい以外に何があるっていうのさ!
「今年も旦那様が一緒に祝ってくれるそうですから。旦那様の贈り物も期待していいかもしれませんね」
アネッサがそう伝えると、お姉さまが目をパチパチとさせて、少し頬を赤らめた。すぐに気まずそうに顔を下に俯けているけど、照れている。これは照れている。可愛い。
そんな照れている顔を見せてくれるようになったのは嬉しいけど、そうさせたのがお父様だという事実にちょっと悔しかったりもする。
あの日。お父様にめちゃくちゃ叫んだあの日。
その日から、もう三年も経っていることが信じられない。
あれから、お父様は変わった。
私たちの日常も、少しだけ変わった。
毎日朝と夜は一緒に食堂でご飯を食べるようになったし、ご飯を食べた後は三人でお喋りすることも多くなった。主に私がペチャクチャ喋ってるけど。だって二人とも気まずそうなんだもん。
それでも、お父様はぎこちないけどお姉さまに話しかけている。今日はどんなことをやっただとか何を食べたとか、他愛もない話だけど。
お姉さまはお姉さまで、言葉を探しながらだと思うけど、ポツリポツリと呟くように返していて、その様子が微笑ましい。
まだまだぎこちない二人だけど、前の時間軸とは全然違う光景を見れて、少しだけ私も嬉しかったりする。
寝起きのお姉さまが、まだ眠いのかゆっくりとした動作でベッドから降りた。カンナがクスリと笑って椅子に誘導している。
三年経って、お姉さまは手足が前よりスラッと伸びて、体つきも少女に変わった。
サラリと煌めく銀髪が、窓からの太陽の光で輝いて見える。
日に日に、お姉さまは綺麗になっていく。
あの頃のお姉さまより顔色は断然いいから、前よりも綺麗に見える。
そんなお姉さまを見れて嬉しいし、お父様との関係も前よりは良好だ。照れているのも分かるようになったしね。
前の時間軸のように、このままだったらお姉さまは死ぬことはないと思う。
でも、まだ分からない。
お母様のことだってある。カーラのことだって。
お母様はもうこの屋敷にいない。あれ以来、ずっと領地の屋敷に閉じ込められている。何をどうやったのか分からないけど、バールがにっこりと「安心してください、元気です」とか言っていた。お父様も時々様子を見に行っているらしい。いつも何故か領地に行って帰ってくるたびに疲れ切った顔をしているけども。
『父親はもう大丈夫だと思う』
スクルもそういえばそんなことを言っていた。何がって聞いたんだけど、『あんたは知らなくていいよ』とか言ってきたから、その日のリンゴは私が代わりに食べてあげた。教えてくれてもいいのに。めちゃくちゃ怒ってたけど。
お父様に何があったかは知らないけど、お父様がお姉さまに優しくしてくれるようになったから良しとする。私はお姉さまが喜んでくれればいいから。
「……準備しないの?」
顔を洗って身支度を整えたお姉さまが、まだベッドの上にいた私に振り向いた。スクルはまた寝てたけど。綺麗になったなあ、なんて感傷に浸ってしまってた。
そんな私にお姉さまが近づいてきて、遠慮なしに私のおでこに手を当ててくる。どうして?
「熱はないけど……」
……純粋に心配してくれてただけだった! ごめんなさい! でも心配してくれて嬉しい!
「大丈夫です! 元気です!」
「そう?」
「はい!」
ギューッとそのままお姉さまに抱きついてしまう。こうやって抱きつくのも、もはや日常だ。お姉さまは優しいから、ついその優しさに甘えてしまう。ほら、今では慣れた手つきで髪を撫でてくれてますよ。
けど、その優しさに甘えてばかりはダメだって自分でも思ってる。
だってお姉さまは、まだ笑顔を見せてくれていないから。
優しいし、前よりは表情も柔らかくなってるけど、でもまだ笑っていない。
綺麗になっていくお姉さま。
お姉さまが変わっていく姿を近くで見れるのは嬉しいけど、それだけじゃダメ。
自分が嬉しいだけじゃダメなんだよ。
「ほらほら、フィリアお嬢様も準備しましょうね。旦那様と一緒に食事できませんよ」
見かねたアネッサに引き離されちゃった。私はお姉さまがいればいいけど、お姉さまは違うから仕方ない。せっかくお父様と普通にご飯食べれるようになれたものね。それを私が邪魔するわけにいかないし。
それに、今日はお姉さまの誕生日! プレゼントのこと考えよう! そのプレゼントで喜んでくれれば嬉しいし!
『リンゴケーキ……』
むにゃむにゃと口を動かしながら呟いたスクルの寝言につい笑ってしまう。スクルの大好物だもんね。タックにも大きいのを作るようにお願いしなきゃ。いくら身内だけの誕生日パーティーだとは言っても、今日は忙しいんだから! ドレスに部屋の飾りつけにプレゼントに、と、やることは山積みだ!
とりあえずタックに今日の夜の料理の相談をしにいこうかと考えていた時に、ふとまた頭に優しい手が置かれた。
「お姉さま?」
「……寝てない?」
「え?」
寝ましたよ? お姉さま、あったかいから、いつもぐっすりですけど。
お姉さまの手が顔に下りてきて、そのまま親指が目の下に触れてくる。お姉さまが顔を覗き込んできた。綺麗なサファイアの瞳に私の顔が映り込む。
ち……近い! お姉さま、いつもより顔近い! 日常的に抱きついてる私が言うことじゃないけど、近いです! さすがに心臓に悪いです!
「昨日、セレスティアお嬢様が寝た後も少しプレゼントの準備をしていましたから、その分寝不足かもしれませんね」
気を利かせたのか、カンナがそんなフォローを入れてくれる。確かにちょっとカンナと一緒に作業していたけど! でもそこまで長くやってないから、十分寝ましたから!
ちょっとだけ眉根を寄せたお姉さまがハアと息を吐いてから、その手をまた頭に戻して撫でてくれた。
「無理しなくていいのに……」
……やっぱり心配してくれただけだった!
「無理なんてしてませんよ! お姉さまが喜んでくれたら、嬉しいですから!」
「寝不足になるまでやられても……嬉しくないけど」
ん、ん、ん⁉ お姉さま……可愛すぎませんか⁉ ちょっと拗ねてるようなその声音、初めて聞いたんですけど⁉ そんなに心配してくれたの⁉ 何それ、嬉しすぎるんですけど!
口元が緩みそうになるのを必死で手の甲で隠す。いけない。心配してくれているのは嬉しいけど、本当にそこまでの寝不足じゃないんだから、安心してもらわないと!
ふうとバレないように軽く息を吐いて、にっこりと笑顔を向ける。
「本当に大丈夫です。お姉さまが心配するほどじゃないですよ。だから、今日は目一杯楽しみましょう? いっぱいお姉さまのためにお父様ともタックとも色々と考えたんですから」
そう! 色々と! 料理もそうだけど、王都で流行っているっていう遊べる玩具もお父様が買ってきているはずだし! 今日はいっぱいいっぱいお姉さまの誕生日をお祝いするんだから!
今日喜ぶのは私じゃない!
今日の主役はお姉さまなんだから!
「皆、セレスティアお嬢様に喜んでほしくて、色々と準備してますよ」
アネッサが微笑ましそうにあったかい眼差しで、お姉さまに語り掛けていた。お姉さまも嬉しいとは思ってくれているのか、恥ずかしそうに皆から顔を背けている。はい、可愛い。
「さあさあ、まずはおいしい朝食を食べましょうね。フィリアお嬢様も早く身支度しましょう。ずっと旦那様も待っていますよ」
アネッサの切り替えるその一言で、お姉さまも軽く息をついてからスクルを起こしていた。スクル、それお姉さまの指だから。リンゴじゃないから。
スクルの寝起きの悪さはお姉さまももうこの三年で熟知しているから、仕方なさそうに小さいスクルの体を抱き上げていた。羨ましがっている場合じゃないけど、スクルの今日のリンゴの一つは代わりに食べてあげよう、そうしよう。
「お嬢様、代わりに抱きましょうか?」
「……大丈夫。それに、こうなったらもうスクルは離れないと思う。ご飯の匂いを嗅げば起きると思うし」
ポンポンとスクルの背中を撫でながら、気を遣ってくれたカンナに伝えているお姉さま。なんて優しい。やっぱりスクルが羨ましいんだけど。
……あの手は、私に触れていたのに。
頬を自然と手で触れてしまう。さっきまで触れてくれていたお姉さまの指の感触が残っている。
目を閉じると、あの綺麗なサファイアの瞳が思い浮かんでくる。
――熱くなってくる。
頬が、
心臓が、
心が、
ただ、熱い。
綺麗になったお姉さまは、心臓に悪すぎるよ。
「フィリアお嬢様? どうしました?」
「へっ⁉ あ、ごめんなさい!」
「やっぱりまだ眠いですか?」
「だ、大丈夫! 大丈夫です!」
アネッサがちょっと心配そうに顔を覗き込んできた。
心配かけてしまった! 何をやっているんだろう、私は! アネッサ、本当に本当に大丈夫だから! 熱とかもないから! お姉さまも大丈夫ですから! 心配そうに見なくて大丈夫です!
私のバカ! 今日は大事な日だし、これからやることもいっぱいあるのに!
今は忘れなきゃ。
お姉さまを喜ばす方が、今日は大事なんだから。
頬の熱さも、
心臓の騒めきも、
心の奥底に溢れる、この感情も、
今は、ちゃんと忘れなきゃ。
尚も心配そうに見てくるアネッサに、必死に繕った笑顔で返す。
大丈夫、大丈夫。
ちゃんと私はやっていけるから。
お姉さまが優先なのは、心の底からの本心だから。
何度も何度も心の中で呟いて、お姉さまにも笑顔で返した。笑顔を見たのか、お姉さまもちょっと安心したように息をついているのが分かる。よかった。
……そうだよ。
お姉さまが喜ぶのが一番。
そうだよ。
今日はいっぱいいっぱいお祝いするんだから! 楽しんでもらうんだから!
気持ちを切り替えて急いで身支度を終え、お姉さまと一緒に食堂に足を運んだ。
チラッと隣にいるお姉さまの顔を見てみる。いつもの顔だ。お父様に会う時はやっぱりまだちょっと緊張するみたいで、私と居る時とは違う強張った表情になる。口を少しギュッと引き締めている感じ。この三年で分かるようになったお姉さまの変化の一つ。
「楽しいお誕生日会にしましょうね、お姉さま」
「……普通でいいけど」
少しでも緊張をほぐしたくて声を掛けたら、恥ずかしそうに顔を背けられた。そうは言ってるけど、ちょっとは楽しみにしてると思うんだよなぁ。だっていつもより足が早いもの。
そんなお姉さまについ笑ってしまって、私の心もさっきよりウキウキと弾んでいる。本当に楽しみだなぁ。お姉さま、どんな顔するかな? 喜んでくれるといいけど、もしかしたら驚く方が大きいかも。
と、今日のプレゼントを渡す時のことを想像して楽しんでいたら――
「……大変言いにくいのですが……その……本日のセレスティアお嬢様の誕生日を祝う場に、殿下も来たいというお知らせが先程届きまして……」
食堂で朝食を口に運んでいた私とお姉さまとお父様の元に、一つの手紙を手に持ったバールがものすごく言いにくそうに口を開いた。
「……は?」
「なんて?」
「……」
私とお父様の額に青筋が浮かび、お姉さまが困惑したように私たちとバールを見比べていた。
殿下、空気読んでほしいんだけど?




