17話 私の気持ちは変わらない
「友達、ねえ……」
「ねえ……じゃないよ! っていうか、スクル! 私、いっぱいいっぱい言いたいことあるんだからね!」
深夜、お姉さまがちゃんと寝たことを確認してから、いつものように部屋の隅に移動して、スクルに防音の空気壁を作ってもらう。音が出ないのをいいことに、スクルに詰め寄った。
「え、何?」
「だから、何? じゃないでしょうが! 色々! もう色々だよ!」
「その色々が分からないから聞いてんだけど⁉」
とにかく色々だよ! 精霊さんのこともそう! 魔力のこともそう! 結局あれからバタバタしてて、今まで何にも聞けなかったんだよ!
バールが「いつ王族が来てもいいように、この屋敷内を整理します」とか言って、侍女たちやタックたちと面談し始めるし、私とお姉さまはマナーレッスンだらけで連日疲れっぱなしだし!
お母様はお母様で部屋に何故か籠りっぱなしで、何を考えているのやらだよ! ジルはお母様につきっきりで全く顔を見なくなったけどね! お父様は王宮の仕事とかであんまりここに帰ってこなくなったから、お母様のあの様子に気づいているのかも怪しいし!
そんなワタワタと忙しない日々を送りつつも、お姉さまは淡々と目の前のことをやっていたけどね。疲れているから夜はすぐ寝ちゃうけど。
でも、そんな中でも私のことを気遣う機会が増えた気がする。
殿下の友人宣言以来、ご飯の時とか朝起きた時に、私の頭を撫でてくれるようになった。
なんだこのご褒美は⁉ と思いつつも、お姉さまの優しい手にニッコニコになってしまうのが自分である。今ではすっかりその手が頭になじみつつあるんだから、慣れって怖い。
その優しい手のおかげで、私はこの日までの地獄のマナーレッスンを乗り越えられた。
実はものすごく苦手なんだよ! 好きなものを好きなように食べればいいじゃん! 挨拶、自由にしたらいいじゃん! と思ってしまうのは、私が貴族社会に合っていないのだと思う。
いや、大事なのは分かっていますよ。さすがにね。だからこうやって必死に頑張ったんじゃん! お姉さまも頑張ってて、私が頑張らないわけにいかないじゃん! お姉さまのナデナデのご褒美目的でもいいじゃん!
気を遣わなきゃいけないのは私の方なんだけど……それぐらいマナーレッスン大変だったんだもん! 知ってたけど、嫌いなことを頑張るって、本当に辛いって再確認しちゃったよ。
殿下はというと、結局あれ以来ここには来ていない。手紙とかもない。何の為の友人宣言だったの? もういつ来ても大丈夫なくらいの準備は私たちも侍女たちもタックたちも出来ているんだけど、さっぱり音沙汰なし。
来ないなら来ないで、私は全然構わないんだけどね! 極力、殿下と接点は持ちたくないしね。
というわけで、やっと侍女たちやタックたち、私たちの準備が終わって一区切り。いつ王族が来ても相応の対応が出来る状態になったので、みんなで一息吐いている。
「だから! もう全部! 色々の全部!」
なので、ここぞとばかりにスクルに問い詰めている! お姉さまもだけど、私もこんな時間まで起きていられなかったんだよ! レッスン終わってご飯食べてお風呂入って、もうすぐ寝ちゃってたんだよ! 子供なのに色々詰め込み過ぎだよ、バール!
この忙しい日々に一人だけのんびり過ごしていたスクルは、器用に眉だけ上げていた。
「そんなんで分かるわけないじゃん⁉」
「分かってよ⁉ このいっそがしい時に、呑気に一人でリンゴばっかり食べてたくせに!」
「それ関係ある⁉ 全然ないよね⁉」
「今日はちゃんと全部ぜ~んぶ吐いてもらうから!」
「だから何を⁉」
「教えてくれないなら、もうタックにスクルの大好きなリンゴを買ってこないように言うからね!」
「理不尽すぎるでしょうが!」
ペシンとスクルのフサフサ尻尾が私の頭に落ちてきた。スクル、そんな器用にジャンプして、私の頭にその尻尾を落としてくるとは。その体、もはやスクルの思いのままだよね?
ユラユラとその尻尾を揺らしながら、ハアとスクルが溜め息をついていた。
「まあ、最近は本当に忙しそうだったからね、あんたもセレスティアも。ご乱心状態になるのも分かるけどさ」
「お姉さまを悪く言うのは禁止ですけど?」
ちょっと聞き捨てならないよ。お姉さまは至って冷静ですよ。器用にできない私と違って、お姉さまはいつも完璧に何事もこなしているのですよ。そして私を気遣う大きな優しさを持っている天使様だよ? 精霊とのハーフだけども。
「あんたのお姉さま大好きは置いといて、さっきから言ってる色々って何? ちゃんと答えてあげるからさ、一つ一つ分かるように話してよ?」
「……なんでそんな慰めるように言ってくるの?」
「いや……あんたがここまで不器用だとは全く思っていなくて……昨日だって、なんであんな風にナイフとフォークがすっ飛んでいったのかが今でも分かってないんだけど」
……飛んだね。見事に飛んだね。天井にフォーク刺さって、講師の先生がぽかーんと口を開けていたもんね。同時に動かすのがどうにも昔から苦手でして。一つだけなら全然使えるんだけど。
額に青筋浮かんだ状態の先生に笑顔で、「フィリア様は公の場所ではナイフとフォークは持たないように」って言われたしね。先生が帰った後に上手くできない自分にちょっと悲しくなったんだけど、お姉さまがよしよしとまた頭を撫でてくれたから、先生の言う通りにしようって思った。
「それで? 何が聞きたいのさ?」
改めて、というより半ば呆れたようにスクルが聞いてくる。じゃあまずは……そうだなぁ。
「お茶会の時さ、精霊さんいたの?」
「そんなこと聞きたかったの? ていうかあんたさ、精霊のこと本当に分かってる?」
いや、分かってない。特に最近はマナーのあれこれで頭がいっぱいでして。
「分かってないね、その顔」
「そりゃそうだよ。前菜はこのフォークとか、そういうことで頭が今はいっぱいだもの」
「あんた、人生二回目だよね? 今更だけど、前はどうしてたのさ?」
え? 前? 前は……必要なかったんだよね。全部フォーク一本で食べてたや。お母様もお父様も、果ては殿下も何も言ってこなかったから。
ハアとまたスクルが溜め息をついていた。
「まあ、いいか。精霊のことね。前にあんたが読ませてくれた絵本にも書いてあったんだけどね」
「え? うそ?」
「本当だって。真っ先に書いてたから、実はびっくりしてたけどね。思い出してみなよ。なんて書いてあった?」
なんて? えー……うーん……確か……。
「身近に……いつもいてくれる存在?」
「そうだよ。人間には見えないけど、精霊ってもう常にあちらこちらにいるんだよ。草に宿っていたり、水に宿っていたり、とにかくこの世界全ての事象のそばに、精霊っているからね。世界が生きる手助けをしているのが、精霊。それが精霊の世界での役割」
精霊の世界での役割? あれ? でも、スクルもお姉さまのお父様である精霊王さんも、精霊界とやらにいるのでは? と疑問に思ったのでそのまま聞いてみる。
「精霊界にいるんじゃないの?」
「あっちにいるのは上位の精霊たち。そこから、こっちの世界に住んでいる精霊たちを把握しているってわけ。上位精霊はそれぞれ特化している属性を持っていて、自分たちに近い属性精霊たちを助けてるんだよ」
なんか神様みたい。そして、話が難しい。
スクルはそんな私に構わず説明を続けてくれる。
「こっちの世界にいる精霊たちはそこまで自我っていうものを持っていない。ただ本能のままに自分たちの持つ属性の魔力を放出している。世界が足りないものを役割のままに、精霊たちが自分の属性魔力で足しているって言えばいいかな」
……全く分からない。世界が足りないものってどういうこと?
ちんぷんかんぷんなスクルの言葉に目を回しそうになっていると、スクルが気づいたのか呆れたジト目で見てきた。
いや、難しすぎるよ! 世界の在り方とかっていう話じゃない、それ⁉ そんなの教会の人たちぐらいだよ、分かるの!
「あんたに理解しろっていう方が難しいか。人間のお作法で頭いっぱいになるぐらいだもんね」
「……確かにバカだけど」
「そこまでは言ってないって。仕方ないよ。こんな話、あたしも最初は分からなかったしね。それは今はいいとして」
いやいや、スクル? 気になってくるんですけど? 最初って何?
でもスクルは言う気がなさそうに、言葉を続けてきた。
「あんたにも分かりやすく言えば、精霊はどこにでもいて、世界に必要な存在ですよってこと。あの絵本の書いてた通りに。あ、でも人間を助けてくれるっていうのは間違いだけど。その部分だけは、あの絵本を書いた人の勘違いだね」
「勘違い?」
「人間だけ助けるわけないじゃん。というか、助ける存在ではないよってこと。動物も植物も土も空気も、この世界のためにただいる存在なんだよ」
……分かってないけど、とにかく、精霊ってすごいんだってことだけは分かったかも。
「その精霊さんと、あのお茶会の時に話してたの?」
「そゆこと。自我はそこまでないんだけどさ、ちゃんと意思疎通はできるからね。そこで見たもの聞いたものを記憶はしてるんだよ。あの時は、あの王子様を包んでいる強い結界のこと聞いてた。いつもああなのかって」
「なんて言ってたの?」
「いつもだってさ。それに王族の魔力のあの大きさのことも聞いた。それで今のあたしの魔力じゃ無理だって分かって、精霊たちから魔力をちょっとずつ分けてもらったわけ。おかげであの時は一時的にだけど、王子様から見つからなかったね」
確かに、あの時スクルは見つかるかもって言ってたけど、殿下は気づいてないようだった。精霊さんたちのおかげってことだね。……いや、だから、魔力って分けてもらうこと出来るの⁉
「その魔力! 魔力だよ!」
「は?」
「その魔力を分けてもらうって何⁉ それでも頭がこんがらがったんだからね!」
「はい? 今更何言ってんのさ? あんただって魔法陣に干渉して、あたしの魔力もぎ取ってるじゃん!」
……あれ? そういえば、そんなこと最初に会った時に言ってたかも。
ツンツンツンとスクルが強めに私の体を指で突いてくる。
「その体に、あたしの魔力は譲渡されてるんだって! だから、あんたが今ここにいるんでしょうが! あの時の魔法の効果で!」
「すっかり忘れてた」
「いい度胸してんじゃん! この体になったの、そのせいだって言ったでしょうが!」
そうだった。そんなこと言ってた言ってた。うんうん、思い出した。いや、でもさ? 忘れるのも無理ないじゃん?
「だってさ、私この時間軸で魔法使ってないよ? 忘れるの無理ないじゃん?」
「はあ⁉ 意図的に使わなかっただけでしょ⁉ なんで使わないのか、あたしも不思議なんだけど⁉ 魔法は極力使うなと言ったからなのかな、とか思ってたし!」
え、何言ってるの、スクル? 私が魔法を使う?
「無理だよ、スクル。私、前の時間軸でも魔法使ったことないもん」
「……は?」
「魔力なかったんだよ。それだと魔法使えるわけないでしょ?」
事実を告げると、さっきまでの怒りの形相はどこへやら、口をぽっかーんと開けて、私を見てくるスクルがいる。
「魔力がない?」
「そうだよ。だから使い方なんて分からないよ。それになくても困らなかったし」
「いや、いやいや、そんなわけなくない?」
「そう言われても、ないものはないしね」
そんなわけないとか言われても、ないものはない。
それに、前に言ったよね?
「魔法がなくても、私はお姉さまを笑顔にしてみせるよ。魔法に頼らなくても、私はお姉さまを笑顔にしたいって言ったじゃん」
それは絶対揺らがない、私の気持ちなんだよ。
まだ口を開けているスクルに笑顔を向ける。信じられないのかも。この世界で魔力なしの人は本当に稀だから。
でも本当に忘れてたなぁ。魔力譲渡のこと。
……魔力と言えば、お姉さまの魔力測定もあるよね。もちろん自分もあるけど、それはいいとして。
前の時間軸の時は、珍しくお父様がお姉さまを褒めて――
「――褒めてた」
「は?」
思わずその時のことを思い出して呟いた。
「そうだよ……褒めてたんだよ」
「いや、いきなり何?」
「お父様、お姉さまのこと褒めてた」
「……それが何?」
何? じゃないよ、スクル! あのお父様が、お姉さまのこと褒めてたんだよ⁉ あの、お姉さまにいつも無関心なお父様がだよ⁉
もっと、
もっと分かりやすくお姉さまのこと褒めてくれたら、
お姉さまも嬉しいんじゃない⁉
そうだよ! あの時のお姉さま、ちょっといつもと違う感じでお父様のこと見てたもの! あれ、実は嬉しかったのかも!
お姉さまの魔力測定の時の様子を思い出して、グッとこぶしを握る。
「決めた」
「いや、何を?」
「お父様に、もっと分かりやすくお姉さまのこと褒めてもらう!」
「はあ?」
だって、褒められて嬉しくないわけない! お父様にはもっとこう、分かりやすくお姉さまのことを褒めてもらおう!
それがお姉さまの笑顔に繋がるなら、絶対やるべきだ! 殿下のことはひとまず置いておこう! だって、結局来ないし!
あれ? 別に魔力測定を待つ必要ないのでは? じゃあ、他のことでお父様にお姉さまを褒めてもらおうじゃない! はっ! じゃあ、マナーレッスンのこととか、勉強のこととかでもいいじゃない!
うん、やる気上がってきた!
「スクル、明日から忙しくなるよ!」
「いやいや、さっきから何を一人で勝手に盛り上がってんの⁉」
「そうと決まればバールにも相談しなきゃ。お父様にもどんなに忙しくても帰ってきてもらわなきゃだし」
「聞いてる⁉ 人の話聞いてる⁉」
「スクル、今お猿さんだよ?」
「うるさいんだけど⁉ そんなことにツッコんでないで、ちゃんと分かるように説明しろって言ってんだけど⁉」
ギャアギャアとそれこそうるさくなってきたスクルを置いて、私は明日からに備えてお姉さまのベッドに向かった。
相変わらず、お姉さまの寝顔は可愛いなぁ。お姉さまの寝顔って、いつもの変わらない表情と違って、年相応の無防備な子供の顔なんだよね。
その寝顔を見れて満足だったから、お姉さまの隣に横たわる。このあったかいのも、本当に安心する。
『……あのさ』
さっきまでうるさかったスクルが、小さい声で呟いた。
『あんた……何にも隠してないよね?』
……やだなぁ、スクル? 隠すも何もないよ。
私の気持ちは、変わらない。
お姉さまの幸せを願う気持ちは変わっていない。
私が寝たと思ったのか、スクルも静かに枕元に身体を丸めていた。
私もまた、自分の体をお姉さまの肩に寄せて、その温もりを感じながら目を閉じた。
今年最後の更新です!
読んでくださっている方々、本当にいつもありがとうございます!
更新速度早くできるように頑張ります!
来年もどうぞよろしくお願いします!




