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59.勇者の心情

 そうしてたどり着いて今、改めて少女と体面して勇者が思うことは、

(とんでもなく肝が据わっているな、この子)

 と言うことだった。

 崖の前で一人、風に吹かれて立っている。

 まるで崖に咲く一輪の花だ。

 こちらが冷や冷やするような危険な場所に、そんなことは知らないとばかりの澄ました姿で凜と咲いている。

「………特別って大変なのね」

 口火を切ったのは少女の方からだった。

「リオンもあなたも、ひとりぼっち」

「………。そう悪いことばかりではないさ。僕の場合は自分がやったことに対しての評価だからね。本当に望んでいないのならば、逃げ出すのも一つの手段としては許されている」

 魔王の子とは違って、とまでは付け加えなかった。

 そんなことはわざわざ口に出して言うまでもない。愚問というやつだ。

「『特別扱い』と『いじめ』の違いは、色々考えてみたけどまだわからないままだわ」

「そうかい」

「強いて言うなら差別と区別の差かしら。行動は同じでも、主観によって違くなる」

「それはどちらの主観?」

「どっちもよ」

 受け取る側も、与える側も、どっちもよ、と少女は優しく笑う。

「そういえば自己紹介がまだだったわね。わたしはイヴ。ただのイヴよ。姓はないわ。職業は踊り子をしているの。よろしくね」

「………僕はウィル。ウィル・ヴィクターだ。職業は……、どうかな、勇者というべきなのかな。少なくともみんなにはそう言われているよ」

 そこで勇者はふと視線を落とすと、決心をしたように顔を上げた。

「よろしくは、できない」

「あらどうして?」

 勇者の真剣な目線を受けても少女はまったく怯まず、まるで微笑ましいもの見るような目で手を後ろ手に組んだまま立っていた。

 薄汚れてはいるが、風になびいている白いスカートが眩しい。勇者の目は眩むようだ。

「君が罪を犯したからだよ」

「あら、わたしは一体なんの罪を犯したのかしら」

「親切なみんなに教えてもらったんじゃなかったのかい」

 少女は笑う。

「あなたにも教えて貰いたいわ」

 そして甘えるような声音でそう強請った。勇者は忸怩たる思いで重たい口を開く。

「君は魔王の子を誘拐した」

「本人の合意の上だし、ひどい扱いを受けていたあの子を保護しただけなのだけれど、まぁ、いいわ。誘拐は認めましょう」

 にっこりと少女は鷹揚に頷く。

 その声には面白がるような響きがあった。

 一体何が面白いのだろう。

 こんなに追い詰められた状況で、その神経が勇者には理解できない。

 そんな勇者の心理を察してか、からかうように少女は言葉を続ける。

「でもみんながいらないと言ったものを拾っただけよ。放っておけばいいのに」

「魔王の子を外に出すということは、国を危険にさらす行為だ」

「『世界を』、じゃないのね」

 勇者は一瞬言葉に詰まる。しかし、改めて「世界も、だ」と言い直した。

「危険にさらされたの?」

「今はまだ。……けれど、魔王の子が野放しになったと知れたら、世界中に影響がでる」

 かつての魔王によってもたらされた被害は、まだ完全に癒えたわけではない。

 傷つけられた人々は心情的に許すことができないだろう。かつて負った傷を、失った人を、また同じ世の再来を予感して、パニックにならないとは言えない。

 それに、それを利用しようとする存在もいるに違いなかった。

「魔王の子を使って、世界中の人の命を人質に国を脅すものが現れる」

「そこは『わたし達がそうする』とは言わないのね」

 他の人達はみんな、そう疑っていたみたいだけれど。

 勇者は力なく首を横に振った。

「君は、”正義の味方”になりたいんだろう」

 虚をつかれたように、そこで初めてイヴは笑みを崩して目を見開いた。

 それを見て初めて動揺した顔が見れたな、と勇者は笑う。

「行く町々でも、君たちは被害を出している様子ではなかった。それどころか随分と素行よく、仲良く賑やかに旅をしていたようだ。普段の行いに人柄というのは出るものだ」

 盗賊から助けてもらったという商人がいた。町で宿屋の掃除を手伝ってもらったという老婆がいた。路銀を得るためだろうが、踊りを披露してもらったという目撃証言も多かった。

 みんな、そんなことをするような人間には見えなかった、と口を揃えてそう言った。

 まぁそんな証言など当てにならない場合も多分にあるわけなのだが。

「君のことを殺すように言われた」

 しかし勇者はそんなことはしたくはなかった。

「君はとても勇敢な子だ」

 それは勇者の本心だった。

「とても清く正しい、自分の中の正義を貫ける子だ」

 しかしその本心すらも、勇者という自分の立場は汚すのだろう。

「どうだろう。これは提案なのだが……」

 この問いかけに意味のないことはわかっていた。

 これは勇者の自己満足だ。

 きっと彼女の答えは決まっている。

「魔王の子を差し出してくれれば、君のことは協力者として恩赦を与えるというのは」

 それでも彼女には生きていて欲しかった。

 たった二度だ。

 勇者が彼女に会って、言葉を交わしたのはたったの二度。

 時間に換算しても半日にも満たない時間でしかない。

 しかし、いや、だからこそだろうか。

 彼女の命が惜しかった。

 叶うことならばもっと会話を交わし合ってみたかった。一緒に過ごしてみたかった。彼女の思考やその主義主張を理解してみたかった。

 願わくば、勇者の考えに理解を示して欲しかった。

 彼女の存在感。その行動からにじみ出る考え方が勇者を魅了してやまないのだ。

 勇者には逆立ちしたって出来ない行動をあっさりとやってのける彼女が羨ましく、またその姿に痛烈に憧れた。

 彼女はじっと、勇者の目を見つめている。

 その琥珀の瞳はきらきらと美しく、その美しさはまるで勇者のその卑怯なこそくさを責めているようだった。

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