56.行動再開
「おねぇちゃん! おじさん! こっち!」
「うるせぇ、大きな声出すな!」
「リオン! 無事だったのね!!」
「お前もうるせぇ! 2人まとめておとなしくしろ!!」
山まで逃げると待機していたリオンが駆け寄ってきた。
その無事な姿にイヴも慌てて駆け寄る。
周囲にはまだ憲兵達がうろついている。極力静かに抜け出してきたつもりだが、イヴの脱走もすぐにばれるだろう。
それでも我慢できず、まずはリオンとの再会を喜んだ。
ロマンを解さないジルには指を突きつけておく。
「おじさんが一番うるさいわ」
「うるさい」
イヴの言葉を真似してリオンも指をさす。
「うるせぇっ」とジルは今度は小声で怒鳴り、イヴとリオンを両脇に抱え上げた。
小さく歓声を上げて、2人はジルにしがみつく。
くだらないやりとりがたまらなく嬉しかった。
「跳ばないの?」
「馬鹿か。憲兵どもがうじゃうじゃいるのに高い位置にでる馬鹿があるか。ここに居ますって喧伝しているようなもんだぞ」
そのままざくざくと山の中へと踏み込む。
「それにそう何回も使える魔法じゃねぇ。切り札はいざって時に取っとくもんだ」
ジルのその言葉にイヴはもっともらしく頷いて見せた。
「わかるわ。そう言っていざという時のタイミングを逃して温存し続けたまま捕まるのね。とってもおじさんらしいわ」
「おい、ふざけんな」
「んふふ」
自身でもテンションが振り切れておかしくなっているのがわかる。
今にもはしゃいで走り回ってしまいそうで、ジルに抱えてもらうのはそれを押さえるためにも丁度良かった。
ジルもそれを察しているのか、合わせた返事だけをしてくれる。
しかしそれもここまでだった。
ぴたり、と会話が止まる。
3人で目を見合わせた。
憲兵がいる。
まだイヴの逃亡はばれていないはずだ。その証拠に彼らは非常にのんびりとした態度だった。
岩に腰をかけて雑談を交わしている。
どうやら休憩時間らしいその憲兵達は、上司の愚痴やら今回の騒動などについてだらだらと溢していた。
見つからないように息を潜めると、イヴ達はそっとその場から離れる。
はしゃいでいる声が届かなかったのは僥倖だった。
一度後退してから別の道を模索する。
幸いなことに最も足音を立てずに移動できるジルが抱えているおかげで、ほとんど気配を消した状態でひっそりと移動できた。
ある程度距離を開けられた時点で、ようやっと軽く息を吐く。
はしゃいでいる場合ではなかった。3人で一緒に逃げ延びたいのならば。
無言で3人で見つめ合う。
ジルはリオンとイヴを地面に下ろした。
「ねぇ、おじさん。わたし気づいたの。きっとこのままじゃわたし達逃げ切るなんて出来ないわ」
「最初から言ってんだろ、無理は承知だ。まさか今更止めるなんて言う気じゃねぇだろうな」
「ええ、止めるわ」
「おいっ」
イヴのあっさりとした宣言に、ジルは焦った声を上げる。
ここまで逃げてきて、ここまでやってきて、今更それはないだろう。
その瞳は痛切にそう訴えかけてきていた。
それを余裕の笑みで見返して、イヴは言い切る。
「逃げるのを止めることにしたわ」
ジルとリオンは顔を見合わす。
「はぁ?」
返事は代表してジルが返した。
それに仲が良くなったな、とイヴは微笑ましくなる。
「ねぇ、おじさん。やっぱり行動だけじゃなく言葉も大事だと思うわ」
そういってイヴはジルの背負っていた荷物から聖書と勇者の伝記を取り出すと開き、ページを破り捨ててみせる。
「………なっ!?」
「これから先は、戦争よ」
不敵な笑みがその顔には浮かんでいた。