50.ジルとリオン
先ほどまでは気づかなかったが、蛙の魔物はあちらこちらに点在していた。
最初の蛙が伝えたのかなんなのか、蛙の魔物はリオンが目線をやるたびに指を指して次に進むべき道を示した。
無数に枝分かれした細い道は、行き止まりやちゃんと舗装されていない道、帰ってこれなくなる危険性のある道で、地元でも一部の者しか通らない道だ。
しかしリオンには蛙の案内が着いていたので、迷うことなく進むことができた。
「……あ、」
暗い暗い雨の先に灰色の狼の後ろ姿が見えた。
ジルだ。思わず駆け寄ろうとして、一度踏み留まる。
振り返ると蛙の魔物が首をかしげた姿勢で立っていた。その姿が何故行かないのかと問いかけているような気がした。
「……ありがとう」
覚えたての言葉を、たどたどしく伝える。
蛙はげこりと鳴いて返事を返すと、沼の中へと身を沈めてしまった。
どうやら普段は沼の中に潜んでいるらしい。よくよく目をこらしてみると、目玉だけがぎょろりと泥の中から覗いていた。
リオンはその姿を少し目を細めて見送った後、きびすを返し、ジルに向かってかけだした。
「おじさん……っ!」
「おまえ……」
その声に振り返ったジルは、リオンの姿にわずかに目を見張った。
しかしそんなことには構っていられない。
「おじさん! おねぇちゃんが捕まっちゃった……っ!」
腕にしがみついて訴える。
「青い制服の人がいっぱい来て! 家の周りを取り囲んでて! おねぇちゃんはぼくを逃がすために1人で……っ」
「うるせぇ」
ぱしんっと音がして、尻餅をついたことでやっと手を振り払われたのだとリオンは理解した。
信じられない思いでジルのことを見上げる。
この数日で見慣れた獣人は、見たことのない冷たい目でリオンのことを見下ろしていた。
「………おじさん?」
「気安く呼ぶな」
捕まれた腕をほこりでも払うかのように振り払らわれる。
「馴れ馴れしくするな、当たり前のようにすがるな、甘えてくるんじゃねぇ。てめぇは別に俺の何者でもねぇだろうが」
それは悲鳴のような声だった。
「イヴがいないくせに! 寄ってくるんじゃねぇよ……っ!」
「………おねぇちゃんを助けるために、来てほしいんだよ」
リオンにはわからなかった。
この数日の道中で、ジルはイヴのことをとても大切にしているのだと思っていた。そうして実際にそうだった。それこそ、“魔王の子”なんていうやっかい者の存在も、イヴの頼みならば許容して犯罪者になっても一緒に国から逃げてくれるくらいに。
なのになぜ、彼は急に居なくなってしまったのだろう。
目覚めたときに、彼と荷物がどこにもなかったのは何故。
イヴが捕まったことを知っているようなのに、彼が背を向けているのは何故。
何故なのかが、理解できない。
「3人で一緒にいたい……っ」
背中を向けたまま、こちらを向こうとしないジルの表情はリオンには見えない。
「おじさんは、おねぇちゃんのこと嫌いなの?」
「嫌いとか好きとか、そういう問題じゃねぇんだよ」
「この世に好きとか嫌い以外にもっと大切なものがあるの?」
イヴは好き嫌いというのはとても大切なものだとリオンに教えてくれた。
しかし好きなもの以上に大切なものの存在を、リオンはまだ知らない。
大好きなイヴ、大好きなジル。それ以上に大切なもの。
「……それって何?」
ジルは、返事を返さなかった。