47.イヴ
夜になって目を閉じると、寝物語を聞かせてくれる母の声をいつも決まって思い出す。
イヴの母はとても清く正しく、美しいことを愛する人だった。
「……こうして、王子様達の活躍によって村人達は救われたのでした。めでたし、めでたし」
母自身も、とても美しい人だったように思う。
「めでたしめでたし?」
「そうよ、めでたしめでたし」
イヴは笑う。
「お母さんの話は、いつも『めでたしめでたし』」
「そうよ。だって世界は正しい人の味方だもの。世界中のみんなみんな、正義の味方の味方なの。だからめでたしめでたしになるのよ」
母は無邪気な人だった。
しかし世界は母ほどには無邪気なものではなかったのだろう。
日に日に物のなくなっていく部屋、薄汚れていく壁や床、金を返せと怒鳴り込んでくる男の声に身を縮こまらせて過ごした。
イヴの父親だという男は、家には来なくなってしまった。
母の『お店』のお客さん達も、同様に訪れなくなってしまった。
ある時から急に世界が変わった。それが母が老いてきたからだとは当時のイヴにはわからなかった。
ぼろぼろの部屋と質素な布きれのようなドレス。それでも母はイヴの目には美しいままだった。
「めでたしめでたしよ、イヴ」
そう言って無邪気に微笑む。
「最後には、正義が勝つの」
正しい行いをしていれば、いつか報われるのよ。
そう言って母は美しいまま、清らかな心でイヴのことを捨てて出て行ってしまった。
どうやら母の『新しい王子様』が迎えに来てくれたらしい。
正しければ、正義であれば幸せになれるというのなら、幸せになった母がイヴを捨てたことは正しい行為だったのだろうか。
イヴにはちょっとわからない。
理解できない。けれど。
こちらの世界に来てから出会った女神様の教えと、勇者様の伝記に書かれている内容はなんだか正しいようにイヴには思えた。
この心がけに沿って生きれば、イヴも正しくなれるのだろうか。
正義の味方になれるのだろうか。
誰にも滅ぼされない。誰もに味方してもらえる。
そんな、『正義の味方』に。
ふと空を見上げると、格子の隙間から満月が見えた。
皓々と明るいそれに、眩しくて目を細める。
手を伸ばせば届きそうな気がした。