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44.逃亡

 朝、目が覚めると部屋にある窓という窓から人の顔が覗いていた。

「……新手の変態?」

「馬鹿をお言いでないよ! 憲兵達にばれたんだ!!」

 ナターシャが叫びながら部屋に入ってくる。

 なるほど、よくよくみれば、家を取り囲んでいる人々はみんな憲兵の装束を身にまとっていた。そしてその顔つきは険しい。

「どうしてばれたのかしら……」

「妹だ! ナタリーだよ! あんたらがここに来てからうちに出入りしたのはあの子だけさ! あの子ったらまた無駄な正義漢を発揮して……っ」

 そこまで言ってナターシャははっと我に返り、すぐにイヴへと鋭く視線を向けた。

「お金は返さないよ」

 ばん、と大きな音を立てて壁を叩く。

「料金分の仕事はしたはずだ! これは不慮の事故みたいなもんさ! お金は返さないよ!!」

 イヴはため息をつく。

 ちらり、とさりげなく部屋の中を見渡した。

 昨日と変わらない家具の配置にイヴの右手にはリオンがしがみついている。

 ジルの姿は――どこにもなかった。

「……返さなくていいわ。その代わり、追加料金よ」

 リオンは怯えたようにイヴの手をぎゅっと強く握った。見上げてくる視線に大丈夫、と目線だけで微笑んで見せる。

「リオン、ほんのちょっとの我慢よ。また3人で一緒に居られるようになるために、頑張れる?」

 リオンの瞳がわずかに涙で揺らいだ。

 かわいそうに思うが仕方がない。イヴには他にすべがないのだ。

 そらされないイヴの視線にリオンもそのことを悟ったのか、諦めたように首をこくん、と縦にふった。

「良い子」

 聡い子だ、とても。かわいそうなくらいに。

 イヴはナターシャに金を渡すと、リオンの手を離し扉を開こうとして、そういえば寝間着のままだったことに気づく。

 少し考えてから一張羅の白いワンピースドレスを選んだ。

 イヴは扉を開けた。

 開いた先には、藍色の制服を着た群れが待ち構えていた。

 見渡す限りの藍色、藍色、藍色。

(なかなか壮観な光景ねぇ……)

 一斉に敵意のこもった視線とともに、武器を向けられるのがわかった。

 イヴはことさらゆっくりな動作で丁寧に、にっこりと笑ってお辞儀をする。

「コンサートへようこそ」

 一気に一番高い音から歌い出した。

 小さな町に、全体に届くような大きくて伸びた声。

 驚いたように憲兵達が身構える。

 手を掲げて一歩前へと踏み出す。

 雨の中で天に手を掲げて歌うその少女の姿はまるで現実味がなかった。

 栗色の髪は頬や肩、体に沿って張り付き、白いドレスは雨に透けて少女をより儚く見せる。

 足は裸足で、どこにも武器を仕込むことのできないその姿に、武器を構えた憲兵達は戸惑ったようだった。

 彼らは世界を敵に回した凶悪な国賊を捉えに来たのだ。

 そのうちの一人が少女だとは聞いていたが、このような華奢な存在だとは想定していなかった。

 戸惑ったまま動けない憲兵達の前へと、そのままイヴは歩み出る。

 その場で軽くステップを踏みながら、構えられた剣や槍の前で無防備に背中をさらしてくるくると舞い始めた。

 憲兵達はまだ動けない。攻撃しても良いのかわからないのだ。

 指示を仰ぐように憲兵達の視線が一カ所に集中した。

 そこには他の者達よりも多くの星を身につけた、その場で最も位が高いであろう憲兵がいた。

 イヴはそちらへと視線を向けた。

 目と目が合う。

 ひときわ大きく足を地面に打ち付けて跳ねる。

 その音に、憲兵達の視線がまたイヴへと戻った。

 両手を広げて微笑む。

 「魅了魔法(チャームチャーム)

 その場にいる憲兵達の動きが一斉に停止した。

 けれど完全にすべての人間の注目を集められたわけではなかったらしい。何人かは驚いたように近くの人間を揺さぶっている。

 長くは持たない。そんなことはわかっていた。

 イヴはすぐに先ほど踊っている間に目をつけていた、憲兵の層が薄く道が遠くまで続いている部分へと飛び込むと、彼らの間をすり抜けて駆けた。

「………っ!! 逃げたぞ! 追え!!」

 身動きのとれる憲兵達が一斉に動き出す。

 光の帯がイヴに向かって放たれるのを身をかがめることでなんとか避けた。

 ぬかるんだ地面を蹴って、泥をはねさせながら走る。

 雨が目に入って痛かった。視界は黒くけぶっている。

「……このっ!」

 しかし逃亡劇はすぐに終わりを告げる。

 いくら魔法で動きを封じたとしても、ジルのような機動力がないのだから当然だ。 

 憲兵の一人が追いつくと、イヴのことをわしずかんで地面へと引き倒した。

「捉えた……っ! 捕まえたぞ!」

 周りからちらほらと歓声が上がる。

 イヴの顔面はぬれた地面へ押しつけられ、泥だらけになった。

(美少女の顔面を地面に叩きつけるなんて……)

  全くもって、なっていない男だ。

 しかしまぁ、許してやろう。

 泥にまみれたまま、伏せた顔でイヴはにやりと口の端を上げた。

 ――はたして、

 ナターシャの家の中はもぬけの殻だった。

 リオンは逃げ延びたのだ。

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