43.ナタリー
ナタリーはここ数日の村の騒がしい様子に不機嫌だった。
神経が尖っているのが自分でもわかる。しかしそれはナタリーだけではない。
みんな近所で牛泥棒がでれば総出で騒ぐような平和な村に、突如として現れた憲兵達が連れてきた物騒な気配に怯えていた。
しかしそれを踏まえても、自分はこの村で一番過敏になっている自信がナタリーにはあった。
原因は姉だ。
ナタリーの姉のナターシャが何事か隠し事をしている。
そんな気がしてナタリーにはならない。
姉のナターシャとナタリーは年子だ。今は一緒に暮らしていないが、1週間に5日は行き来する仲で、比較的仲が良い方であると思う。
ただ一点の、まったく気の合わない部分を除けば。
ナタリーは昔から真面目な子どもだった。周りからは優等生だと言われていたし、実際に道徳的で節度のある行動を心がけて生きてきたという自負がある。
一転、姉のナターシャは奔放な女性だった。別に誰かに迷惑をかけるような奔放さではなかったが、金へのがめつさだけは例外だった。
他のことでは道徳の範囲を逸脱しないというのに、金銭が絡むととたんに倫理観が緩むのだ。
そんな時の姉の様子はいままで何度も見ているし、よく知っている。
なんだか、そんなときの姉はいつも浮ついたような空気がただよう。
今の姉がそんな感じだ。
ほんのちょっと借金を背負ったおっさんに高利貸しの真似事をして金を巻き上げているとかそんなことならばまだいい。
しかしこの小さな村でそんな出来事があればちょっと調べればどんなに隠してもわかりそうなものだが、どんなに調べてもそんな事実は出てこなかった。
まさか、今のこの騒動と関わっているのではあるまいか。
こんな小さな村に魔王を強奪した国賊がくるなんて、現実的ではない。
まさかとは思うが、しかし、そんな気がしてならないのだ。
「なによ、ナタリー。あたし今忙しいのよ」
「忙しいって……、もう畑は終わったでしょ。機織りだって必要以上にしないくせに」
非常に怪しい。
普段はナタリーが尋ねて来たってたいしてかまいもしないのに、わざわざ玄関口まで出迎えて、今もお茶を入れてくれている。
忙しい時はいつも放って機織りをしているくせに。
まるでナタリーのことを家の奥には入れまいとしているかのようだ。
「機織りの必要が出てきたのよ。どっかの誰かが近いうちに結婚するかも知れないでしょ」
「……なっ」
思わずお茶を吹き出してしまい、ごほごほと咳き込む。
「順調なんでしょ? まさかキースと付き合うことになるなんてね。時の流れって早いわぁ」
「どうして知ってるのよ!!」
「わからないわけないでしょ、何年の付き合いだと思っているのよ」
むぐぐ、と言葉につまる。ナタリーは内緒にしているつもりだったのだ。
結局その後はひたすら恋人との仲を詮索されて、からかい倒されて終わってしまった。
(結局今日もはぐらかされてしまった……)
閉まったドアを前にため息をつく。
1つしか歳は違わないはずなのに、ナターシャはいつだってナタリーよりも一枚上手でごまかされてしまうのだ。
ナターシャに彼氏とどうぞ、と茶化されて持たされたクッキーが目につく。
恥ずかしくなって勢いよく顔を上げた。
ふと、視界にナターシャの家の2階の窓が映る。
わずかにカーテンが風に揺れて、中が少し覗けてしまった。
「…………っ!?」
そこには紫色の目をした獣が潜んでいた。
頭上から見下ろす瞳は暗く鋭く、まるで抜き身の刃のようだ。
カーテンはすぐに元の位置に戻り、その姿は隠れてしまった。
しかしナタリーにはわかってしまった。
今見たあれは幻想ではない。
ナタリーとナターシャの平凡だが幸福な日々を壊す死神が、そこにはいたのだ。
「……おじさん、どうしたの?」
「………いや、なんでもねぇ」
イヴの問いかけにジルは窓からきびすを返した。
「今のうちに休んでおけよ、……嵐がくる」
その口ぶりにイヴは不思議そうに首をかしげた。
ジルの瞳は暗く、重い決断に踏み切った色をしていた。
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