42.絆
「おじさん、地図はある?」
「……ん? ああ、ほれ」
惚けたような態度で彼は地図を投げて寄こす。
しかしその背中はまたしょんぼりとうつむいてしまった。
その後はまた、黙々と剣の手入れをしている。
(……これは、つっこむべきなのかしら、つっこんだら駄目なのかしら)
悩みつつもとりあえず地図を広げる。
地図には当然今いる小さな村など乗ってはいなかったが、リリアーナとリリクラック山脈、そこに至るまでの街道などはのっていたためだいたいの位置はわかった。
「ここから山脈まで……、頑張れば10日くらいね?」
「ああ、うまく行けばな。14、5日くらいみたほうが確実かもな」
「山に入れるかしら?」
「ああ、山の麓すべてを警備するのは不可能だからな。場所を選ばなければいける」
「……天気がもたなそうね?」
「ああ、近いうちに一雨くるな」
答える間もジルはうなだれた姿勢のまま、ただひたすらに剣を研いでいる。
「……今日の夕飯はハンバーグかしら?」
「ああ、そうかもな」
若干上の空でどうでもいい質問にも答えてくれる。
今ならなんでも答えてくれそうだ。
こんな状況だが、ちょっとイヴはうずうずしてしまった。
(どうしよう、わたし今、とってもセクハラがしたいわ!)
恥ずかしい質問をたくさんして、中年の獣人を困らせてやりたい。
その衝動がなかなか抑えられない。
「おじさん、何食べたい……?」
まずは無難な質問から攻めてみた。
「ああ、オムライス」
こちらを見もせず、好物を答える狼の獣人。
「年齢はいくつだったかしら?」
「ああ、29だ」
脈絡のない質問にもなんの疑問も抱かず答えてくれる。
(これは…、いけるかも知れない!)
チャンスは今だ。
「好きなタイプは?」
「ああ、まぁ、明るいやつかな」
無難な返答だ。だが、まぁいい。本番はこれからである。
「嗅覚とかって人よりもいいのかしら」
「ああ、まぁな」
「尻尾はちゃんと櫛でとかして手入れしてるの?」
「ああ、まぁ、時々な」
にやり、イヴは不気味な笑みを浮かべる。
「今履いてるパンツ何色?」
「ああ、黒……っておい!」
残念、我に返ってしまったらしい。
「なんの話だよ! つーかおまえ……、女がぱっ、ぱんつって……!」
真っ赤になってぱくぱくと口を開閉させる中年の獣耳のおじさん。
実に眼福だ。イヴは大満足である。
「やっとこっちを向いてくれたわねぇ」
「……っ」
「別に責めてるわけじゃないのよ。ねぇ、おじさん。わたし、おじさんが過去に何をしてても、何があっても別にかまわないわ。それを包み隠さず話す必要もないし、悩んで落ち込んでたっていいの」
にっこりと微笑んでイヴは首をかしげる。
ジルはあっけにとられた顔でこちらを見つめていた。
「でも困っているなら、ちゃんと言ってね。全部話す必要はないのよ。ただ困っているから慰めてほしいとか、放っておいてほしいとか、要求を教えてもらいたいの。今は何をしてほしい? 放っておいてほしいなら別のお部屋に行ってもいいわ」
「……いや、そこにいてくれ」
彼は諦めたようにそう口にした。
そしてそこで初めて何かに気づいたようにジルは目を見開くと再びうなだれ、何かに観念したようにうめいた。
「おまえだけは、そこに居てくれ」
それはすがるような切実な声だ。
「リオンも一緒よ」
イヴはそう答えるとリオンのことを連れて近づき、一緒にジルのことを抱きしめた。