38.対立
「逃がすな! 追え!!」
団長の指示に控えていた騎士達が動き出す。
このままでは多勢に無勢だ。
イヴは振り返ると、大きく声を張り上げた。
それは歌手としての発声であり下品になるかならないかぎりぎりのラインの大声だったが、突き抜けた声は空気を震わせ、その場にいる全員の耳へと届く。
視線がイヴへと一瞬集中した。
(……今っ)
「……っ! いかん! 見るな!!」
何かを察した騎士団長が制止の声を上げるが、もう遅い。
イヴは可愛らしく見えるよう、にっこりと微笑むと投げキッスを飛ばす。
騎士達が息をのむのが見えた。
「魅了魔法!」
騎士達の動きが数秒止まった。
その隙を見逃さず、ジルの剣筋が一閃する。
うめき声を上げて半数以上の騎士達は足を負傷した。
わざと追ってこられないように足を潰したのだ。
ジルはすぐにリオンとイヴに続いて湿地に足を踏み入れた。
「逃がすかっ!」
「……ぐっ」
しかしそれは騎士団長が許さない。
慌てて騎士団長の剣を受け止めるが、その勢いと力に押し負けジルは派手に吹き飛ぶことになった。
「ジル……っ」
先を走っていたイヴとリオンを飛び越して湿地に派手に背中から着地したジルに、急いで駆け寄る。
「大丈夫!?」
「いいから、早く逃げろ!」
すぐに身を起こそうとするがぬかるんだ土に足を取られて手間取る。
イヴは振り返る。
赤い鬼はすぐそこまで来ていた。
「おとなしくしろ、娘」
騎士団長の剣の切っ先が、イヴのあごの下へと突きつけられる。
「無駄な抵抗はやめて投降しろ。そうすれば罰は多少軽減されることだろう」
金色の瞳が、光を反射してこちらを射貫くようだった。
「……あら、どうして?」
「……何?」
イヴの言葉は走ったせいかあえぐようだったがその声に震えはなく、凪いだ海のように穏やかだった。その声音に騎士団長は眉をひそめる。
「どういう意味だ」
「どうしてわたし達に罰がくだされるの?」
それは虚勢を多分に含んだ言葉だ。
しかしイヴは、そうして問う唇を笑むように口角をつり上げてみせる。
「わたし達が一体、なんの罪に問われるというの……?」
「国家反逆罪だ」
騎士団長は一息に断じた。
「魔王の子をそそのかし、人の世を混乱に陥れ、そのきっかけである我が国を貶める原因を作る、大犯罪者だ」
「そうであるのならば、あなたの罪は幼児虐待ね」
遮るように、言葉でイヴは空気を打った。
「まだなんの罪も犯していない無垢な子どもを、監禁して貶めた」
「私が何を……」
「でも知ってはいたのでしょう」
その声は透き通って鋭い。
「リオンが教会で一体どんな扱いを受けていたのかを知っていて、見ぬふりをしていたのでしょう」
不安で心は震えていても、目線はそらさない。
「それは加担と同じよ。あなたがリオンを傷つけた」
「………。謂われのない行為ではない」
「謂われがあったら何をしてもいいのね」
皮肉な気持ちになる。笑ってしまいそうだ。事実、少し失笑を溢してしまっていたかも知れない。
誇り高い立派な騎士様が、そんな言葉を吐くのだ。
イヴの心はささくれだって、たまらない。
「だったらわたしがリオンを逃がすのも、彼をひどい虐待者から保護するためという名目があるわ。虐待者は国よ」
「戯れ言を。事はそのように小さなくくりで片付けられる問題ではないのだ! 次元が違う!!」
「大きいとか小さいとかいうくくりの話でもないわ」
「世界の危機だぞ!」
「一人の人の人生の話よ!」
血を吐くようにイヴは言った。
その言葉を吐くと同時にイヴは深く自覚する。
自分の信じているものが正しい確証なんてどこにもない。
しかしそれでも、彼の意見を肯定することだけは出来なかった。
リオンを傷つけるようなことだけは。
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