36.ラッピング職人、勇者
勇者は鬱屈していた。
頭上にはきらきらと輝くシャンデリア、優雅な音楽にさざめくような笑い声。
目の前には極上の素材で作られた美しい料理が上品に少量ずつ盛られ、しかし手をつけられることはなく行儀良く並んでいた。
近いうちにその美しい姿のまま捨てられてしまうのだろう。
辛めのシャンパンに口をつけて、その琥珀色の泡と共に勇者はため息を飲み干した。
「気にかかることがありそうですね」
ゆったりとした声で音楽に合わせて尋ねてきたのは教皇だ。
最近よく会うな、と内心でぼやきながら「いいえ、それほどでも」と勇者はすぐに笑顔を作って答えた。
「しかし、そうですね……。騎士の皆様が今頃汗だくになって国賊を追っているというのに、僕だけがこうして休ませてもらって良いのかとは懸念していますが」
貴族達の馬鹿げた媚び売りパーティーに、わざわざ罪人捕縛の手を離してまで城に戻ってくるほどの価値があるとでも思ってんのか、大ぼけ野郎。
もしも許されるのならば勇者は直訳でそう告げたことだろう。
もちろんそんなことは許されていないので、勇者の言葉はいつも綺麗なビロードで包まれている。
何せ常なものだから、最近では美しく包み込むのはお手の物だ。
プロのラッピング職人も夢じゃない。
内心で自画自賛しつつ「国家の危機に僕が楽をしているのがバレて、皆様の不安をあおらないといいのですが……」としおらしく勇者は続けた。
その勇者の言葉に「まぁ」と教皇は微笑む。
その表情からは勇者の言葉をポーズと取ったか、それとも本当に信じたのかは推し量れない。
全くもって真意の読めない女である。
「それは逆でしょう。勇者殿がこうしてパーティーに参加するほどの余裕がある。陛下はそのことを皆に示して、安心させて差し上げたいのでしょう」
「そうですか……。まぁ、こんなことくらいで少しでも皆さんの不安を取り除けるのならば、お安いご用です」
その程度で買えるなんて、随分と安い“安心”だな。
勇者の心はやさぐれている。
見世物のような扱いにももう慣れてきたと思っていたが、それに折り重なるように最近では婚姻やらなにやらと利害の関わる話が増えてきていた。
思いの外、そういったあれやこれやが精神的負担となっていたようである。
(僕は見世物でも飾りでも金づるでも種馬でもなく、戦士の端くれだぞ!!)
内心であげた雄叫びは、もちろん綺麗に包んで隠す。
それが大人の美徳である。
「まぁ、貴方が逃亡者達を気にかけるのもわかります。これだけの重大事件、私も重く受け止めておりますから……」
「おや、そうでしたか。教皇様も何かしらの心配りをするご予定で?」
どうせ、閉じこもって祈るばかりで他に何もしやしないのだろう、そう思いつつも適当な相づちを打った勇者は、すぐに後悔した。
そんな話題を振ってしまった事に対してだ。
果たして教皇は勇者のその問いにしたり、と頷いた。
「ええ、これから私も一仕事しようかと思っているのです」
もっとも、私の仕事は逃亡者達が捕らえられてからになるでしょうが、と優しく付け足す。
「仕事ですか、どのような?」
「女神様の敵である魔王を利用しようとする方々にも、改心の機会は与えられるべきです」
きらきらと輝く美しい笑顔で教皇は言い放った。
「告解を受けに参ります」
頼むから余計なことをして現場を混乱させてくれるなよ。
勇者はシャンパンをすすりながら、この内心の声をどのように美しく包んで伝えようかと頭をひねった。
どうやらまだまだプロのラッピング職人への道のりは遠いようである。





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