31.郷愁
「いやー、想定外に歓迎されたな」
十分過ぎるほどの食事と酒にジルは満足気に息を吐いた。
もうすでに宴会の後片付けも済まされ、村人達は各々の家に帰っている。
集会場に残されたのはイヴ達3人と貸し出してもらった布団だけだ。
結局あの後、ジルは飲み比べで10人ほどの村人を潰していた。
どの程度の量を飲んだのかは、正直イヴは興味がないので見ていない。
本来なら目立つ真似は控えるべきだが、なにせ小さな村であるし場所も非常に辺鄙だ。
明日には発つ予定だし、大した問題ではないだろう。
軽く鼻唄を歌いながら与えられた部屋に布団を敷いているジルに、
「随分とはしゃいでいるわねぇ、おじさん」
とイヴは声をかけた。
嫌みではなく、純粋に珍しいと思う。
美味しい食事、酒、久しぶりに布団で眠れること。もちろんイヴも嬉しい。
しかしジルのはしゃぎようは随分と『らしくなさ』をイヴに感じさせた。
まるで、無理に空元気を振りまいているかのようだ。
「久しぶりに気兼ねなく酒が飲めたからな!」
確かに馬車ではいつ強盗などに遭うかも知れないので、あまり深酒はしていない様子であった。
しかしそれだけではないだろう。
疑わしそうにじとーと見つめるイヴに気づいたのか、「な、なんだよ」とジルは身じろぎをした。
「…………」
イヴは何も言わず、じーと見つめ続ける。
じー。
「…………っ」
ジルは気まずげに視線をそらす。
じじーー。
「あー、もう、うるせぇな!!」
視線がうるせぇ、とばりばりと頭を掻く。
勝った。
イヴの勝利だ。
ジルは気まずげに頭を掻いたまま、「あー、なんだ、空気が、な」と気まずげに口にした。
その様子にはもう先ほどまでの浮かれた様子はなく、常の雰囲気に戻っているようだ。
「空気?」
「俺が前に暮らしてたとこに似てるんだよ、ちょっとな」
貧しくてたいして珍しいものがあるわけでもない村に、和やかで結束の固い村人達。
日々を暮らすのに必死で、毎日それだけのために生きていた。
「懐かしいの?」
遠くを見つめるジルに、イヴは問いかけた。
「……懐かしいさ」
もう戻れない日常が、その目には映っているようだった。