30.メラニー
「どうぞどうぞ、こちらにお泊まりください。いやねぇ、小さな何にもない村で、宿屋もないもんだからこんな場所になってしまって……。大したおもてなしもできなくてすみませんがねぇ」
そう言って案内されたのは、村の集会場だった。
集会場と言っても本当にただ集まるための場であるらしく、ただだだっ広いだけの何も物を置いていない真四角い板張りの部屋だ。
そこにおそらく村の大人はわずかを除いてほとんど全員集まっているだろうというほどに、人が集合していた。
ある者は楽器を奏で、ある者は歌を歌い、ある者は踊り、酒を飲み、時々料理をつまみ、――その光景はまさしく“宴会”だ。
予想に反してかなりの歓迎を受けることになった。
3人はその歓迎ぶりに思わず再度顔を見合わせた。
この集会場に辿り着くまでの道中に見た村は確かに小さく、端から端まで歩くのに30分ほどしかかからなそうな大きさだった。
湿地帯の真ん中にあるような村だからか地面に生えるような一般的な農地にある作物は育たないようだ。農民の姿もちらほらと見えたが、育てているのは水草の一種のような見かけない沼地で育てるような作物ばかりである。
かろうじてイヴにはレンコンがわかる程度だ。
わざと沼地を利用して栽培地としてそのまま残しているのであろう場所に幾人かの人が手を突っ込み、根っこの食べられる部分を取り出して出来を確認している姿が見えた。
その周囲では子ども達が手伝っているのか邪魔をしているのか、泥だらけになってはやし立てていた。
そこで取られた作物が今、料理になってイヴ達の目の前に並んでいた。
レンコンの肉詰めに人参の煮物、卵焼きに何かのの漬け物。
調味料があまり手に入りづらいのだろうか、味付けは薄く素材の味が生かされている。
どれも丁寧に調理されたのか、雑味はあまり感じなかった。
ジルはイヴとリオンからは少し離れた席で、男衆に囲まれて酒盛りをしている。
「すまねぇな、兄ちゃん。大した酒じゃなくてよ」
「いやいやいや、十分だ! こいつぁ、ミミンの実で作った酒だな」
ミミンの実はどこにでも生える強い植物だ。たいして美味しくはない酸っぱい実のため、あまり好まれてはいないから食べ物としては流通していない。
いわゆる雑草のうちの一つである。
しかしそこそこ栄養があり環境の変化にも強く、世話をせずともすくすくと良く育つため、地域によっては食されていた。
「わかるのか、兄ちゃん」
「ああ、うちの村でも良く食べた」
懐かしそうに、その濁った紅色の酒をジルは眺める。
「うちでも酒にしてたぜ。普通に喰ったんじゃあ、まずいからな」
「違いねぇ、ガキどもは喜んで喰ってるがなぁ」
げらげらと笑い声が響く。
酔った者特有の笑いの沸点の低さで、些細なことでも愉快なネタになるらしい。
イヴは酒を飲んだことなどないからわからない感覚だ。
呆れて眺めていると目の前に皿が差し出された。
「さぁさぁ、貴方達も。遠慮せず食べていいのよ」
そう優しく声をかけてくれたのは、黒髪がつややかに美しい、妙齢の女性であった。長く真っ直ぐな髪を肩口で一つにくくり、胸元まで流している。
差し出された皿には美味しそうな魚の天ぷらが盛られていた。
それは沼地に生息する魚なのだろうか、小さくてのっぺりとした平べったい体をしていた。
「ありがとう」
「……ありがと」
イヴとリオンは礼を言って受け取る。女性も微笑み返してくれた。
「とっても賑やかねぇ、いつもこうなのかしら」
「まさか、お客さんがいらした時だけよ。たまに来る外のお客様に話を聞くぐらいしか娯楽がないものだから」
みんなも飲む口実ができて嬉しいのよ、と女性は笑った。
なるほど、イヴの目線の先ではジルと村の男達との間で飲み比べが始まっていた。
「あたしはメラニー。貴方達は?」
「わたしはイヴ。こっちは妹のアメリアよ」
イヴの紹介にリオンは無言でメラニーに手を差し出した。それにちょっと笑ってメラニーはその手を握り返す。
「よろしくね」
リオンはこくりと頷いた。
メラニーの左手の薬指には木で出来た指輪が飾られていた。それは手作りなのか少し不格好で素朴な作りをしている。側面には月の意匠が彫り込まれているように見えた。
そのことにめざとく気づいたイヴは「ご結婚なさっているの?」と問いかけた。
「ええ、子どももいるのよ。今は母に預けているけど」
「旦那さんもお子さんと一緒にいるの?」
「いいえ、出稼ぎよ」
メラニーは苦笑する。
「見ての通り、貧しい村だから……、若い衆が出稼ぎに出ないと食べていけないのよ」
土の質が悪くて、作物もあんまり実らなくって、とぼやくように続ける。
「貧相な食事でしょ。イヴちゃん達はどこから来たの?」
その質問にイヴは少し考えたが、結局は「城下町から来たのよ。お母さんが亡くなってしまったから、おじさんの家に行くの」と当初決めた設定通りに話した。
なるほど、ジルが最初の考えてくれた設定はどの場面で話しても違和感なく説明できる、とても有効なものだ。
特に親が亡くなったなどと聞けば、聞いた側もそれ以上は深く聞くことを躊躇ってしまうだろう。
現にメラニーもいけないことを聞いてしまったとばかりにばつが悪そうに「そうなの……」と言ったっきり、それ以上その話を掘り下げることはなかった。
「大変だったのね。くれぐれも無理だけはしちゃ駄目よ」
「大丈夫よ。わたしにはアメリアもおじさんもいるのだもの」
イヴはリオンに頬をすり寄せる。リオンはおとなしくなされるがままだ。
「それに大変と言ったら、メラニーさんだってそうだわ。旦那さんが出稼ぎで家にいないなんて、大変そうよ」
「あたしにも母と子ども達がいるもの」
じゃあお互い様ね、とイヴが笑うと、メラニーもそうね、と同意を示して微笑んでくれた。
それは日向のように暖かな微笑みだった。