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29.逃亡ご一行

「ねぇ、おじさん。意外に騎士団の人達は追ってこないのね」

「ああ、まぁな。今頃連中、いろんな辺境をほっつき歩いているだろうよ」

 ぱかぱかと馬を走らせながら、ジルはすっとぼけて見せた。

 イヴとて何もせずにここまで順調に逃亡が続けられると考えるほどおめでたい頭の持ち主ではない。しかしどうやら、ジルには皆までイヴに説明する気はないようだった。

 まぁ、別に構わないのだが。

 城下町を出発して、10日が経過していた。

ちなみに似顔絵が出回ってしまった今となっては変装はもうあまり意味がないため、イヴは髪を染めるのをやめた。ジルも耳としっぽを出しており、リオンだけが角を隠すためにカツラをかぶっていた。

 指名手配の似顔絵ではイヴは灰色の髪、ジルも獣人とは記載されていないため、そのほうが都合が良かったのだ。

 3人は太い街道を外れた細い道をのんびりと馬車にゆられて進んでいた。

 周囲は見渡すばかりに湿地帯で、ある意味良い景色だ。

 自生する植物がいい具合にわさわさと茂っていて、まるで追っ手達から姿を隠してくれているかのようだった。

 湿地帯は場所にもよるのだが、だだっ広い沼地のみがただただ広がっているところもあれば、このように緑豊かなところもあって予想外に退屈はしなかった。

 膝の上にのせたリオンのカツラの髪にリボンを結んであげながら、イヴはのんびりとそこらを指さす。

 馬車の操縦は完全にジルにお任せコースである。

「見て、リオン。あそこに鳥がいるわ」

「なんのとり?」

「何かしらねぇ、黄色いわねぇ」

「おい、おまえ、馬車の操縦を変わってやろうとかいう気はねぇのか?」

 暢気に雑談する2人にジルは苦言をていする。

 ジルもそろそろ手を休めたい気分だ。だだっ広い何もない道をただひたすらに馬車を走らせるというのは難しい技術は特に必要ないが、肩が凝る。

 しかしそのジルの言葉に、イヴはわざとらしく目を見張ってみせた。

「あら、何を言っているの、おじさん。わたしは今休憩時間よ」

「だから俺だって休憩したいって……」

「おじさんはよく休憩してるじゃない。主にわたしが働いている時に」

 ぐ、とジルは胸を押さえて呻く。

 そこは押されると弱いジルの急所だった。

「安心してちょうだい! 次の街についたらまた働いてあげるわ!! なにせわたしは一家の大黒柱だもの!!」

 この逃亡劇の資金は旅費も経費も何もかもを含めてイヴから出ているのは周知の事実だ。

 街に着くたびにイヴが路上でパフォーマンスをしてみせて、その投げ銭といままでの貯蓄を食いつぶして続けているのである。

 もちろん今回の件の発起人はイヴなので、イヴが全額負担するのは当然のことだろう。

 しかしどうやらジルはこの事実を多少気に病んでいるらしい。

 イヴにはよくわからない感覚である。

 しかし理解はできなくとも利用はする。

 気にしい過ぎるのも考えものだ。

「なんだったらおじさん! 専業主夫になってくれてもいいのよ! 一生養ってあげるわ!!」

「やめろ! おまえに一生付き合うなんて冗談じゃねぇ。どうせおまえの立てる家は地獄の一丁目にでも建ってるんだろう!」

「ご希望だったらそうするわ!!」

「違う! そうじゃねぇ、俺が望んでいるみたいな言い方をするな!」

「望んでなかったの?」

「望んでるわけねぇだろうが!! 俺は誰にも恥ねぇ正道を行くんだよ!!」

 リオンはこてん、と首をかしげる。

「せいどうってなに?」

「正しい道のことよ。正しい行為とか、まぁ間違ったことや、人に批判されるような事をしない方向へ向かうという意味かしら」

 説明しながら、「合ってる? 」と尋ねると、ジルはしぶしぶ頷いた。

「なんか、まぁ、そんなもんだ。つまりは人に恥じねぇ人生を送るってことだ」

「おじさんは恥ずかしいことがあるの?」

 リオンからのとんでもない剛速球にジルは言葉に詰まる。

 みぞおちを容赦なくぶん殴られたような心地がした。

 軽い気持ちでの質問であることはわかっているし、リオンには何の含みがないこともわかっている。

 しかしその言葉はジルの後ろ暗いところを容赦なくえぐった。

 とっさに言葉が出てこない。

「いっぱいあるわよぅ。おじさんは恥ずかしがり屋だから」

 その時助け船はあっさりと差し出された。

 イヴだ。

「誰がだ、誰が」

 思わず反射で適当に言い返す。

 イヴはふふん、と指を立てて言った。

「わたしからのプロポーズも恥ずかしがって受け取ってくれないのよ」

「はぁー? プロポーズ? あの質のわりい冗談のことか?」

「ひどいわ! さっきだって養ってあげるって言ったのに!!」

「もう少し言葉を選べ!」

「言葉を選べば受けてくれるのね! やったわ、リオン! 今夜は祝杯よ! お赤飯よ!!」

「誰もんなこと言ってねぇよ!!」

「待ってて、ロマンチックなシチュエーションでロマンチックな言葉をあげるわ!!」

「おい、話をきけ、てめぇ!」

 怒鳴りながらもいつもの雰囲気に内心安堵する。

 イヴがわざと話題をそらしてくれたことに感謝した。

 ジルには“恥ずかしいこと”ではなく“恥ずべきこと”が山ほどあった。

「次の街が見えてきたわよ」

 できればいつまでも忘れたままでいたいことばかりがジルの記憶には降り積もって、巨大な山を築いていた。


「街というより、村だな」

 ジルがそう称したように、なるほど確かにそこは小さな村だった。

 こんな人に見つかり辛そうな細い道をわざと通っているのでなければ到底見つかりそうにない沼地の隙間に潜むように、その村はひっそりと存在していた。

 思わず3人は顔を見合わせる。

 見るからに怪しい。

 しかしイヴ達3人もまた、このくらいうさんくさい村でなければ滞在できないようなうさんくさい身分であることも確かだった。

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