28.手練れ
「何故だぁーーーっ」
青空の下で騎士団長の雄叫びが響き渡る。
めーめーとなく山羊に囲まれて立ちながら、勇者は平和だなーと雲の数を数えていた。
「なぜ! 追跡魔法で見つけた場所のことごとくに! 反逆者共がいないのだ……っ!!」
「そ、それは……」
そんなことを聞かれても困ると言った様子で部下達は困惑していた。さもありなん、彼ら下っ端は下っ端で、上の指示に従って言われた場所を真面目に探索しているだけなのだ。
「たたたた、た、確かに魔法は、こ、ここだと示しているんです、団長……っ」
追跡魔法を保持している兵士も汗をかいてしどろもどろだ。
「むぐぐぐぐぐぅ……っ」
「魔法に間違いがないのなら、手がかりのほうが間違っているのかも知れませんね」
「なにぃっ!?」
雲を数えるのにも飽きてきて、勇者は仕方がなく騎士団連中に向き直った。
この平和な村に至るまで、騎士団と勇者達は他にもいろいろな場所で無駄足を踏ませられていた。
あるところは人っ子一人居ない辺境の泉であったり、
またあるところは海辺の街であったり、
またあるところはジャングルの奥地の集落であった。
これらの場所の共通点は、みんな水場が近いという点だ。
この情報が示すところを推測するならば――、
「その毛髪の痕跡はブラフ。罠だったのでしょう」
追跡魔法は万能ではない。ただ単純に同じ組成の物質の場所がわかるというだけの魔法だ。同じ組成の物質が複数に渡って存在した場合、そのどれが本体だとか、量が多いかなどの判定は困難なのだ。
――つまり、
「髪を少量ずつ切って、川か泉か、まぁそれに類する所に流したのでしょう。流されている内に散らばって、それぞれの水場にたどり着いたのです」
「………っっ!!!」
勇者のその言葉に理解が追いついたのか騎士団長の顔が火にかけたやかんのように真っ赤に染まる。
それにやれやれと勇者はため息をついた。
この騎士団長はたくさんの武勲を立てて今の地位に上り詰め、未だに続投している通り実力がないわけではない。
しかしその能力は随分と体力的な面に偏っていた。
つまり端的に言えば、『脳筋』なのである。
「おまえらー!! 次だ! 次ぃ!! 続けていけばいつかは本物にぶち当たる!!」
残された手がかりが本当に魔王の子の髪の毛ならばね、と内心で勇者は独りごちた。
わざわざ教えてなどはやらない。勇者はそこまで親切でもなければ、騎士団に対して友好的でもなかった。
(しかし……)
そして勇者の本当の懸念事項は別にあった。
それはもしもこれが意図した罠ならば、いや、すべての情報を総合して考えるに明らかに意図した行為にしか思えないが、しかしだとしたら、あまりにも先方はこちらの手口に精通しすぎている。
これではまるでこちらには追跡魔法があり、その欠点すらもを知った上での罠のようではないか。
(こちらが想定しているよりも、敵に回している相手は手練れなのかも知れないな……)
慌てて撤収する騎士団の最後尾をのんびりと歩いてついて行きながら、勇者は思案をめぐらせた。
勇者が騎士団達から行動を離脱することを宣言したのは、その数時間後の事だった。
騎士達はすわ抜け駆けか、単独行動など手柄を独り占めにする気かと色めき立ったが、事実はなんのことはない。
勇者としてのくだらない業務のために、城に呼び出されたのだ。