27. その後の話
世の中にはどちらの意見が正しいかによらず、反発する人間もいれば、共感する人間もいる。
イヴ達が無事に合流を果たし、出立してから3日後、イヴと屋台の男とのやりとりを見て罪悪感を感じた人間がわずかにだが町の行政に掛け合ったり、個人的に施しをするようになったりをして、寄付やら炊き出しやらがほそぼそと始まった。
今後は保護施設の設立や、そもそも孤児を出さないためのシステムの見直しなどが始まるかもしれないという話までが出始めていた。
その更に2日後、花の町に騎士団が到着した。
イヴ達、国家反逆者が城下町の検問を突破したという確証を得て、目撃情報を頼りに追いかけてきたのである。
「ああ、確かに見た。この灰色の髪をした男と娘、栗色の髪の小さなガキを連れてた! 間違いねぇ!」
そう大きく頷いて騎士達に保証して見せたのは、イヴ達と言い争った屋台の男だった。
「こいつらが噂の国賊だったのか! 通りで!」
「何かしたのか」
男の合点のいったような口ぶりに、騎士団長は問いかける。
男はよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりにノリノリで語り出した。
「そりゃあ、もう! とんでもねぇ言いがかりをつけてきたんだ! ごらんの通り、俺たちは親のいねぇ孤児に恵みを施してやってる! なのに全く何もしねぇ極悪人のように人を罵って、貶めたんだ!!」
その証言に騎士団長と共に探索に出向き、話を聞いていた勇者は首を傾げる。
目撃情報と照らし合わせるに、国家反逆者は勇者があの門の前でサインをし雑談をした少女達のようだったが、あの時の話の印象からあの少女がそのようなことをする人物にはとても思えなかった。
それに男の口ぶりにはいくつか引っかかる部分があった。
「施してやってる? 彼らが孤児になったのはこの町のシステムエラーが原因であって、それを修正する仕組みを作るのは大人の仕事の一部では?」
男はぐっ、と言葉に詰まる。
しかし騎士団長はその横から
「なるほど、自分のことは棚にあげて厚かましい連中だ」
と男に協応を示した。
「勇者よ、貴殿は連中と接触があったそうだな。それを取り逃すなど大した失態だ。どのように責任を取ってくださるのかな」
しかしそれは男に共感するというよりは勇者を責めるための踏み台にしたかっただけだったらしい。
すぐに騎士団長の矛先が自分へと向いたのを勇者は受け取ると、いつものにこやかな笑顔を浮かべて正面からそれに相対して見せた。
「ええ、もちろん。逃げも隠れもしませんよ、僕は。きちんと責任は取りましょう」
はっきりと言ってのける。
しかし一人で自爆するつもりは毛頭なかった。
勇者の言葉に色めき立つ騎士団長が何かを言う前に、その鼻っ面へ向けて「あの時に一緒に検問を行った憲兵と共にね」という言葉をすかさず突きつけた。
こういう時は、人を巻き込むのが吉である。
「ああ、そういえばあの部隊の最高責任者はどなたでしたっけね。確認をとって、報告をしなくては」
憲兵とは、騎士の下部に存在する組織である。
一般から募集された憲兵、その上に試験に合格した騎士達がおり、その頂点に騎士団長が君臨しているのだ。
つまりもちろん、憲兵の最高責任者など、騎士団長に決まっている。
それをわかって勇者は言っているのだ。
「責任が発生するような事柄ならば、特に」
しっかりと念を押すのも忘れなかった。
ぎりり、と騎士団長は歯を噛みしめる。
「取り逃した責任をいちいち追及していては、街道に関わるものすべてに咎が及ぶ、その必要はなかろう」
騎士団長は前言を翻した。
その言葉に屋台の男は「ええ、そんな」と不満を漏らす。
“言いがかり”をつけてきた勇者が嫌な目に遭うことを、男は望んでいた。
「もちろん、責任を追及するとなればこの街の人間も責に問われることになるでしょうしね。特に怪しいと思っていたのに引き留めもせず、通報もしなかった貴方などは特に」
ちらりと流し目で見やりながら勇者の指したぶっとい釘に、ひぃっと情けない悲鳴を上げて男は逃げ出した。
逃げ出す男を騎士団長と勇者は最後まで見送って、勇者は嘆息の息を吐き騎士団長は咳払いをする。
まぬけな結末には仕切り直しが必要なのである。
そうして気を取り直した騎士団長は
「何はともあれ、我々は重大な手がかりを掴んだと言えよう」
となんとも重々しく語り出した。
勇者の知る限り、騎士団長はいつだってそうだ。
この男の態度はいちいち仰々しくていけない。
そうして騎士団長がご大層に取り出して見せたのは、数本の短い栗色の髪の毛だった。
それはとある裏通りの宿屋で手に入れたものだった。
「これがあれば連中の位置を魔法で追尾できる」
彼女たちが捕まってしまうのも、時間の問題だな。
上機嫌な騎士団長の様子に、勇者は憂鬱なため息をついた。