表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/64

18.花の街

 華やかな薄紅色の花弁が宙を舞っていた。

 遠くからぽんぽんと何か軽いものが打ち上げられる音がして、その音と共に舞い散る花びらの数が増しているようだった。

 どうやら大砲のようなもので花びらを打ち上げ、散らしているらしい。

 それだけではなく通りに並ぶすべての建物にも同じ薄紅色の花がリボンなどの飾りと共に飾られ、町中に薄紅色の雪が積もったかのように幻想的な風景が広がっていた。

「すごいわねっ」

 思わず声が弾む。はぐれないようにとリオンとつないだ手が返事を返すようにぎゅっと強く握られたので、どうやらリオンもこの光景が気に入ったらしい。

「空ばっか見過ぎてこけるなよ」

 少し前を行くジルは淡々と冷めている。

(なんてロマンがないのかしら)

 イヴはその態度に唇を尖らせる。

 身の周りには振ってきた花弁がまとわりついて、全身を花びらで飾られているみたいだ。

 下ろしたての藍色のワンピースに薄紅の花が散りばめられて、まるで花びらでできたドレスを着ているようだった。

 気分は花の妖精だ。

 イヴは楽しくなってしまって、リオンと両手をつなぐとその場でくるくると回った。

「とっとと適当な宿屋を見つけるぞ。おそらく魔法か何かで伝達は回っているだろうし、これからはいっそう警戒しなきゃならねぇ」

 そんなイヴの浮かれた様子に気づいたのかジルはことさら釘を刺す。

 まったくもっておっしゃるとおりだ。これがテストなら百点満点のお言葉である。ただし、全体的に情緒が足りない。

「承知したわ」

 それでも正しいことは正しいので、イヴは良い子の返事を返すに留めた。

 隣でリオンもこくこくと頷いて見せるが、その視線はせわしなく舞い散る花弁や通り過ぎる屋台を見つめている。

「素敵なお嬢様方、花祭りは初めて?」

 そんな中、ふいに声をかけられた。

 振り返るとそこには頭に花輪を乗せ、真っ白で質素なワンピースに薄紅色の花を全身に飾った妙齢の女性が花かごを持って立っていた。

「ようこそ! 花の町リリアーナへ! あんたたち運がいいわね、今年は豊作よ!」

 そう言って女性は薄紅色の花をリオンとイヴに渡してくれた。

「ありがとう、おねぇさん。今日は花祭りなの?」

 その言葉にその花飾りの女性はちょっとだけ驚くと、すぐに笑顔を作っていう。

「そうよ、何も知らずにきたのね。だとしたら本当に運がいいわ。この町はね、花を育てて売ることで生活している町なの」

 ずい、と薄紅色の花を目の前に出される。

 その花は5つのハートに似た形の花弁を持ち、華奢な茎と丁度花弁を逆さまにしてくっつけたような葉を持っていた。

「この花はクオーレ。この町の名産品よ。可愛らしいでしょう」

 クオーレと呼ばれた花はそのままイヴの髪へと飾られた。

「今日は年に一度のクオーレの『花の収穫祭』なのよ!」

「まぁ、とっても素敵ね! 確かに幸運だわ」

「でもそうね、あんた達何も知らないできたなら、もしかして宿の当てとかないんじゃない?」

「もしかして埋まってるのか」

 ぐいっとイヴの肩を押して現実的なジルが会話に割り込む。

「もしかしてもなにも、埋まっているわよ。毎年この日は予約でいっぱいなんだから」

「最っ高に不運だな!」

 ちっ、としかめっ面で舌打ちをする。

 まったくもって行儀の悪いことだ。美少女で上品なイヴとしては、ジルにももう少しお行儀良くして欲しいものなのだが。

 まぁ行儀の良いジルなど気持ちが悪いだけかもしれない。

「仕方がないわ、おじさん。馬車の中で寝てもいいんだし、良いものが見れたと思いましょう?」

「……それしかねぇか」

 がりがりと頭を掻いてジルが諦めたようにため息をついた。

 それを見てイヴはまだきょろきょろとしているリオンを抱き寄せると、その頭にあごを乗せる。

 今夜はジルへのご褒美と旅の門出を祝して豪勢な晩餐にするつもりだったのだが、まぁ仕方がない。

 オムライスはしばらくお預けだ。

「そうねぇ、手がないでもないけれど」

 その落胆した様子を見やって、花輪の女性は思案するように手をあごにあてて言った。

「ほんと?」

「裏通りに小さな宿屋があるわ。治安はあんまりよくないし、料理もまずいからおすすめはしないけど」

「十分だわ! ありがとう! おねぇさん!!」

 治安など多少悪くてもこちらにはジルという強い番犬がいるのだし、料理も元々イヴが作る予定だったから問題ない。部屋など小さくても身を寄せ合えばいいのだ。

「あらそう? なら良かった。ぜひお祭りを楽しんでね!」

 簡単な地図をさっと描いて渡すと、彼女はまたすぐに別の観光客へと声をかけにいってしまった。

 どうやら彼女は観光客の案内嬢のような役割らしく、よく見ると回りにちらほらと同じ格好をした女性や男性が笑顔で声かけをしていた。

 おそらくイヴ達に声をかけたのも、おのぼりさんよろしくきょろきょろとしているのが目についたのだろう。

 なんとも商売熱心なことである。

「良かったわねぇ、とりあえず今夜はベッドにありつけそうよ」

「いろいろ物資も買い込んで行くか」

 舞い散る花びらの大群の中、リオンはまだきょろきょろとせわしなく視線を動かしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ