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16.提案

 なるほど、中には盗賊達の目が眩むのもわかるような、指輪や腕輪、宝石入れなどの美しい細工の品々が並べられていた。

 リオンはそれらを眺めて「よくわかんない」と首をかしげる。

「わかんなくていいのよ、いいなって思ったものを選べば」

「……じゃあ、これ」

「だからって選ぶの早すぎだろ」

 律儀につっこみを入れるジルのことはひとまず横に置いておいて、イヴはリオンの指さしたものを覗きこんだ。

 それは綺麗な銀細工の腕輪だった。がっしりと太いバングルには、細かい鳥と花の模様が彫り込まれていて、所々に美しい琥珀が埋め込まれていた。

「あら、いいわねぇ」

 男性用なのか、大きなそれはまだ幼いリオンの腕にはぶかぶかと余ったが、成長すればいずれぴったりになるだろう。

 いずれぴったりになるほど健康にすくすくと育てばいい。

 リオンのやせ細った腕でも落ちてしまわないように、イヴは自分の髪についていたリボンを取るとリオンの腕にふんわりと巻いて隙間を埋めてからつけてあげた。

 イヴの水色のリボンと琥珀の飾られた銀色の腕輪は調和がとれて、リオンの白い腕にとても似合っているように見えた。

「良い趣味だね、お嬢さん。それは有名な細工師ミレーヌが制作した品で、本当は男性の品だが細工が繊細で可愛らしいから女性にも人気なんだよ」

「そんなの、わかんない」

 商人のうんちくに、リオンは首を振ると、

「この茶色い石が、おねぇちゃんの目の色と同じだったから……」

 そうぽつりとつぶやいた。

 イヴは思わずそんなリオンをぎゅーっと力一杯抱きしめる。 

「……っ、かわいい…っ!」

「んぅーー」

「いやもう、これは誰がなんと言おうと、全世界一かわいい……っ!」

 強く強く抱きしめられたリオンは唸って身じろぎをしている。それは抵抗というよりも甘えるような仕草を多分に含んだ行動だった。それごとイヴは抱きしめ続ける。

 イヴは元来そこそこ平等な人間ではあるつもりだが、身内びいきはする性質であることも自覚していた。

 誰だって一緒に過ごした時間の長い相手のほうが好きだし、他よりも良く思えるし、そりゃあ他の見ず知らずの子どもに同じことをされても嬉しいと思うがたった半日とはいえど一緒に過ごしたリオンに言われるとまた格別である。

 つまり何が言いたいかというと、うちの子一番! ということだ。

 リオンはもう、イヴの家の子だ。

 ちなみにジルも大分昔にイヴの家の子認定を済ませている。あくまでイヴの一存であり、ジルの預かり知らぬ範疇での話ではあるが。

 まぁそんなことはどうでもいいのだ。大切なのはイヴは家族の危機には絶対に駆けつけるし、何をしてでも一緒に居たいと思うということだ。

 この世のすべてから助けることなど、きっと非力なイヴの手ではできない。

 それでもなんとかしたいし、していくのだ。

「女神様も、同じ目だった」

 リオンがぽつりとつぶやく。

「女神様?」

「教会にいた、女神様」

 そういえば、教会の中央に存在する女神像の目には琥珀が埋められていた。あいにくとイヴは宝石には詳しくないため、それがリオンの選んだ腕輪の石と同じなのか否かは判別はつかないが。

「そうね、確かに女神様は黄色い目をしていたわね」

「いいのかな」

 おずおずとリオンは尋ねる。その問いの意味が最初、イヴにはわからなかった。

「なにが?」

「ぼくが、女神様の目と同じ色を持っていていいのかな……」

 “ぼくが”という言葉が“魔王であるぼくが”という意味だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 そのリオンの質問にイヴは堪らなく切なくなる。

 抱きしめたまま、イヴはリオンの頭をそっとなでた。

「いいのよ、リオン。貴方は好きな物を好きなだけ手に入れて良いの。女神様だって、そんなに狭量じゃあないわ」

「きょうりょうって?」

「けちって意味よ」

 よしよしと頭をなでる。リオンのかぶっているカツラの髪は乱れてぼさぼさだ。

「女神様は、あなたの敵ではないわ」

 潰れそうなほど強く抱きしめながら、自分の心がリオンに直接伝わればいいのにと思った。

 自分の心を取り出して、リオンにあげられればいい。

 そうすればリオンは自分がどれだけ大切で、愛されるべき存在なのかをきっと理解することができるだろう。

 しかしそれは言葉や態度で伝えることを放棄した、怠慢な考え方だろうか。

 そんな2人の様子を商人は笑顔のまま、じっと見つめていた。

「……そろそろ解放してやれ、ほんとに潰れるぞ」

 ジルがべりっとイヴをリオンから引きはがす。

「ええーん、もうちょっとっ」

「とっとと選べ!」

「なによう、おじさんはもう選んだの」

「もう選んだ」

 しばらく待ったが、ジルは選んだ品をイヴに見せてくれる気はないようだった。とっとと行け、と手を振られる。

「んん~……」

 唸りながらも仕方がなく再度荷台を覗きこもうとして、縛られた盗賊達を御者が馬車に乗せようとしていることに気づいた。少し不用心な気もするが、乗せる場所が荷台しかないのだろう、乗せやすいようにイヴは横にずれて道を開ける。

「おお、これはすまないね、お嬢さん」

 御者はにっこり笑って礼を言うと、よいしょっと手も足も縛られて自らでは移動できない盗賊を引きずるようにして乗せようとした。

 失敗して盗賊が地面に落ちた。

「おや、すまないね、もう一度」

 よいしょっ、気合いを入れ直す。盗賊がまた地面に落ちる。

 3回ほど繰り返したあたりで、耐えきれなかったジルが「じいさん、俺がやるよ」と交代を申し出た。

 元盗賊なのもあり、地面に落とされるたびに尻をしたたか打ち付けて呻く盗賊を人ごとだと思えなかったのかも知れない。

「いやぁ、すまない、すまない。いつもならちゃんと護衛がついているんだが、今日に限って護衛をつれてなくてね」

 その様子を見て、商人がほがらかに笑った。

「どうして今日はいないの?」

「うちは専属の護衛を保有していなくてね。いつも紹介所で紹介してもらうんだが、なんでも都が騒がしいらしくて、人手が足りなくていつもより割高のわりに腕のいい傭兵はみんなそちらに駆り出されてしまっていたんだよ。こんなことなら見せかけだけでも連れてくればよかったよ」

「そうなの……」

 しおらしく頷いてみるが、おそらく十中八九、都を騒がした原因はイヴ達だ。

 つまり間接的に商人が襲われる要因を作ったのはイヴ達だ。

 こんなところにまで影響が出ているのか、とイヴは驚く。

故意ではないとはいえ、罪悪感は拭えなかった。

「なんで俺たちがこんな目に……」

 その時泣き声混じりの嗚咽を漏らしたのは盗賊のうちの一人だった。

 すすり泣き、縛られた両手で顔を覆う。その左手には手作りだろうか、少し不格好で素朴な木でできた指輪がはまっていた。太陽とおぼしき意匠が彫り込まれている。

「おい……っ」

「こんなにあるんだから、一つくらいいいじゃねぇか! 世の中不公平だ……っ」

「……どうしてそう思うの?」

 イヴはそっと泣いている盗賊に近づくと話しかけた。しかしそれを「ほっとけ」とジルが止める。

「こいつらは元農民だ。おそらく不作か何かで食い詰めて盗賊になったクチだろう」

「どうしてわかるの?」

「剣の使い方がなっちゃいねぇ。抵抗されることにも慣れてねぇから俺が飛びかかった時にもろくに抗戦できていなかったんだろう。それにこいつらの手のたこの付き方は剣じゃなく鍬やら鎌やらを扱う人間の付き方だ」

 ジルはふん、と鼻を鳴らす。

「良くある話さ。しかし、盗賊家業に足を突っ込んだ以上はなんの言い訳にもなりやしねぇ。人様のしのぎをかすめ取って生きる商売だ。恨みは買って当たり前。しくじりゃ命がねぇのは承知の上だ」

「……ジルもそうだったの?」

 思わず発したイヴの問いに、

「……さぁな、忘れちまった」

 ジルは答えてくれなかった。

 その時盗賊のうちの一人が、ジルの顔を見て何かに気づいたかのように目を見開いたが、口をつぐんで何も言わなかったのでそれは見過ごされた。

「盗賊さん達はどうなるの?」

 イヴは今度は商人に問いかけた。

「街で憲兵達に引き渡すつもりさ。お嬢さん、可哀想に思うかもしれないがこれは必要なことなんだ。彼らを許せば同じような事をする人間が増加する。毎日きちんきちんと働いている人間が馬鹿をみることになってしまうし、そうすると社会が成り立たなくなってしまう」

 それはそうだ、十分に納得できる。しかし、感情的には納得しきれないような部分も残る。

 それはイヴが平和な世界から来たからだろうか。

「残念だが社会には秩序が必要なんだ。ルール違反には罰がある。その秩序が成り立たなくなってしまっては、私達は生きていけなくなってしまうよ」

「盗賊さんは捕まったら殺されてしまうの?」

「前科にもよるが、今回は未遂だから。きっとしばらく牢屋で暮らして数年後には釈放されるんじゃないかな」

「持ち物はすべて没収されてしまうかしら」

「ところにもよるが、おそらく、没収されてしまうね。けれど食べ物などの期限があるものを除けば釈放時には返ってくるだろう。もしくは家族に送られるかもしれないね」

 イヴは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「商人さん、お礼の話なのだけれど、その箱をもらってもいいかしら」

 イヴが指さしたのは色とりどりの宝石で飾られた、金色の小さな宝石箱だった。

「かまわないよ」

 突然の話題変換に疑問を抱きつつも、商人は寛容に頷く。

「そしてその箱をこの人達のご家族に届けて欲しいの」

 指さされた先には3人の盗賊がいた。

 泣いていた盗賊が思わずといったように顔を上げる。

「……私は構わないが、そうすることに何か意味があるとは思えないね」

 商人は渋い顔をして告げた。

 イヴはそれに笑って頷いて見せる。

「そうね、ないかもしれないわ。でもあるかもしれないじゃない。それを少し、信じてみたいわ」

「ここから先の沼地に村がある!」

 泣いていた盗賊の男が声を上げた。

「少しでいい! それがあればかかぁと子どもが生活できる!! 頼む!」

 盗賊はそのままうなだれるように頭を下げた。

 残りの二人も、少し考えた後に男に続くように頭を下げる。

「……ならこの箱ではなく、宝石を3粒にしよう。3人のご家族に1つの品物では、逆に争いを生みかねないからね」

 それを見てか、商人は了承の返事を口にした。

「いいの?」

「かまわないさ。しかし結果を見届けることはきっとできないだろう」

「かまわないわ」

 イヴは無意味な行為だと思っているにも関わらず、そんな自分の感情に関係なくイヴを気づかい、よりよい提案を示してくれた商人に心の底から感謝をした。

「ありがとう、商人さん」

「いいや、お嬢さん。これはただの正当な取引さ。」

 礼には及ばないさ、と商人は小粋なウィンクをしたつもりだったようだが、それは実際は右目はぎゅっと強く閉じ、左目もつられて半分閉じてしまうようなとても下手くそなものだった。

 しかし、とても決まっていて格好いいものにイヴには思えた。

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