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15.獣人、ジル②

 そこには盗賊達を見下ろす灰色の狼がいた。

 ぎらりと紫色の瞳が興奮したように日の光に反射する。

 声を上げる暇さえなかった。

 馬車の荷台の屋根に気配もなく座していた“それ”は、盗賊が自らに気づいたと知るやいなや飛び降りざまに盗賊の顔面を蹴り砕いた。

 男の鈍い悲鳴が響く。その音に反応して他の盗賊が動き出す。一人は立ち向かおうとし、もう一人は人質を取りに走った。

 それを許さずジルは疾走すると、あっという間に人質に向かおうとした盗賊に追いつき、腰から素早く抜いた剣でその背中を切りつける。それは過度な装飾はないものの、持ち手と鞘に繊細な意匠がこらされた、質の良い鋭い長剣だった。

「……てめぇっ!!」

 その背後から仲間の敵討ちのために盗賊が切りつけた剣は、しかし容易く返す刃でジルに受け止められた。

 そのまま間抜けな音を立てて盗賊の剣が弾かれ草むらに飛んでいく。

「……なっ!?」

 盗賊は慌てて腰に差した短剣を取りだそうとするが間に合わない。

 眼前の狼の顔から牙が覗き、獲物を前にしたように獰猛に笑んだ姿を最後に盗賊の意識は刈り取られた。

「……すごいっ」

 あっさりと伸されて捕縛されてしまった盗賊3人とジルとを見比べて、リオンは感嘆の声を上げた。

 やはり可愛らしい容姿はしているが、男の子らしく強い者や格好いいことに憧れるらしい。

「そうねぇ、すごいわねぇ」

 うんうん、とイヴも同意を示して頷く。

「ああ……っ、ありがとうございました、ありがとうございました!」

 助けてもらった商人は平身低頭でジルに頭を下げている。

 その感謝の言葉と賞賛の嵐に決まり悪そうに頭を掻くと、「別にたいしたことじゃねぇ」とジルはそっぽを向いた。

「いいえ、本当に助かりました! あなた様がいらっしゃらなかったら、我々は一体今頃どうなっていたことか!」

「だーー! もういいから! とっとと次の街にでもどこにでも行っちまえよ、おまえら!!」

 そう言うジルの頬は真っ赤に染まっている。

 ジルは褒められることに慣れていない狼なのである。

 イヴはそれを微笑ましく眺めていたが、商人は「そういうわけには参りません」ときっぱりとその照れ隠しを切って捨てた。

「このままでは我々の気が済みません。ぜひとも何かお礼をさせていただきたい」

 一歩も引く気のなさそうな商人の態度にぐっと言葉と態度に詰まる。

 ジル、狼の獣人、29歳。

 つくづく押しに弱い男である。

「礼っつったってなぁ……」

「夕食には少し早めになりますが、お食事などご一緒にいかがですか? この先にある街にとても素敵なレストランがありまして……」

 その言葉にイヴはほんの少しだが、心が曇るのを感じる。

 だいたいの宿屋では食事代は別料金のため、節約もかねて食事はイヴが作ることにしていた。

 ジルにはここまでとても世話になっているし、今も活躍をしたので夜はジルの好物ばかりを作る気でいたのだ。

 しかしジルにしてみればいくら好物といえど、素人の作る物よりもプロの作る美味しい料理の方が良いだろう。

 仕方がないと内心でそこまで考え、「あら、いいじゃない、おじさん。ご馳走になりましょうよ」と言おうとしたところで、

「いや昼飯はもう食ったし、晩飯はオムライスなんだ」

 ――と、ジルが先にその提案を断ってしまった。

 少しの間だけ、ぽかんとしてしまう。オムライスはジルの好物だ。そしてイヴが作ろうとしていたのもオムライスだ。

「だからいらねぇ」

 はっきりと言い切るその言い方に、おまえの考えなどお見通しだと言われているような、期待していると言われているような、そんな心持ちになった。

 胸がむずむずする。

 なんだかとっても落ち着かない。

「オムライスって、なに?」

 リオンが袖を引いて尋ねるのに「世界で一番美味しい食べ物よ」とイヴは笑って答えた。

 そのやりとりに商人も何かを察したのか「いやはや、申し訳ない」と頭を掻くと、「では、この荷馬車から好きな品物を持って行ってください」と新たな提案を持ちかけた。

「それぞれ一つずつ、お好みの物をお持ちください」

「あら、わたし達もいいの?」

「ええ、ええ、ぜひ! 実質、助けてくださったのはジル様ですが、ジル様のご身内である貴方がたも大切な命の恩人ですから!!」

 それに……、と商人はそっとイヴの耳元で囁く。

「どうやら私は、礼という名目でとんでもないお邪魔をしてしまう所だったようなので、そのお詫びもかねて」

 まぁ、とイヴは頬を染める。それがイヴ達を遠慮させないようにという配慮の言葉なのは明白だったが、言われて悪い気もしなかった。

「わかるかしら、実はわたし達はそういう仲なの!」

「どーいう仲だ。エサをやる住人と近所の野良猫か?」

 聞き捨てならなかったのか、ジルが会話に割り込んでくる。

「まぁ、おじさん! おじさんは猫っていうより犬じゃないかしら?」

「野良猫はてめぇのことだよ!」

「あら、わたし、おじさんにエサをたかった事なんてあったかしら? エサを持っていってあげた覚えはたくさんあるのだけれど……」

「……ぐっ」

「ちなみに今回のこの旅行もすべてわたし持ちだし! わたしったら一家の大黒柱!!」

 うぐぐ、と言い返せずにしばし唸ると「いいからとっとと品物を選べ」とジルは言い捨てて逃げた。

 ちなみにそのやりとりを商人とその御者はにこにこ笑って見守っている。

 にこにこにこにこにこ。

 どうやらその視線にもジルはやりきれないらしい。

 気にしなければいいのにとイヴなどは思うが、ジルは意外に気にしぃだから、それもなかなか難しいのだろう。それ以上はからかうのはやめてリオンに「好きな物を選びましょ」と荷台に行くように促した。

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