13.街道にて
「お腹がすいたわ」
イヴのその鶴の一声で一行は路肩に馬車を止め、少し遅めの昼食をとることにした。
「自信作よ!」
そう言ってイヴが取り出したのはサンドイッチだった。
「いいからさっさと寄こせ。腹減ってんだろ」
誇らしげに見せびらかすイヴにジルがヤジを飛ばす。
サンドイッチの具材は2種類あった。一つは少し固めのパンを薄くスライスし、胡椒をきかせたハムとレタスとトマトが挟み込まれたものだ。白いタルタルソースは具材が大きいためか馴染むことなく主張していた。もう一つは卵とマヨネーズを和えたシンプルなものだが、隠し味に醤油とバターが混ぜ込んである。
「そんなことを言う人には選ばせてあげないわ」
イヴはサンドイッチの中から一番端っこのパンの耳が分厚い部分だけをわざとジルに寄せると真ん中の綺麗な部分をリオンに「はい、どうぞ」と渡した。
「……別にパンの耳好きだから良いけどよ」
「ぼくもパンの堅いとこ好き」
「……。ここは少数派の集いだったのかしら」
全くもってイヴには理解しかねる嗜好だ。
「今この場ではおまえの方が少数派だ」
そう言って早速かぶりつこうとするジルをひとまず止めると、仕方がないので二人にはそれぞれ半数ずつ端っこになるようにイヴは並べ替えた。
もちろんイヴの取り分は真ん中の柔らかい所だけだ。
ついでにリオンのことをだっこして、膝に乗せてよいしょっと腰を下ろす。
「今日も女神様の恵みに感謝を」
それをみてリオンも真似をして手を組んだが、ジルはかまわずサンドイッチをわしりと掴むと口の中に放り込んだ。
「女神様にお祈りしなくてもいいの?」
それをみてリオンは問いかける。ジルはふんと鼻を鳴らし、じろりとリオンを横目で睨んだ。
「いいか、くそガキ。俺は女神なんか当てにしてねぇし、好きでもねぇ。よって祈りも捧げねぇ」
「祈りは人に強要するようなものではないわ。感謝したいという自主性によって自然と行う行動だもの」
だからリオンも好きにするといいわ。
その言葉にリオンは目を瞬いた。
「そんなこと、初めて聞いた」
「あら、いいわね。初めてのことに出会うのはいつだって素敵なことだわ。これからもっとたくさんの初めてと出会うから、楽しみにしてね」
イヴはそんなリオンの様子に微笑まし気に目を細めた。
ジルは構わずサンドイッチをぱくついている。
周囲にはぽかぽかと暖かい春の日差しが降り注いでいた。
非常にのどかで牧歌的だ。――しかし、それをぶち破る騒音がある。
どどどどどどっ、と地響きのようなその音に、最初イヴは地震でも起きたのかと思った。
慌ててリオンをぎゅっと抱きしめると体を丸めて抱え込む。
その背後をものすごい勢いで突風と騒音が通り過ぎていった。
「なに、あれ」
思わずぽかんと口を開けてしまう。
「盗賊だな。その前方にいるのは襲われてる商団だ」
もすもすとサンドイッチを食みながらジルは暢気に物見遊山だ。
「大変じゃない! 助けないと!」
「ほっとけよ、せっかく素通りしてくれたんだ。まぁ、こんなぼろ馬車狙う盗賊なんぞよっぽどわびしい奴らだけだけどな」
自分達の乗ってきた馬車を視線で示しながら、ジルはかけらも興味を示さない。
「駄目よ! おじさん! そんな暢気にしている間に殺されちゃったらどうするの!」
「殺されやしねぇよ、おとなしく出すもん出したらな」
「出さなかったら?」
「殺されるな」
イヴは頬を膨らませる。
「もう、おじさんにはご飯を作ってあげないわ」
「はぁっ!?」
その言葉にジルは目をむく。
ジルの食生活はこれまでイヴに支えられてきたといっても過言ではない。小器用なジルの唯一といってもかまわない弱点は料理ができないことであった。
「どう? おじさん、行く気になってくれた?」
ちっ、と舌打ちを一つすると、ジルは腰に佩いた剣を手で叩いて確認した。
そのまま不機嫌そうにのっそりと立ち上がり、しぶしぶ前方の襲われている馬車の方へと移動を開始する。
その様子を見てリオンは不安げにイヴの洋服を掴んだ。
「……大丈夫なの? おじさんは『いたいたしくてあんまり優秀じゃない元盗賊』なのに」
「大丈夫よぉ」
にっこりと自信満々にイヴは笑って見せた。
「おじさんはああ見えて、とっても強い狼さんなのよ」





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