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01 - 座敷童の場合

「キミ、仕事は初めて?」


 赤茶けた合皮のソファーへふんぞり返るように身体を預けたビール腹の中年男は、剃り残った顎のチョビ髭を親指で擦りながら、パイプ椅子へ遠慮がちに腰かけた目の前の青年に、品定めをするような目線を送った。


「言っちゃぁアレだけど……卒業してナニしてたの? 学校も聞いたことない名前だけど、この辺じゃないよねぇ」


 と、スラックスに突っ込んでいた両手を頭の上に組み直して軽く伸びをすると、履歴書に書かれた情報を元にそう続ける。


「えーえ~と、家で、その……猫を撫でたり、本を読んだり……が、学校は田舎の方で……その、転々としておりまして」


 緊張からか委縮した青年は、しどろもどろに口を開いた。


「んー、流行りの自宅警備員ってヤツ? あ、古いか。今はニートって言うんだっけか?? いや、それももう死語かぁ?」


 などと、本筋から逸れて一人問答に入った中年は、テーブルの上ですっかりぬるまってしまった緑茶を一気に飲み干すと、大きなゲップをかまして落ち着きをみせる。


「は、はぁ」


 青年は、どう返して良いものかもわからないまま力なく惰性で発声した。


「まあ……じゃあウチを志望したキッカケは、何? 不動産屋ってこう見えて結構な客商売だけど、務まるかなぁ」


 やり取りの中でコミュニケーション能力の低さを感じ取ったのだろう、中年男は露骨にいぶかしむ。


「あ、それなら大丈夫です、たぶん。おふどうさんには昔よく遊んでもらってたんで」


 その過去が青年にとっての切り札なのだろうか。一変、彼は自信ややありげに胸を張った。


「不動産で遊ぶ、だぁ? バブル期でもあるめーし。おたく、テキトーなこと言ってるんじゃないよねぇ?」


 相手の態度には目もくれず、歪みきった顔面をさらに崩して前のめりに疑いの眼差しを向けた。


「や、そんなことは、、、ない、です……」


 そして、再び縮こまってしまった。


「……まあいいや、他に面接へ来るヤツもいねーし、どーしてもあと1人だけ枠が足んねーから、アレだな。いっちょやってみっか?」


 さすがに意地悪が過ぎたとでも思ったのだろうか、中年男はかおと身体を定位置に戻すと、止む無しな理由を赤裸々に語って前向きな回答を投げかける。


「ほ、ホントですか!?」


 半ば諦めていた青年の目が爛々と輝きを放った。と、次の瞬間――


「失礼します、社長。少々よろしいでしょうか?」


 右後方からそそくさとやってきた従業員(便宜上“A”とする)が、腰を深々と曲げて社長に耳打ちをした。


「あ゛、取り込み中だ! 見りゃわかんだろ!?」


 中年男もとい社長はなりふり構わず、睨みを利かせて恫喝含みで返事をする。


「それが……その、お嬢さんからお電話で」


 委縮したAは、申し訳なさそうに子機を差し出して身を引いた。


「おいおいおいおい! そーいうことは早く言えよ! ったく……にいさん、ちょっとごめんねぇ」


 自身の顔面にチョップの手、柄にもなくペコリを頭を下げる社長。


「あ~もしもし、どうした、華子。――なに!?! 本当か! でかした!! おおお、おぉおお、もちろんだ。盛大に前祝やるぞ! 克夫くんにもよろしく伝えてくれ!」


 と、満面の笑みを披露する。ここまで喜怒哀楽がハッキリした人物も珍しい。


「いや~、はっはっは、面接中にすまなかったね」


 すっかり上機嫌になった社長は、青年の肩をバシバシと叩く。どんどん叩く。まるで、幸せの余剰分を吐き出すかのように。


「社長、あの~」


 さらに、別の従業員(便宜上“B”とする)が左後方から姿を現した。


「まだナニかあんのか!?」


 社長は再び強面に早変わりし、叩いていた手腕をグンと突き出して青年の肩を押し込みグラつかせると苛立ちを露わに腕組をする。


「……実は、例の頭を悩ませていた物件に借り手が付きまして」


 恐々と報告を済ましたBは、サッと後方へ退いてAの横に並んだ。


「んだと!?! あの事故物件か!?」


「そうです! その事故物件です!!」


 背筋をシュッと伸ばして復唱からの敬礼が加わる。その様は、もはや会社の雰囲気ではない。


「まさかオメェ、不幸があったこと隠して契約こぎつけたんじゃねぇだろうな!? ご法度だぞ!」 


「いえ、ちゃんと『柱に藁人形を無数に打ち付けて首吊って死んでました』って」


「おいバカ! そこまで説明しなくてもいいんだよ!」


 青年を挟むかたちで威圧的な言葉のキャッチボールは続けられた。


「しかし、借り手が付いたかぁ、こりゃ奇跡だな」


「先方、『超イカしてんじゃん』って、ノリノリでしたよ」


 鼻高々と一歩進み出たBだったが、後方で恨めしそうにしているAの存在に気づいてすぐに横並びに戻った。


「たしかに五寸釘でたくさん逝かしちゃってんだろーけど、大丈夫か、そいつ??」


 そう言った社長は、頬の横で斜め十字を描いて眉をピクピク。客がややこしい人物だった場合、入居者間でトラブルを起こされることはままある話だ。


「ミーハーっぽい若いねーちゃんでしたので、心配ないでしょう。あと、親の仕送りですかね? 金回りはだいぶ良いみたいで。チップなんかくれちゃったり……へっへっへ」


 胸ポケットから折りたたまれたお札をチラチラと見せて、昭和よろしく金のハンドサイン。


「チョベリグーってか? OKOK、ボッシュートォ♪」


 満足げに立ち上がってBのもとへと歩み寄った社長は、二本指でもって素早く胸ポケットのチップを絡めとる。てっきり褒められると思って喜ぶ準備をしていたBの表情が無に変わった。


「社長」


 次いで、ガララッと引き窓が開いて別の従業員(便宜上“C”とする)が顔を覗かせた。


「ったく、次から次へと、これ以上ナンかあんのか!?」


「それが、前に社長がヘッドハンティングしたがってたライバル店の彼、良い返事をくれそうなんですよ」


 忍者顔負けにシャッと飛び入ったCは、起立しているAとBの間に身を滑り込ませた。


「そうか! 落ちたか!! よくやったぞ! 採用、即採用! 明日からすぐに来てもらえ! 絶対だそ!!」


 ガッツポーズの社長をよそに、Cは流し見るように首を振って、左右のライバルにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「あと、ほら、このあいだ社長が『欲ーしーい~!!』とおっしゃってましたビンテージの集金鞄。アレが商店街の質屋に流れてきたって噂を小耳にはさみまして」


 物真似を終えたCは、大きな耳をヒクヒクさせる。


「おいおいおいおい! マジかマジか真剣か!! かかえてぇー! 小脇に抱えてぇー!!」


 もはや、はち切れ飛んで行ってしまいそうなテンションの社長に拍手喝采の従業員。作り笑顔の絶えない職場である。蚊帳の外だった青年も、内定をもらったよ転びに打ちひしがれていた。


「あ~、宍澤ししざわさんだっけ? とりあえず今日のところは以上ってことで、また合否の結果は郵便で送らせてもらいますんで、ね」


「へ? あれ? 採用じゃ?? えー……」


「じゃ、そういうことで」


 ピシャリッ


 あれよ×2という間に、青年は事務所からほっぽり出されると、問答無用とばかりに扉を閉められた。


*


 夕暮れ時の公園にひとり、青年がブランコに身を委ね下を向いている。小さく揺れる視線の先には封の破られた茶封筒と一枚の白い紙。


「やっぱりダメだったかぁ……」


 “不採用”を意味する常套句が書かれた書面を手に深いため息をついている。たぶん、話の途中で出てきたヘッドハンティングの人物を起用したことが理由だろう。


「また、履歴書を用意しないと」


 ズボンのポケットをまさぐり、所持金をジャラジャラと取り出すと小銭ばかりの硬貨に深いため息をついた。


「あらあら、きらくん? こんにちは」


 反射的に声のする方へ振り向くと、そこには容姿端麗なワンピースの女がひとり、肩から年寄臭いデザインの買い物鞄をぶら下げて微笑んでいる。そして、背景には商店街の出入り口を飾る質素なアーチ。買い物帰りだろうことがみてとれた。


「あ、美沙子みさこさん。いつもお世話になってます」


 青年は深々と頭を下げて挨拶する。


「そんな、かしこまらなくてもいいのよ」


 と、言われているにも関わらず青年はそのままの姿勢を維持していてた。


「あの……す、すみませんが、家賃の方、また来月まで待ってもらえますでしょうか?」


 と、いうのが姿勢を維持せざるを得ない理由らしい。


「――残念だったわね。お金のことは気にしないでいいのよ。だから、お顔を上げて下さい」


 全てを悟ったかのような口ぶりで慰めの言葉を投げかける女。導かれるままに顔を上げると、そこにはいつも変わらないやさしい笑顔があった。


「あなたは長屋ウチに居てくれるだけでいいんだから、ね」


 そう続けると、くるり回って踵を返しバイバイと手を振って点滅する青信号の方へ小走りに去っていった。


「来月にはちゃんと払いますので! 絶対!」


 全力で呼びかける青年。


「無理はしちゃダメよ」


 と、女はか弱くもはっきりとした声で返答する。


「はい。ありがとうございます」


 宍澤ししざわきらは、再び頭を深く下げて美沙子の背を見送った。



 後日――



 青年は、ふとしたきっかけで件の不動産屋の前を横切った。すると、平日の昼間だというのにシャッターが閉じられていることに気が付く。そして、A4縦サイズの張り紙で“休業”を告げるメッセージを目の当たりにした。


*


 これは、かつて日本各地を跳梁跋扈していた支配者たちの、現在いまの物語。


 時の流れとともに人々の記憶から忘れ去られ、やがて余韻を残したまま人間へと姿を変えていった妖怪たちの小話である。


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