第1話 夏のはじまり
蝉の声が絶えない。夏真っ盛りの8月某日、彼らは冷房の効いた部屋でだらだらと過ごしていた。
「ねぇ、ばなな食べたい~。」
「はぁ?勝手に食べればいいじゃん。」
岡本唯と白川結城は幼馴染。学校が休みになる8月はお互いの家で遊んですごすのが通例である。彼らはまだ知る由もなかった。この夏が、今まででいちばん冷える夏になることを。そして己が混乱の渦中に飲み込まれるということを。
『夏は暑い。これは分かり切っていることである。そう、分かり切ったことなのだ。しかし、暑い。それもそのはず、今年の夏はけた違いに暑い。というか毎年更新している。35度を超えると猛暑と言うらしい。ここで観測された気温を見返してみる。35度、37度、39度、36度。毎日が猛暑だ。いったいこれは何なのか。私は問いたい。数年前の夏、こんな暑かっただろうか。もっと可愛げのある暑さであっただろうよ。いったいどうしてこんなことになってしまったのか。これを地球に生きるすべての人類に考えていただきたい疑問である。』
ここで筆をおく。夏のレポートを半分ほど書き進めた唯は、ふと結城の方を見る。同じ学校に通い、同じクラスで同じ課題を出された彼がどれほど書き進めたのか気になったのだ。結城は筆を片手にぼーっと壁を見つめている。
「おぉ~い、まだ書いてないのかぁ~い?私なんてこぉんなに書けだぞぉ~!」
とりあえず煽ってみる。結城を煽るのは唯の楽しみであり生きがいなのだ。そしてそっと様子をうかがう。普段ならぷりぷりして風船になるか、軽く受け流して知らん顔なのだが、今日は少し変だ。
(言い返してこない。アイス食わせたろ。)
壁を眺めつづけている結城の口をがばっと開け、そこにアイスバーを突っ込んだ。しかし、彼は動かなかった。アイスバーを咥えたまま、動じない。唯は首をかしげる。
(結城、なにか変。)
だが、残念なことに唯はめげなかった。次に鼻のあなにティッシュを詰め込んでみた。それでも彼は動じないので、アイマスクをつけてみた。その後も耳に綿棒を突っ込んでみたり、首に凍らせたタオルを巻きつけてみたり、尻の穴に割りばしを突っ込んでみたりしたのだが、彼は一切動じなかった。
これが夏の物語のはじまりである。