3話
あたしは馬車に乗りながら、景色を眺めた。
一緒に来てくれたカリアはうとうとし出している。それを微笑ましく思いつつも、目線をまた窓に移す。ガラガラとしばらくは馬車が走る音と自分やカリアの息遣いだけが聞こえた。
出立してから、早くも2日が過ぎた。やっと、旅程の7割方は来たか。まだ、後丸1日は掛かる。それくらいには男爵領は遠かった。カリアが気を利かせて、馬車の中に携帯食を持って来てくれる。乾パンや固めに焼いたクッキー、ドライフルーツが主にだが。水も一緒に付けてくれた。受け取って食べる。
「……オーリエ様、もう後1日程したら男爵領に着きますね」
「そうね」
「本当に、伯爵家から出て良かったのでしょうか?」
あたしはカリアに言われて、押し黙った。いつかは言われるのではと思っていたが。まさか、今のこのタイミングでと固まる。
「あたしはあの家には、もう戻りたくないの。カリアだって分かっているでしょう」
「それはそうですね、失言でした。お許しくださいませ」
「……別にいいわ、気にしていないから」
あたしが言うと、カリアは馬車から降りた。さすがに気まずくなったようだ。特に、咎めはしない。丁度よいと自身でも思っていたから。1人で黙々と乾パンなどを食べた。
夕方になり、あたしはカリアと2人で馬車の中にて休む。毛布を掛けて座席に横になる。ほうと息をつく。夕食はもう済ませてある。カリアは疲れているのか、既に寝息を立てていた。
(カリアについに言われたわね)
いつかは誰かにとは思っていた。まさか、信頼していたカリアに言われるとは。ちょっと、落胆しているのが自身でも分かる。寝返りを打ったのだった。
朝方になり、近くの泉にて歯を磨いたりして身支度をする。髪をカリアに簡単に纏めてもらい、ついでにワンピースも着替えた。まあ、体は簡単に泉の水で拭く程度にとどめてはいるが。今日の夕方には実家のレマーニ男爵邸に到着するはずだ。何事もなく済むのを願う。あたしは空を見上げた。
馬車に揺られて、半日近くが経った。やっと、男爵邸が見えてきた。あたしは懐かしくて涙ぐんでいた。
「男爵邸が見えてきましたね」
「ええ」
カリアが言ったので頷く。あたしが実家に帰るのは、約4年ぶりだ。嬉しいやらで複雑な感情がこみ上げてくる。兄様達は元気だろうか。両親も。そう思いながら、窓の景色を眺めていた。
邸の門前に着いた。既に、知らせがいっていたのか、家令のギレンと父様や兄様の3人が待ち構えている。
「よく帰ってきたな、オーリエ」
「はい、只今帰りました。父様、兄様。それにギレン」
「ああ、4年ぶりじゃないか?」
まず最初に、父様が声を掛けてきた。あたしが答えると兄様が笑いながら言った。
「そうですね、ロビンソン伯爵家に嫁いでから。ずっと、帰っていませんでしたね」
「本当だ、伯爵は。何をなさってたんだ」
「外では言いにくい事柄です、兄様。中で話しましょう」
あたしが言うと、兄様はしまったと言う表情で口を閉ざす。父様やギレンも頷く。
「確かに、お嬢様のおっしゃる通りです。応接間に行きましょう。旦那様、若様」
「ああ、そうだな。ギレン、3人分のお茶を頼むぞ」
「かしこまりました、では。一旦、失礼致します」
ギレンが先に邸に入っていった。あたしはそれを見送りながら、暮れゆく空をなんとはなしに眺める。
「オーリエ、早く入ろう。冷えてしまう」
「分かりました」
頷くと、父様や兄様に促されて邸に入った。
応接間に行き、ギレンが淹れた熱い紅茶を飲んだ。横にはお茶菓子として素朴なナッツクッキーが添えてある。これは母様の手作りだとすぐに分かった。昔はよく、一緒に作ったものだ。やはり、懐かしくなる。
「それで、オーリエ。こちらに単身で帰って来たのは何故だ。理由を訊かせてくれ」
「……あたし、ロビンソン伯爵様とは離縁したくて。それをお願いしたくて帰って来ました」
「なっ、離縁だって?!」
「はい、伯爵様とはあたしは今まで白い結婚でした。子が生まれずに早くも4年が経っています。これを理由に離縁ができるはずですけど」
「確かに、法でも決まってはいるが」
父様はそう言いながら、眉間を指で揉んだ。兄様も驚きのあまり、固まっている。
「……分かった、ロビンソン伯爵がお前を疎かに扱っているのは噂には聞いていたから。オーリエ、気が済むまでこちらにいたら良い」
「ありがとうございます、父様」
「が、しばらくは新しい縁談が来るまで部屋で大人しくしていてほしい。また、沙汰があったら知らせる」
あたしはまた、頷いた。その後も父様や兄様と話し合った。
夜の8の刻を過ぎ、あたしは久しぶりに自室に向かう。カリアも一緒だ。自室に入ったら、軽く湯浴みを済ませる。夕食も簡単に済ませて寝室に入った。ネグリジェを着て、ベッドに入る。疲れていたからか、深い眠りについた。