遠距離武器信仰
「ラポロさん…?」
沈黙していた時間が長かったため、ペリドットはミスティラポロに声をかけた。
「ん。ごめん。ちょっと考え事。とりあえず、リディちゃんは俺が目標を追い込んでくるまで、あの建物の屋根の上で待機してて。あ、でも、変な奴がでてきたら、速攻で俺んとこに来ること」
「承知いたしました」
「タイミングは…」
「大丈夫です。作戦は頭に入っているので」
「…。まぁ、リディちゃんなら、臨機応変にできるって信じてるから」
「はい!」
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ヘリオドールとジャスパーは先行して『ヘリオドール・オリジナル』と対峙すると、すぐに結界を張るのではなく、目標地点まで追い込むことを優先した。
「遠距離武器と遠距離武器…。わかってはいたけど、なかなか相手が思った方角へ向かってはくれないね」
傘を十本展開しつつも、周囲の建物を崩すような光線は放つことはなく、その傘本体で追い込んでいく。ヘリオドールのウェービーで暗めの金髪の前髪がゆらゆらと揺れる。それと同じように赤い発光体である『ヘリオドール・オリジナル』の前髪も揺れている。
瓜二つのようでありながら、構成する色味はまったく違う。
「致し方ありませんな」
ジャスパーはサブマシンタイプの魔銃を取り出すと、『ヘリオドール・オリジナル』の傘による攻撃を避けながら威嚇射撃を行う。
狼モチーフの仮面の向こう側で、レッドジャスパーのようなオレンジ色の瞳に、濃紺の蜻蛉の標本を張り付けたような瞳孔がギラギラとしていた。
ッタァーン!!ッタァーン!!
反対方向から的確な『ヘリオドール・オリジナル』の頭部への狙撃が行われ、宙に浮いているその体が大きく傾いた。
狙撃手であるジェットは魔銃剣を握りなおすと、接近戦に切り替えてそこへ斬りかかった。
「ジェットの得物は使い勝手がいいからなぁ…」
「遠距離武器信仰。得物の個性の設定は父上の趣味ですからな」
「そのごり押しの穴は、なんとか埋めたいものなんだが。ただ、カルの得物も規模さえ考えなければ、近距離武器と言えば近距離武器、遠距離武器と言えば遠距離武器というのが…」
「しかも、大きさのせいで、街の中では絶対に使えませんしな」
「…」
「…」
二体の位置からは、ジェットの後方をパタパタと走って追いかけているカルセドニーの姿が見える。
父親であるシャヘルから、初めてカルセドニーの得物について聞かされたときの全兄弟姉妹の感想は『馬鹿の考えたデコレーションケーキみたいだな』というものだった。
「「召喚型砲撃特化超変形装甲車…」」
召喚型砲撃特化超変形装甲車は、カルセドニーの指示で動く、大砲を搭載した装甲車なのだが、二足歩行で顔立ちの良い機械人形へ変形する。
もう一度述べよう。
二足歩行で顔立ちの良い機械人形へ変形する。
そんなわけで、兄弟姉妹たちの得物の中では、火力も大きさも最大規模であり、絶対に街の中では使えない。また、『楽園シリーズ』の中でもカルセドニーそのものの能力値はさほど高いわけでもない。
フリデリケはカルセドニーの複製鍵によって、装甲車を使用することもできるのだろうが、おそらくこの国の街の外における移動手段としてしか使用しないだろう。
「おーい!お前ら、何黄昏ちゃってるわけ?」
つい、カルセドニーの得物について思いを馳せてしまっていた二体のもとへ、ミスティラポロが合流してきた。
「「いや、なんでもない」」
そうして声が揃ってしまったのは、それもまた仕方のないことなのかもしれなかった。
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照りつける太陽の下、広く開けた大通りの路面が白く浮き上がって見えていた。
ペリドットはミスティラポロから託された作戦の、その一瞬のために、大通りを構成している建物の屋根の上から『ヘリオドール・オリジナル』が追い込まれてくる方向に視線をやり、日傘を差して待機する。
「あと少し、かな…」
戦闘音が辺りに響き渡る。
騎士団が封鎖した大通りの端と端では、何が起きているのかわかっていない人々が野次馬していた。
ミスティラポロとヘリオドールが展開した大量の傘のすべての露先から、光線が放たれている。ヘリオドールの闘気の装甲を模した姿で浮かぶように移動する『ヘリオドール・オリジナル』は、その光線を雨のように浴びながらも、同じように不完全な傘を使用して反撃する。
ペリドットは劣勢になっていく『ヘリオドール・オリジナル』の姿を眺めていた。
『オリジナルの宿命。『楽園シリーズ』のためにそこで終わる存在』
「?…何か、聞こえた…?」
けれども、辺りは戦闘音以外には何も聞こえない。
『ヘリオドール・オリジナル』の姿は、すぐそこにまで迫ってきた。
「まぁ、いいや。【結界展開】…!!楽曲、【MISS TAKE~僕はミス・テイク~】」
ペリドットは気にせずにミスティラポロが『ヘリオドール・オリジナル』を封じることが出来るように歌を歌い始めた。不安定で短時間しか持たないのであれば、その一瞬に最大限の力をぶつけることが最善だ。
展開された結界と結界がぶつかり合い、刹那、ミスティラポロから持たされていた日傘が、攻撃の爆風に巻き込まれて空を舞う。
ペリドットはその爆風を軽々と避ける。
次の瞬間には、勝負は決していた。『ヘリオドール・オリジナル』の体が崩れていき、赤く発光する大きな不定形の物体と化した。
「【結界格納】」
重なり合った結界と結界に、『ヘリオドール・オリジナル』の体を構成していた『赤夜光』が分裂し、引き裂かれていく。
「最期はヘリオ兄さまに似た姿でなくて、よかった…」
兄と似た姿を持つ『死体』のままであったのなら、きっと夢見は悪くなったはずだ。
ペリドットは大通りへ飛び降りると、その先でミスティラポロがニッと笑っていた。