『自称・フラメルによる死者蘇生』
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「まさか、ラポロさんがこれまでのキューブの術式を画像転写していたなんて、気づきませんでした…とっ!」
そう言いながら、ペリドットは向かい側からやってきた親子連れを避けるために壁を駆けあがり、また道へと降りた。それでも走る足は止まらない。
「っぅわ?!…一部だけだって。“触らしてもらった”キューブのだけだし。それも、周りにわかんないように転写する必要があったから、全部の面は無理だったし」
ミスティラポロは馬車が走っている道へはみ出かけたため、親子連れの上をさっと跳び上がり、そのまま何もないところへ着地し、また走る。
「国の機関でも解析にまだ時間がかかっているシロモノですよ?なんで貴方に解析出来ちゃってるんでしょうね!」
「それは趣味だから、としか言えねーんだわ(あとは、その国の機関とやらの予算を削減しちゃってる上層部がだいたいの原因だったりすんじゃないのかねぇ。口には出して言わんけど)」
「専門家が聞いたら泣きますよ?!その結果って、上層部には報告しないつもりなんですか?」
「別に報告してやってもいいけどー。そうなると、お前の父親がやっかいなんだよ」
「…お父さまが?」
「あの人、プシュケ・クオレの遺した術式を完全には理解してねーんだろ?解析してみた感じ、理解できるわけもないか、とは思うんだけど」
「?それって、どういうことですか?」
「『赤夜光』のキューブに浮かぶ術式は、プシュケ・クオレの残した術式に酷似している。んで、プシュケ・クオレの遺した術式は、おそらく『自称・フラメルによる死者蘇生』の術式の応用だ」
「自称・フラメルの…死者蘇生…?!ってなんですか?それ」
何かに思い至ったかのような勢いから急に小首を傾げたペリドットに、ミスティラポロはずっこけそうになるのをこらえ、前を見て走りながら頭をかいた。
「あー…自称・フラメルっていうのは、すっげぇ昔に、この世界に異世界転移してきたとされている天才魔術師だな。なんで『自称』なんて呼称がついてんのかはわかんねーけど」
「まるで、他称のフラメルさんがいるって感じですもんね」
「とにかく、そいつはこの世界で、ゴーレムに死んだ人間の情報を組み込むことで甦らせる方法を考案した」
「ゴーレム…」
「もっとも、ゴーレムなんてもんはご存じの通り知能なんて皆無だ。おまけに考案した本人が結果的にその方法に飽きて、それ以上の研究をやめちまったんだな」
ちなみに、ニマエヴの世界の共通認識として、ゴーレムに関する魔法技術はとても初歩的なものだ。幼少期には小型のものが遊び道具として用いられることもある。
「へぇ。それで、その術式をプシュケ・クオレが使用していると…。あれ??なんで、国の上層部はそのことに思い至らないのでしょう???放棄された研究とはいえ、天才魔術師が行い遺したものを、他国のものとはいえ、専門機関が見逃がすのはおかしいですよね?」
ペリドットがちらっとミスティラポロへ視線を向けるが、いっこうにそれを合わす気配がない。何かをはぐらかしているような雰囲気である。
「『自称・フラメル』に関する文献は、黎明の大陸にあるキオヤハ大聖国の独占だ。よっぽどの魔術馬鹿でなけりゃ、廃れた研究になんて見向きもしないだろうさ。おまけに、あの国は記録に特化した新しい魔鉱石を発見したことで、当時の大聖国議会が古い文献を取捨選択して大規模な焚書を行うことを決定した。そんときに色々あって、自称・フラメルのゴーレムの研究を記した文献も焼失してる」
ペリドットの疑問に対するミスティラポロの説明は明らかに矛盾していた。
「…?じゃあ、どうしてラポロさんはその内容をご存じなんでしょう…???」
「…結局そこに戻っちまうか…」
「気になりますよ」
ペリドットは彼のはぐらかしを阻止しにかかる。
「あー…。昔、師匠の仕事を手伝う過程で、ジェリコと一緒にキオヤハ大聖国の焼却待ちの文献だけを集めた書物庫に忍び込んだんだ」
走り続けていることも理由だろうが、ミスティラポロはまだペリドットと視線を合わせようとしない。
「…まさか、泥棒を…?」
ペリドットが彼の態度から真っ先に思い浮かんだ可能性を口にした。
「違う違う。師匠が仕事を終えて逃げるまでの時間を稼ぐために、その書物庫に火をかけるのが俺たちの役目だったんだよ。焼却するってことは持ち主からしてみれば、書物庫ごとゴミみてーなもんだし」
「火事を起こすのも最低な犯罪ですよ?!」
盗みも大罪だが、火事を起こすことは死傷者を出すような恐ろしい事態を招きかねない。ペリドットは思わずミスティラポロに強めのツッコミを入れていた。
「うーん…人的被害が出ない場所を狙ってはいたんだけどなー。それに、師匠が手に入れてきた情報で、うちの国の、人さらいに遭っていた人たちの監禁場所が洗い出せたわけだし」
「あ…そういう…」
「うん」
犯罪を暴くための犯罪、ということか。
犯罪には違いないが、住んでいる国のため、となれば少々話は変わってくる。