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まずは一手


「そういうことだ。もっと言ってしまえば、ティルトの子どもの死に、エメサの派閥が噛んでいる可能性が高いと私は考えている。同派閥内とはいえ、どちらの子であるかわかるまで警戒対象ではあったろうからな。エメサにとって利用できるのは、その死とそこから得られるであろう手駒だ」

「でもさ、普通に考えて、特公がエメサ第三王妃の思い通りに手駒の枠に収まろうとするか??」

「そのための契約者-ティルト-でもある」

「公式愛妾に戦わせようって?」

「いや、おそらく…」


 フリデリケはチーズスフレケーキの皿に乗っていた青色の飴玉を見やった。

 そこに転がる飴玉が示す姫君は…


 ふわり…


 頭の中でその面影が紡ぎ出される前に、彼女の連絡用リングに鳥が舞い降りた。


「…ん?メッセージが入ってきたな」


 それはこの場にいる面々すべてに送られてきたもので、ヘリオドールはその文面を読んでから「『ヘリオドール・オリジナル』が見つかったみたいだな」と、ミスティラポロのほうへ視線をやった。

 その視線に頷いたミスティラポロは、腕の中でぬるめの紅茶で和んでいるペリドットのつむじをつついた。


「ご機嫌いかが、リディちゃん?」

「…ん、大丈夫です」


 ティーカップを置きながらミスティラポロを見上げるこの子の表情は、誰よりも蠱惑的であった。それを間近に見たミスティラポロは、はたりと目を見開いたが、単に気に入った表情だったのか、すぐに笑って返し、メッセージのほうへ目をやった。


「場所は…ん?ここって…」


 そこは、ミスティラポロにとってはよく知った場所であった。


〓〓〓〓〓〓〓〓


 国立治癒魔法魔術院、トリュース薬学治癒師の調合室。

 モルフェームは自身の仕事をこなすその場所で、アクアマリンと共にメッセージを受け取った。


「『オリジナル』ですか…」

「本職中なんだけどな、こっちは」

「一応、国から許可証がでているとはいえ、こうしょっちゅうですと、フェームの仕事はもちろんのこと、薬学におけるスキル習得速度にも関わってきますからねぇ…」


 大きな鍋のような器材の前で何か帳面に書付をしながら、アクアマリンが答える。最近では、彼はこうしてモルフェームの仕事を手伝うようになっていた。

 アリス・リシアは小さな少女の容姿をしているために、ここを出入りして手伝いすることは、院の者たちからあまりいい顔をされない。そうした事情から彼女は実家の工房とモルフェームの出動先へ行ったり来たりと転送を繰り返す生活をしていた。


「暮らしに困らない額の支給があるとはいえ、社会的な信用に関わるのが考え物だよな」

「…今回の『オリジナル』は『ヘリオドール・オリジナル』。ノイネーティクル組に任せてしまってもいいと思いますよ。今抱えてるこの薬、また一から作り直すよりはいいでしょうし」

「…場所的にも遠いよね」

「ええ。それに、手が離せないときのために何体もいるわけですし。行けない理由を添えて連絡しておきますよ。急を要する際には、一報をくれるようにも頼んでおきますので」

「…そうしてもらおうかな。ありがとう、アクア」

「いいえ。貴方のための僕ですから」


 アクアマリンは作業を中断し、自身の胸元に手を当てて微笑んだあと、他の面々それぞれに連絡し始めた。


〓〓〓〓〓〓〓〓


 大通りを砂埃が舞い、頬を撫でるような風が吹いていった。


「こっちからなら挟み込みやすい」


 アギオラブロの二番街。そこ行きかう人々が二度見するような速度で駆けていく一人と一体。

 この王都一帯の地理に詳しいミスティラポロは、隣を走るペリドットに道を指し示す。


「承知いたしました!…本当にトリュース組は来ないんですか?」

「そーみたいねー。ある意味、好都合好都合。ずっとやってみたかったことができっからね」

「さっき言ってた作戦?」

「そ。一応、お前の兄貴には許可取り済みだし」

「はぁ…何が起きても知りませんよ。『オリジナル』を分割してキューブにしようなんて」


 ペリドットはちらりとミスティラポロの横顔を見る。この子だけでなく、あの場にいた者たちは全員、そのアイディアを聞かされたときは耳を疑った。


〓〓〓〓〓〓〓〓


『あのさぁ。作戦があんだけど、一つやりたいことがあって』

『やりたいこと?』

『そ。『オリジナル』をキューブに封じ込めるときに、結界を二つ使って分割できないか試したいんだよ』

『なんでまた』


 ミスティラポロの言い出したことに、現場へ急行しようとしていた全員が虚を突かれたような表情をしていた。


『『赤夜光』が封じ込められたキューブって、変な術式が浮かび上がってんの、知らない?』

『…あれか』


 実物のキューブを注視したことがある者であれば、すぐにピンとくる、キューブに描かれた模様のような術式。ミスティラポロの話に相槌を真っ先に打ったヘリオドールは、訝しげな表情を浮かべて彼を見やった。


『俺、『オリジナル』のあれを解析してみたいんだよねー』


 うきうきとした様子を隠そうともしないミスティラポロに、ヘリオドールはとても呆れた表情で『…ラポロくん』と窘める声音を出した。


『ん?』

『ん?じゃなくて』

『へへへへへへ。んでさ、作戦なんだけどー』

『無理やり我を通そうとしないでもらえるかい???』

『へへへへへへ。んでさ、作戦なんだけどー』

『ラポロくん?』

『へへへへへへ。んでさ、作戦なんだけどー』

『さてはこのやりとり、こっちが諦めるまで続けるつもりだね???』

『へへへへへへ。んでさ、作戦なんだけどー』

『…』


 同じ言葉を機械仕掛けめいた雰囲気で繰り返すミスティラポロの力技に、ヘリオドールはまったく納得してはいなかったが、しかたなく折れることにした。


『えっと、『ヘリオドール・オリジナル』が出現した大通り付近一帯の避難はもう完了してる?』

『一応ね。屋内の住人も騎士団の誘導で各地域の公園に避難済みのはずだよ。表向きの理由としては、王立研究所から細菌を保持した小型の魔物が逃走中のため、駆除と滅菌作業を行う必要があるってことにしてあるみたいだね』

『それって、研究所と王室への不信感、増さない?上層部が研究所の予算削減を提言したのと関係あったりする?』


 情報屋としての興味も混じらせて問いかけるミスティラポロに、ヘリオドールは人形としての表情を前面に押し出したような笑みを浮かべた。


『理由を考えているのは、上層部だからね。こちらとしては、どうでもいいかな』

『うわぁ…いかにもクオレの自動人形って感じの回答』

『誉め言葉だね。それで、どうするんだい?』

『ああ。この大通りに面した二番街の酒場が、うちの界隈のたまり場の一つになってんだわ。今、あのあたりがガラ空きってんなら、ここに押し込めてやったほうが楽かなって』


 やや深めに整えられた爪が、とんとんと卓上に広げた地図を指し示す。


『君の一存でそんな勝手をしてもいいのかい?』

『なーに、『赤夜光』に恨みがあるのは、俺だけじゃないんでな』

『…どういうことだい?』

『情報収集には、どんな末端の存在でも関わってくるってこった。スラムが全滅する以前の話になるんだけど、うちの元締めにあたる人が、あのあたりのちっさいのたちに目をかけててたんだ。それに加えてジェリコの件もあって、頼めば、目を瞑ってくれると思う』

『そういうことか』

『んで、転送で先行はすんのは、ノイネーティクル組からはヘリオ、ジャスパー、お前らに頼むわ』

『まぁ、順当だね。一応、相手は私のオリジナルでもあるわけだし』


 ヘリオドールが頷くのを見たミスティラポロは、ちらっと、ジェットとカルセドニーのほうを見やった。


『ところで、そっちの『楽園シリーズ』の二体は、複製鍵をヴェストさんに渡し済みってことでいいんだよね?』


 そちら二体に加え、フリデリケも頷く。


『じゃあ、ヴェスト組の『楽園シリーズ』も大通りの反対側のここから回り込んでほしい』

『わかった。残る私たちは?』

『ヴェストさんたちには、俺とリディちゃんが失敗したときの後始末を頼みたいかな』

『うん??何をするつもりだ?』

『『オリジナル』を分割するために、ヘリオの結界とリディちゃんの結界を一部だけ重ねるようにして展開。そのまま【結界格納】。もしかすると、どっちか片方にしか格納できないって可能性もあるんだけど』

『そういえば、これまでの『オリジナル』たちはそれぞれに対応した『楽園シリーズ』の結界にしか格納されていないものな』

『そ。偶然と言えば偶然ではあるんだけど、試してみる価値はあるかな、と。断片だけでもいいんだ。『赤夜光』が存在する理由のその先にあるものを、知りたい』



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