それぞれの手駒
「どうもそれっぽいよなー。責任を取るという形とはいえ、陛下はティルトを公式愛妾に持ったわけで。うまく使われているような印象だよな。陛下もさ。責任感が強いからかもしんねーけど、死んだ子どもが自分の庶子だと知らされて、クオレさんに頼んでまで、形代としての特公を用意していたし」
良くも悪くもグレイコーン国王は真面目で誠実とも言えた。そんな意味合いを滲ませるミスティラポロの言葉を聞いていて、フリデリケは何かが頭の横に微かなひっかかりが生じたのを感じた。
「…そう…陛下はティルトを憐れんで…確か、あの頃、イリスカルン坊やが…ん?…そういうことか」
「え?」
「もしかすると、第三王妃の派閥の狙いは、クオレの自動人形だったのかもしれん」
フリデリケが言い出したことに、その場にいた自動人形の面々が思わず各々の反応をする。もちろん、ここまで彼女と会話を続けてきたミスティラポロも、「はぁ?」と戸惑いを隠そうともしない。
「それも『楽園シリーズ』に準ずる出来の、精巧な…」
「なんでそう思ったわけ?」
自身の言葉で、思いもよらない結論を出してきたフリデリケに、ミスティラポロはペリドットを抱えなおして身を乗り出した。
フリデリケは、置いてあった茶菓子の中から三種類のケーキを皿の上にそれぞれ乗せ、さらに四種類のクッキーをナプキンにのせて机の上に並べた。
何やら始めたフリデリケに、その場にいた自動人形たちも、なんだなんだと、その行動を覗き込んだ。
「現状、王位継承権筆頭はリオーテ正妃が産んだルングル第一王子だ。次に、エメサ第三王妃のシドルケ第三王子、それからマイア第二王妃のリンデンラージュ第四王子…」
ショートケーキ、チーズスフレケーキ、チョコレートケーキの三種類をそれぞれの王妃に見立て、ナプキンの上に置かれたプレーンサブレ、プレーンビスキュイ、チョコビスキュイをそれぞれの王子に見立てる。
「イリスカルン第二王子は王位継承権を放棄してるんだよな、確か」
そう言いながら、ミスティラポロはチョコサブレを指さす。
どうやらチョコ味が、王位継承権争いにおいて分の悪い妃の派閥や王子を示しているらしいと察したからだった。
「ああ。派閥のパワーバランス調整のためにな。だが、イリスカルン坊やは、自ら『赤夜光』対策に名乗りを上げている。復讐という私情が重なっているとはいえ、それが正妃派の支持を集めるには充分すぎる行動だということだ」
フリデリケは別添えされていた生クリームの小皿にチョコサブレを沈ませてから取り出すと、プレーンサブレと共にショートケーキの皿へ乗せる。それから、プレーンビスキュイはチーズスフレの皿へ乗せ、チョコビスキュイはチョコレートケーキの皿の上に乗せた。
「正妃派は自陣営に使える手駒の子どもが多いからな。ここに姫が一人。マイア第二王妃のところには姫が二人。エメサ第三王妃のところには姫が一人…」
「姫の端折り方が大雑把~」
ミスティラポロは、カラフルな飴玉をそれぞれの陣営に添えていくフリデリケにツッコミを入れる。
「あははっ。例え王族の姫だろうと、時勢の盤上によってはそういう扱いさ。不安定なもんだよ。この飴玉のようにな」
赤、青、緑、黄…
皿の上でころころと転がる四色の飴玉。
それらを見つめるフリデリケの紺色の瞳に浮かんでいる感情がどういうものであるのか、ミスティラポロにはさして興味がなかった。
ただ、なんとなく生きにくそうだと思うだけだった。
「ふーん。ま、単純に第三王妃の手駒が一人少ないってのは理解した」
「そう。単純な数だけ見ればな。ただ、そのたった一人分の手駒が重要なんだ」
「どゆこと?」
とん、と音を立てて、テーブルの上にメレンゲケーキとメレンゲクッキーが乗った皿がチーズスフレケーキなどの乗った皿の横に置かれた。
「これは内密にしておいてほしい話なんだが…エメサはもう子どもが産めない身体だ」
「?!」
彼女から投下された情報は、多少の事情を知っているハーゼ以外の面々に多少なりとも衝撃を与えた。
妃の一人が子を産めない。その事実がどれだけあらゆる時勢へ影響を及ぼすことか。
「これは私の伝手からの情報なんだが、間違いない。あの女、シドルケ第三王子を産んだあとに体型が崩れるのが嫌で、怪しげな薬に手を出していたみたいでな」
「…そのために自分の派閥から公式愛妾を出す必要があったのか」
ここまで黙って聞いていたヘリオドールが、何事かを考えているような様子で言葉を発した。
「…」
一体離れた場所にいたジャスパーも、狼モチーフの仮面の向こう側で黙しながら指でその口元をとん…とん…と叩く。
椅子に座っていたジェットは眉間にしわを寄せて険しい表情を浮かべている。対して、その隣にいたカルセドニーは一瞬周りに合わせて驚いた様子でいたものの、いまいちピンときていないらしく、きょとんとした表情をしている。
シャヘルによって、この国直属機関に配されている『楽園シリーズ』は、エメサ第三王妃が子どもを産めないということの大きな意味をよく理解していた。対し、そうではない『楽園シリーズ』はその意味をうまく捉えることができなかった。それぞれの反応は、そうしたことを如実に表していた。
「ああ。そして、エメサは使い勝手が良くて、自分の地位を脅かさない手駒を望んだんだろう。あの頃…同時期に、イリスカルン坊やが『赤夜光』対策に名乗りを上げ、その手段としての『楽園シリーズ』を望んでいた。そうした前提もあって、望む理想の手駒の形があの女の中ではっきりしてきたに違いない」
「それが、特公というより、クオレの自動人形…ってことは、第三王妃にとっては、公式愛妾の産んだ子どもが、陛下の子どもだろうが、愛妾の旦那の子どもだろうが、実質的には関係ないわな」
このとき、フリデリケと会話しているミスティラポロの腕の中から、ぴょこっとペリドットが顔を上げた。周囲を見回しているところからして、ここまでの会話を落とし込むくらいの余裕が戻ってきたということだろう。
それに気付いたミスティラポロは、テーブルの上の皿に合ったクッキーをひとつ取ると、この子の小さな口の中に突っ込んだ。与えられた甘さに、ペリドットの表情がほんわりと緩む。