埋める気のない断絶
『さーて、【オリジナル】さんよぉ!こっちだこっち!!』
ミスティラポロ自らが挑発しにかかれば、『ヘリオドール・オリジナル』はジャスパーからそちらへ方向転換して向かってきた。
その間にジャスパーはサブマシンガンタイプの魔銃を握り直し、『オリジナル』を背後から狙撃しにかかった。
ミスティラポロもまた傘を四本展開し、そこから『オリジナル』を追い詰めるようにして攻撃していく。
接近戦から強制的に遠距離戦へ持ち込まれ、『ヘリオドール・オリジナル』は微かに動揺したような素振りを見せた。そして、その体をぐにゃぐにゃと変形させると、ヘリオドールに装甲を付けたような形態をとった。
『あれは…?!私の、装甲…?どういうことだ…』
ヘリオドールは驚いた表情でその『オリジナル』の形態を見つめる。その驚き方は、何か自分の知らぬことを突きつけられたときのような驚き方であった。
装甲態の『ヘリオドール・オリジナル』は、そこから真っ直ぐにミスティラポロたちへ向かって突っ込んできた。それを攻撃だと思ったミスティラポロとジャスパーは咄嗟に退避したが、どうやら『オリジナル』はその場から逃げ出すことを選択したようだった。
退避してできあがった隙間を縫うようにして、『ヘリオドール・オリジナル』は結界を展開しているヘリオドールへ傘をすべて展開しながら突っ込んだ。
『?!』
『ヘリオドール・オリジナル』はヘリオドールそのものではなく、拡声器と流音機に向けて攻撃を行った。結果、オーラでできたそれらは一時的に機能を停止してしまった。
みるみるうちに、【結界展開】が解除されていく。
『だったら、ボクが…!!』
そうして、【結界展開】を連携して続けようとしたペリドットだったが…
『ぐ…っ』
ずきん、と再び強い頭痛や詰まるような呼吸困難に見舞われ、倒れ込んでしまった。もちろん、ミスティラポロが纏っていた装甲もあっという間に解除となる。
その間に、標的は結界の外へとでていき、離脱していったのである。
何もできなかった、と自責するには充分すぎる失態だと、ペリドットは思ったようだ。
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「安心しろって。すぐに術式を変更して調整し直すから」
「本当に、これって直るんですか?」
「それは、まぁ、やってみないと分かんねーんだけどさ」
「…」
「やるだけやってみよ?ね?」
「…はい」
今、ヘリオドールとジャスパーは先行してフリデリケたちと合流しようとしているため、この場にはいない。
そうしたこともあって、ミスティラポロはできるだけペリドットを甘やかしにかかっていた。
「うんうん。焦ったところで碌なことにはなんないかんなー」
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イリスカルン第二王子が居城としている離宮。
「お前のほうから王宮へ登城するなど、珍しいな。クオレ。アリス・レッドベリル嬢の腕の件についての許可なら出しただろう」
その瞳は通常運転で冷ややかな色が深く見えた。歓迎、という言葉は彼の辞書に載っていないと噂されている彼…イリスカルン第二王子である。いつものこととして、誰も眉を顰めたりはしない。
来客であるシャヘルもまたそんなイリスカルン第二王子には慣れていたが、今日は一段と彼の態度は輪をかけて冷え込んでいた。
「イリスカルン第二王子、随分とご立腹ですね」
とはいえ、シャヘルのほうもアリス・レッドベリルの腕の件でイリスカルン第二王子に腹が立っていたところだ。面前から切り込むように、その態度へ言及する。
「あの女が…フリデリケ・リーリエ・ヴェストが『楽園シリーズ』と契約した」
「は?」
((シャヘル(お父さま)、とんでもない顔してる))
傍から見れば柔和に微笑んでいるだけだが、近しい者から見れば明らかに『そんなんしらん』という顔をしているシャヘルに、本日のお供をしていたアリス・フローラとインカローズは噴き出しそうになった。
だが、これでイリスカルン第二王子がいつも以上に不愛想どころか不機嫌さを隠さなくなるだけのことをシャヘルがしたらしいと、シャヘル自身と二体は察した。
フリデリケに彼女専用の自動人形であるハーゼを創り、『星見人の百合』を創設に協力したのはシャヘルだ。そうしたイリスカルン第二王子が知りえている状態を総合しても、婚約者であるフェリルを喪うことになったそもそもの発端は、シャヘルにあるわけで、それを思い出したというのが正しいようだ。
…シャヘルの余罪はまだまだイリスカルン第二王子の知らぬところにあるのだが。
「どうやっても、あの女と『楽園シリーズ』の契約を破棄することはできないのか」
「申し訳ないことですが、無理です。運命のオーナーですからね。『楽園シリーズ』側が選んだことであるならしょうがないことなのです」
「あの女の失敗は知っているだろう?!」
「そうは言いましても…」
権力者の無茶ぶりに困る一職人、といった風情のセリフで話すシャヘルだが、表情や口調はのらりくらりとしていて、それに伴っていない。
イリスカルン第二王子にとっての事態の深刻さとシャヘルの中での事態に対する深刻さへの理解は平行線と言えた。
「シャヘルからしてみれば、あの王子はクレーマーね…」
「お姉さま!しっ!」
フリデリケの絡む…いや、フェリルの死因に絡んだ話題に対してならば、恐ろしいほどに敏感なイリスカルンだ。王族だというのに、その怒りと不快感は一切隠れていなかった。それだけ、彼のフェリルへの愛着は深いということの裏返しでもあるのだが、アリス・フローラはそっとシャヘルを庇うように傍らへ移動した。
「あの女はまた失敗するはずだ。そして、そのせいでこの国の国民の犠牲は多大なものになるだろう。クオレ、お前に注文だ」
「注文?」
「俺に俺専用の『楽園シリーズ』を創れ」
「!それはまた、無理なことを…」
「何が無理なんだ?回収している【赤夜光】の欠片があるだろう?」
「あの欠片に書かれている術式の解明が先です。それさえ済めば、【赤夜光】への対抗策は『楽園シリーズ』でなくともよくなる。そうすれば、能力のある者が前線へ立つ必要も無くなるのです」
「…お前は自分の創った最高傑作が失われることが嫌なだけだろう?」
「それの何が悪いのですか?自動人形は、私の全てです」
「貴様…」
イリスカルン第二王子の周りに、冬の外気よりも鋭く寒い冷気が集まりかけた。アリス・フローラはその冷気から庇うためにシャヘルの前へ立とうとする。だが、シャヘルはそれを手で制した。