第一段階にも満たない
フリデリケたちは振り返り、彼女が追い付くのを待とうと歩みを止めた。
すると、走る勢いを弱めようとしたバレットがそのままつんのめり、大きく転げる。カルセドニーはそれを慌てて抱え止めた。
ガチャン!と軽い音がその場にいた面々の耳に聞こえ、皆その音の正体を目で追った。
「あ、眼鏡…」
ハーゼが見たままの情景を述べる。
バレットのしていたずり落ち気味のあの眼鏡が地面に落っこちていた。
「バレット。お前、運動苦手なんだから…ん…?」
バレットの眼鏡を拾い、傷が無いか確かめたフリデリケが、カルセドニーとバレットのほうを見た。
「「…」」
眼鏡のない裸眼のバレットを見たカルセドニーは微動だにせず、また、逆も然りだった。周囲の様子などまるで気にしていないような雰囲気だ。
フリデリケはそれを確認すると、「あー、これか」と持っている眼鏡に視線をやった。ハーゼもまた彼女の手の中のそれを覗き込む。
「その眼鏡って…」
「ああ。視力補正を行うほかに、認識阻害の術式が組み込まれている魔道具だな」
「なんで…?」
「聖女に選ばれるのは見目麗しい少女だ。バレットは普段はあんなんだが…あいつの自衛のひとつだろうな」
「フリデリケ。もしかして、なんだけど…カルセドニーの運命のオーナーって…」
「まぁ、あの様子からして、そうだろう。私からしてみれば、お気の毒としか言えんが…」
運命を告げる音が、カルセドニーとバレットの間にちりちりさらさらと軽やかに漂っているようだ。
運命を感じるよりもむしろバレットにドン引きしていたはずのカルセドニーがあの状態だということは、運命のオーナーとは実に奇怪な概念であると思わざるを得ない。
「まぁ、『楽園シリーズ』二体の力を借りることができそうだし、結果オーライって感じじゃない?」
「…それもそうなんだが…このままではイリスカルンぼうやがな…」
「あー…怒りそう…」
「私だけに怒りが向くならそれでいいのだが…」
「うーん…ハーゼはそれもどうかと思うぞ?」
「とりあえず、ノイネーティクル組に連絡だな。それからカルセドニーの複製鍵を手に入れよう。クオレへの報告は、後回しだ」
「そういえば、ノイネーティクル組はどうして今回こっちに来なかったの?」
「…ああ、今、連絡用リングを確認したらメッセージが入っていた。どうやら、あちら側に『ヘリオドール・オリジナル』が現れたそうだ。それでひと悶着あったらしい」
「!誰か負傷したのか?」
「いや、詳細はわからない。むしろこれは一度合流したほうが手っ取り早いな」
フリデリケミスティラポロへのメッセージの打ち込みを行いつつ、どうやってカルセドニーとバレットの見つめ合いを中断させるかを思案するのだった。
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「…」
「リディちゃん…」
何も言わずに落ち込んでいるペリドットを大事そうに抱えたミスティラポロは、宥めるように声をかけた。
「ごめんなさい…ボク、役立たずだった…」
しょんぼりとした様子を隠さないこの子の頭に、彼は自身の頭をぐりぐりと押し付ける。
「大丈夫大丈夫。俺が調整すればどうにかなることは実証されたから」
「でも…」
ペリドットは『ヘリオドール・オリジナル』と遭遇するまでの過程と戦闘を思い返していた。
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ヘリオドールとジャスパーは、ミスティラポロたちと合流しようとする過程で『ヘリオドール・オリジナル』と遭遇することになった。
場所は『鹿の大聖堂』よりも下位に属する小さな教会で、二体はそこへ入っていく『ヘリオドール・オリジナル』の気配を察知した。中には懺悔室で告白途中の青年とそれを聞く司祭がおり、そちらを避難させたのちに二体は『オリジナル』と対峙した。
フリデリケからの連絡を受けて『鹿の大聖堂』へ向かおうとしていたミスティラポロとペリドットは、途中でヘリオドールから『ヘリオドール・オリジナル』を見つけたというメッセージを受け取った。
そのためミスティラポロは、フリデリケのほうにはトリュース組に向かってもらえるよう連絡を入れ、自身はヘリオドールとジャスパーに合流するためにそちらへ方向転換したのだった。
『すでにヘリオ兄さまの結界が展開されていますね』
『とすると、一旦あいつが歌を止めたら、ジャスパーかリディちゃんに結界を展開してもらって…』
『え』
『ん?』
『ボクが、ですか…?』
『うん。もう本契約したし、大丈夫じゃない?』
『…わかりました。やってみます』
結果として、ペリドットは【結界展開】を行うことが出来なかった。
ミスティラポロとペリドットが着いたとき、ヘリオドールが【結界展開】を行っていた。
ジャスパーは近距離戦へ切り替えてきた『ヘリオドール・オリジナル』への対処しようとしたが、間に合わずに弾き飛ばされ、右上腕部パーツと左下腿部パーツを損傷した。ヘリオドールは結界内にミスティラポロとペリドットを呼びこむために歌を止め、『ヘリオドール・オリジナル』との戦闘に切り替える。
こうなると必然的にジャスパーが回復するまで、ペリドットが【結界展開】を行うことになる。
『【結界展開】!楽曲、第一楽章…!!っ…ぃ…!!』
『!!リディちゃん!!』
ペリドットが歌い出した瞬間、その脳天には鋭い雷のような衝撃と痺れ、痛みが走った。両手で頭を抱え込み、その場にしゃがみ、この子はそれが過ぎ去るのをただ待つことしかできなかった。
『発作か…っ。ラポロくん!私が歌う!ジャスパーが回復するまで戦闘を頼む!』
『言われなくとも!』
ミスティラポロが戦闘をし、ヘリオドールが【結界展開】を行う。
これは、『楽園シリーズ』の想定された力の使い方に限りなく近いのだが、この場で本契約を行っている間柄であるのは、ミスティラポロとペリドットだ。
現状、その本契約関係にあるはずの一人と一体が、うまくその力を発揮できる状態にない、ということが問題だった。
『!あいつ、リディちゃんのほうにばっか攻撃を…!』
おまけに、『ヘリオドール・オリジナル』がヘリオドールの得物である傘と同じような攻撃法で、しゃがんでいるペリドットへ何度もしかけてくる。
ミスティラポロはそれを防ぎつつ、同期したヘリオドールの傘の近接攻撃形態で『オリジナル』を殴打して遠ざけようとした。
『すまない。交代する』
『もう大丈夫なのか?』
『85パーセント程度だ。どうにかする。末っ子を頼む』
『あいよ!!』
途中、パーツが回復したジャスパーが戦線へ戻ってきたことにより、『ヘリオドール・オリジナル』の意識はジャスパーのほうへ向いたらしく、そちらへ傘を飛ばしたあと、素早く近寄っていく。
それを見たミスティラポロは少しの間にペリドットへと近づき、その体を物陰へと引っ張り込んだ。
『大丈夫?』
『…っごめんなさい』
ペリドットは頭を押さえながら涙目でミスティラポロを少しずつ見上げてきた。目に見えて、この子は不調だった。
ペリドット自身、呼吸の乱れに苦しみ、増していく痛みに目の前が今にも暗転しそうで、ふらふらとしていた。
プシュケ・クオレの前世については書き溜めてあり、もう少し先の章で書けたらいいなと思っています。また、ニマエヴの世界の大元がどういう世界であるのか、という話をどこかで入れたいところではあります。