彼女であった理由
「…」
フリデリケにそのまま突っかかろうとしたモルフェームだったが、彼女は彼の胸倉から手を離すと、完全に無視を決め込んだ。それから、ジェットたちに「行くぞ」と促し、第三会議室への通路を歩き始める。
モルフェームたちがその後を追おうとすると、何かの意図を察したらしいフランケルが「すみません。ここから先は、管理者権限でお通しすることができません」と謝罪しつつ、立ちふさがった。
「フランケル。私が彼らを出入り口までご案内します。貴方はフリデリケさまたちと一緒に第三会議室へ。お話があるそうです」
「わかりました」
「と、いうわけですので。皆さま、こちらへどうぞ」
アクアマリンやアリス・リシアと共に、バレットの案内で『鹿の大聖堂』から外へ出されたモルフェームは、国立治癒魔法魔術院への道を帰りながら眉間にしわを寄せていた。
先ほどの戦いで、アクアマリンと能力値を同期したモルフェームは体に反動がきていたらしく、行きと同じく彼に背負われている。
「アクアー。さっきのあのご令嬢は、誰?」
だるさを隠さない声音で、モルフェームはアクアマリンに問いかけた。
「詳しく教えていませんでしたね。あのご令嬢は『人形令嬢』フリデリケ・リーリエ・ヴェスト。元は国王直属、『赤夜光』対策秘匿部隊『星見人の百合』の隊長でした。ですが、六年前の『赤夜光』大量発生の際に、イリスカルン第二王子の婚約者を含めた部隊員たちを壊滅させてしまい、責任を取って辞任。貴族籍も剥奪されました。あ、血筋的には前国王陛下の王弟殿下の庶子です。一応、王族に連なる御方ですね」
「あの人も王族…というか、貴族…」
「どうということはないのです。あの御方はクオレ産の自動人形と本契約をしていて、特殊な魔力や術式の書き込みに長けていた。加えて、責任問題が生じた場合には、自由に動けていつでも切り捨てることができる貴族が彼女だったというだけです」
「それって、最初は貴族による『赤夜光』対策が考えられていたということ?」
「そうですね。あとは、彼女が王族の血を引いていたことも、国の上層部としては重要でした」
「ん?」
「現国王陛下は、自分の子どもたちを前線には出したくなかったのです。だからこそ、彼女はさらに適任でした。彼女が前線に立つことで王族は『赤夜光』対策への責任を果たしたことになったので」
「だとしたら、『楽園シリーズ』と契約したがっていたイリスカルン第二王子は、陛下の意向も上層部のシナリオも完全に無視しているんじゃないの?」
「まったくもってその通りです。『えらんことすんな』って感じでしょうね。でも、それ以上に、イリスカルン第二王子は亡くなられた婚約者のことが忘れられないのです」
「もしかして、あの第二王子が自動人形についての配慮が皆無なのってそういうところに関係してる?」
「ええ。イリスカルン第二王子はおそらく、自動人形のことをよく思っていないでしょうね。彼の婚約者もまた、本契約はしていなかったものの、仮契約をしていた自動人形がいましたので」
「ふーん…」
モルフェームのグレナーデンカラーの瞳が、すうっと雪のような冷たさを帯びた。
「!」
一人と一体の隣を歩いていたアリス・リシアだけが彼の瞳の冷ややかさに気付いた。もっとも、モルフェームのことを背負っているアクアマリンにその変化を察しろというのは少々無理のある注文かもしれない。
アリス・リシアはその冷ややかさの向こう側にある、大きく渦巻く自動人形への愛情を感じ取り、満足そうな微笑みを浮かべた。
(アクア兄さまも、リチェも、『最高』のオーナーを選んだんだ…)
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第三会議室へと戻ってきた一行は、ひとまずフリデリケを最奥にして着席した。ハーゼはフリデリケの方を向いてその膝の上に座り、眠たそうなそぶりをしてその最高峰に顔を埋めている。ジェットとカルセドニー、それからフランケルはその様子に敢えて触れずに流した。
今回の『ジェット・オリジナル』の行動パターンやそれに対して行った攻撃の分析など、離したいことは山ほどあったのだが、フリデリケは何よりも先にたった一つのことを遂行するために口を開いた。
「単刀直入に言おう。フランケル。君に、ジェットの運命のオーナーになってもらいたい」
彼女がそう言った瞬間、ジェットが何かを言いかけたが、片手で制されて引き下がるよりほかなかった。
今回『ジェット・オリジナル』を倒したのは、モルフェームだったが、彼が介入する直前まで驚くほどの善戦をしたフリデリケに、ジェットは口をはさむよりもおとなしくその言葉を聞くことが最善であると本能的に理解したらしかった。
「また随分と無粋ですね、フリデリケさま」
「私自身の戦力が乏しいからな。私の愛兎は、そもそも戦闘用ではないのをやりくりしてどうにか形にしている。お前たちの…いや、お前が悠長で回りくどい駆け引きをジェットへ仕掛けているうちに、どれだけの犠牲が出ることか。そもそも、最初からそうなるとわかっていたのだろう?ジェットと出会った瞬間に」
「貴方も姉と同じことをおっしゃるのですね。わかってはいるのですよ。ただ、ジェットの一つ一つの頑張りが可愛らしく-面白く-て…」
にこにこと天使のような笑みを浮かべているフランケルの顔が、フリデリケのほうを見た途端に、ニヒッと、とても形容しがたい笑い方をした。天使と呼ばれている彼からはとても想像がつかないほどのその笑みは、フリデリケの内心をぞわりとさせた。
「…他意のありそうな表情だな」
「そんな、滅相もない」
「なんだっていい。私たちはカルセドニーを連れてこれで失礼する。あとはジェットから説明を受けて、それから話し合って本契約してくれ」
フリデリケはさっさと話しを切り上げると、ハーゼを抱えて立ち上がった。そのあとを、カルセドニーが慌ててついていく。
「すまないな。君の話ももっと聞くつもりだったんだが…」
「ううん。いいよ。ジェット兄のオーナーが決まったし。それに、フリデリケさんは自動人形のオーナーとしては最高のオーナーだと思うし」
「私が?まさか。この子を未だに戦わせている時点でそれはないさ」
『鹿の大聖堂』の門をくぐりながら、フリデリケはハーゼを示してみせた。
ハーゼの完成と『星見人の百合』発足は、ほぼ同時期だった。
『あなたの理想を詰め込んだこの自動人形が戦いの道具として使用されてしまうことをお許しください』
『構わない。中途半端な身分の私であっても、だれかの役に立つことが出来るのだから』
まだフリデリケがまっさらな人間であった頃の記憶。
彼女のために作られたハーゼを『赤夜光』対策へ使用しないか、と国の上層部はフリデリケと創作主のシャヘルへ打診した。シャヘルは『楽園シリーズ』を前線へ出すつもりはなかったため、その申し出を受けた。
フリデリケはその不安定な立場から、社交界でも腫れ物のような扱いを受けており、少しでも貴族として役に立てるのであれば、と注文した愛らしい彼女のための人形と共に、戦うことを了承した。
『よろしくな、ハーゼ』
『よろしく!フリデリケ!ハーゼのオーナー!』
「ハーゼは愛されるために生まれてきたお人形なんだ…すべてのお人形は、何かしらの理由があって、そのオーナーの元へやってきてくれる」
「…僕も、早く運命のオーナーに逢いたいなぁ…そんでもって、できればあの家を出たいんだ」
「そうか…」
弱々しく希望を語るカルセドニーに、フリデリケは申し訳なさそうな表情を浮かべた。彼女ではどうしてやることもできない。
「フリデリケさまぁあああ!!」
『鹿の大聖堂』の建物が塀の中に隠れた辺りで、バレットの声と共に背後から駆けてくる足音が聞こえた。