聖少年フランケルと聖女バレット
「申し訳ございません!フランケルさまよりフリデリケさまへご依頼申し上げます!」
「どうされました?」
「大聖堂中央部にて、『赤夜光』と思しき光体が出現いたしました。至急対処をお願いいたします!」
「…わかりました。ハーゼ、準備を。ジェット、それからカルセドニー。ここに居合わせたのも縁かと思う。力を貸していただきたい」
自動人形三体を見回したフリデリケに、彼らは頷いて立ち上がった。
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兎の鎧を纏ったフリデリケとハーゼの後ろから、ジェットとカルセドニーがついていく。この大聖堂の聖職者たちやここへタイミング悪く来ていた人々の避難は完了したという。
ここの管理を司っている聖少年フランケルとその姉であるバレットだけが最後まで残っていた。
「フランケル殿…!何故先に避難されなかったのです?!」
ジェットは慌てた様子でフランケルの傍へ寄り、視線を合わせるために身を屈める。
フランケルは夏に差し掛かっている季節だというのに、青いダルマティカの上に、カズラという白い長いマントをだぼっと羽織っていて、衣装に着られている感がある。
「こんにちは。ジェット。これでも僕はここの管理者ですからね。真っ先に逃げることなど許されませんよ」
この少年は、聖少年と呼ばれるだけあって、長い金髪がさらさらとしたストレートヘアであり、ジェットのほうを見てにこにこと笑っている表情はぱっと見、清らかな天使と見紛うばかりの12歳だ。
ジェットを見上げる菫色の可憐な瞳は、とても庇護欲を誘う。
「ですが…」
「大丈夫ですよ。この通り、姉がいますし。それに、ちょっと試してみたかったのです。教会の張る光属性の結界で、本当に対処できないのかどうか」
「!それは…」
「悔しいことに、やはり報告にあった通りでしたよ。僕ら教会の人間たちには到底抑え込めるような相手ではありませんでした」
「フランケル殿…」
本当に悔しそうに、そしてどこか悲しそうにしているフランケルに、ジェットは心の底から寄り添うような声音でその名を呼ぶ。
その様子を見たフリデリケ「あー、もしかして…」と合点がいった声を出し、それから、フランケルの姉であるバレットのほうを見やった。
バレットもまたフランケルと同じく美しい金髪のロングヘアで、ずり落ち気味の眼鏡の奥にある瞳の色も菫色だ。すでに成人済みで、今年で19になる。フランケルと同様、こちらも青いダルマティカに白いカズラを羽織っているが、こちらのカズラはとても薄手である。また、その身長に見合った長さのものを着ているため、とても洒落て見えた。
だが…
「はぁ…っはぁ…っ。ショタおに…っキタ…っ」
フランケルとジェットのやり取りを見ているバレットの表情は紅潮し、だらしなく緩み、口元からは涎がたらりと出ていた。細いフレームの丸い眼鏡も、光を反射していてやや怪しい。
「おい、バレット」
バレットの様子をよく知っていたフリデリケは、呆れたように彼女の名を呼ぶ。
「んひぃっ…!!フ、フリデリケさまぁ」
「ジェットのあの状態、いつからだ?」
「ぇ、えっと、以前こちらに摘発へ入った直後からですね」
「…そんな前からか…ってことはまさか、ジェットは…」
「ええ…ええ!!BLの『受け』の素質がございます!!あ、ベーコンレタスの略ではございませんことよ??ああ、しかし、筋肉の美しいガチムチ短髪受け…っ。私、この世界に生まれ変われて本当に良かった!!」
「…お前、本当にその状態はここにいる面子以外には見せるんじゃないぞ?せっかく、この大聖堂の腐敗を断じたというのに、今度はお前が通報されるぞ。あと、転生者ってことも絶対に言うな」
「も、もちろんです。それに、私の特典はもう、弟に使いきってしまったのですから」
「…まぁ、あんときは仕方なかったとはいえ…なぁ…」
フリデリケはこの『鹿の大聖堂』に踏み込んだときのことを思い出した。
二人の様子に、事情を知っているハーゼは反応しなかったが、代わりにカルセドニーが疑問符を浮かべたまま問いかけた。
「どういうことですか?」
「…一応、話しておいた方がいいか。君は、ジェットの弟にあたる自動人形だからな。おい、バレット。説明を」
フリデリケがそう言うと、バレットはずり落ちかける眼鏡を直しながら、カルセドニーと目線を合わせて身を屈めた。
「はじめまして。こちらの大聖堂で弟の聖少年フランケルと共に管理者を務めております。聖女バレットと申します。聖女、というには適正年齢をそろそろ超えていきそうなのが最近の悩みです」
「は、はじめまして?カルセドニーといいます。えっと。それは、お気の毒に…?」
「んきゃあああああ!!ショタ、ショタさまが私の心配を?!ショタ、ミルキーパープルなショタ?!ぎゃんかわぁあああ!!カルセドニーというお名前からしても、なんて美しい…っ!!」
「ひっ。え、え、あの…」
荒い呼吸で恍惚とした表情の成人女性が間近に迫りくるため、カルセドニーは純粋に怯えた。相手がどれだけ顔の良い人間だったとしても、怖いものは怖い。
「バレット?!」
バレットの背後からフリデリケが手のひらでその後頭部をロックし、力を込める。
「はい、すいませーん。ごめんなさい。新しいタイプのショタの登場に、軽くテンションマックスになってしまいました」
「まったく…お前といい、ハーゼといい…」
今日一日でフリデリケはどれだけツッコミに力を入れているかわからない。
だが、それ以上に気の毒なのは、今日一日でハーゼのジェットへのセクハラを目撃し、バレットから恍惚としたヤバイ表情で迫られたカルセドニーであろう。
なんだかんだ純粋になるように育てられてきた彼の情緒は、すっかりと怯え切ってしまった。
「ごめんなさいね。そんな表情をするショタさまや幼女さまがこれ以上増えないように、私は弟と共にこの大聖堂を改革する決意をしたというのに…」
「えっと、そうなんだ…?」
「ええ。元々私とフランケルは商人の子だったのです。ですが、数年前、父が『柘榴の魔女』という人形師が作ったクオレの贋作を知らずに大量売買を行ってしまいまして…」
「!『柘榴の魔女』…」
心当たりがありまくりのカルセドニーは、さっとバレットから目を逸らした。
それを彼女への怯えと取ったらしいバレットは、そのまま話を続ける。
「贋作を売買したことで信用を失い、結果的にうちの商会はつぶれました。その際に両親は私たちに借金を残さないために、私たちの戸籍を抜いて自殺してしまいまして」
「誰も幸せになんてならないよね、贋作なんて…」
「それで、商会の役員をしていた方々が、私たちに教会を頼ったほうがいいと」
「誰も助けてくれなかったの?いきなり教会を頼れだなんて」
「仕方ありません。潰れた職場の雇用主の子どもたちなんて、厄介以外の何物でもないのですから。親戚もいませんでしたしね」
「…」
「元々私たち姉弟は光属性の魔力が強く、また、治癒系の魔法や魔術よりも浄化や結界などの魔法や魔術に適性がありました。それに、自分で言うのもなんですが、見目も麗しかったので、聖女見習いと聖少年見習いとして、運良く教会に拾われることになりました。ですが、色々あって連れてこられた教会の施設のうちでも、ここ『鹿の大聖堂』は児童性的虐待の温床だったのです」
「ということは、あなたたち姉弟は…」
「あ、私はこれでもしたたかなので、相手を酔い潰したり、相手の粗末なものを事故に見せかけて気絶する程度に手で絞めしたりして事なきを得てきましたね」
「へ…へぇ…」
バレットの手つきが生々し過ぎて、また、その痛みを想像して、カルセドニーは「ミシミシ言うとる…」と、大きく後ずさった。
「私はフランケルのためにも折れるわけにはいきませんでしたから。当時の弟は、美しい天使『でした』し」
「でした…?」
バレットが思い切り『でした』と過去形で強調したため、カルセドニーは不安になって、ちらりとジェットとフランケルのほうを見た。
何やら、二人の世界を形成し、フランケルから頬を撫でられて赤くなっている兄の姿を見てしまい、なんとも言えない感情が沸き起こる。
「当時、この『鹿の大聖堂』を管理していた上層部は、誰よりも美しいフランケルに目をつけまして。私と引き離して、毒牙にかけようとしたのです。私はフランケルと引き離される直前、彼に私の切り札を使いました」
「切り札?」
「私は先程口を滑らせた通り、記憶持ちの転生者なのです。こちらの世界へ飛ばされる際、この世界の管理者に特典を二ついただきました。ただ、あまりにもその特典のうちの一つが『無双』してしまうほどの『チート』だったので、生涯で使用できるのが三回のみと回数制限が設けられました」
「それって、どんな特典だったの?」
「それはですね。鑑定の亜種能力とでもいいましょうか。殿方や淑女のとある属性や数値が可視化できるのです」
「鑑定の亜種能力…結構便利なんじゃないの?」
カルセドニーの無邪気な視線と問いに、バレットはウッと胸を押さえた。
「いえ。私のこの鑑定は、鑑定相手に同性愛者の素質があるか、また、その素質が開花した場合、どういった属性の同性愛者になるのか、気になる相手との相性値を見る、などができるだけです。この能力を使用してできることといったら、同性愛者限定の恋愛相談やお見合い相談くらいですね」
「なんでそんな役に立つかわからないような特典を…」
「我欲と性癖のためです」
キリッ。眼鏡に光が反射し、彼女の真剣さがわかる。
カルセドニーには、なぜそこまで真剣になれるのかわからなかったのだけれども。
「もう一つの特典は?」
「それはですね。今話した鑑定によって見ることができたステータスを『書き換え』できるという特典でした。残念ながら、一回目は友人を助けるために使い、二回目は心中しそうになっていた見習い仲間を助けるために使用していて、弟に使用したのが最後でした」
「もう三回全部使っちゃったの?!」
「この特典、本当に強力なので、切羽詰まったときにしか使わないようにしていたのですけれど…弟の幼いお尻をヤバイ虐待野郎どもの粗末なものから守るためなら、最後の一つを使っても惜しくはありませんでした」
「ああ、無理矢理入れると、取り返しのつかないことになって、最悪、人工パーツになっちゃうらしいね…前にうちの人工パーツ部門の職人さんたちに聞いたことがあるよ。使用理由の項目のところに、病気の名前以外に『その他』っていう項目があったから気になって」
「そうなんです。なので、私はフランケルのステータスを表示して『天使のように清らかなネコ』という項目を『ケツ穴を溶接されたバリタチ』に書き換えたのです」
「…は?」
聞き返さざるをえないほど、意味が分からなかった。
「『ケツ穴を溶接されたバリタチ』に書き換えたのです」
バレットは大真面目な表情で二度目を繰り返す。
「いや、そこじゃなくて。え、それで上手く行ったの????」
「はい。この弟の属性の書き換えは、『ケツ穴を溶接された』というところが肝なのです」
「どういうこと?」
「物理的にケツ穴を溶接しているわけではありません。この世に存在するありとあらゆるブツを受けない尻にする。そうすれば、フランケルの尻を掘ろうとしていた上層部のブツを受け入れるようなシチュエーションには、補正が起きて至らなくなるんです。結果的に弟はクズ全員の尻を掘り返すことに成功し、また、彼らはフランケルの言うことをなんでも聞くようになりました」
「…」
カルセドニーは何も言わずに、フリデリケとハーゼのほうを見た。
一人と一体は、さっと視線を逸らした。
ああ、そりゃあ、『偶然』摘発したことになるやろうて…
これを国へ説明したところで、どう調書に残しても色々とツッコミどころがある。
「フリデリケさまは、父の商会が存在している頃からのお得意様だったので、すぐに協力してもらうことが出来ましたよ」
「ああ、そう…」
自動人形の体であるはずなのに、重い頭痛を感じる。
そんなカルセドニーの肩を、フリデリケはぽんと叩き、そっとその小さな掌に薬の入ったピルケースを置いた。
「頭痛薬と胃薬だ…」
苦労してるんだね、とフリデリケに対して口にできるほどの体力は、今のカルセドニーにはなかった。
第七章 終
というわけで、ここまで読んでいただきありがとうございます。本当にお疲れ様でした。
第七章は少し長くなりすぎてしまったので、次の章は少し短めコンパクトになるといいな、と思っています。
ここまで読んで、『大丈夫!』『面白いところあったよ!』と思ってくださった方、ブクマや高評価、いいねなどをよろしくお願いします。
ではまた次の章でお会いしましょう。