愛玩兎はそれに目がない
「聖少年フランケルの御膝元、か。そういえば、ヴェストさまが隊長職に就いていた頃、ここを偶然、児童性的虐待施設として摘発したんだっけ」
「ああ。その際に協力者となったのが、この大聖堂を管理している聖少年フランケル殿だ。当時は聖少年見習いだったが」
「ジェット兄もそのときに騎士団の仕事でここに踏み込んだんだよね?」
「『星見人の百合』は秘匿部隊だったからな。内輪の事情を知っている俺とヘリオ兄上が、ここの上層部を捕縛するために動員された」
「なかなかの腐敗具合だったらしいね」
「宗教施設として見逃されていることが多かったからな。だが、今はフランケル殿とその姉君である聖女バレット嬢による管理が行きわたり、持ち直してきている」
『鹿の大聖堂』の敷地に出入りするための門は表と裏にある。今回、二体が招かれているのはこの大聖堂の第三会議室であり、裏門から入った方が近かった。
裏門にいる警備の者に手紙が入った封筒の封蝋を見せてしばらくすると、第三会議室まで通された。
そこではすでにハーゼを連れたフリデリケが、大きな長机の奥側に着席していた。今日の装いは、フリデリケはいつも似た型の紺色の肌を出さないズボンスタイルのものを着ているためにさほどの変化はないが、ハーゼは白の半袖半ズボンに日除け機能のある薄い水色のヴェールを羽織っている。
フリデリケは可愛いものには可愛いものを着せたい。
「来たか…」
「お初にお目にかかります。王立騎士団第四部隊所属ジェット・クオレこと、『楽園シリーズ』第3自動人形・ジェット。弟の第6自動人形・カルセドニーと共に参りました」
「かしこまらないでくれていい。呼び出したのはこちらだ。私はフリデリケ・リーリエ。ヴェスト。貴殿に手紙を出した者だ。こちらは、私の最愛仔兎・ハーゼだ」
自己紹介がてらそれぞれの連れも紹介し終える。そのとき、カルセドニーは、ハーゼがジェットを見て目をキラキラさせていることに気付いた。
「…?」
カルセドニーがハーゼの目の輝きにきょとんとしていると、彼女はフリデリケの横からとことことジェットに近づいて、騎士団の制服に包まれた彼の大胸筋をがっしりと鷲掴みにした。
「「「?!?!?!」」」
見た目が幼い少女の人形による突然の行動に、三者はまったく動くことができなかった。
「ぅはぁああああ!!いいものをお持ちで!!」
もにゅもにゅ…
ハーゼの一言に、フリデリケは呆れた表情を隠さず頭痛を堪えるように手を額に当てた。大胸筋を鷲掴みどころか揉みしだかれているジェットは目を白黒させ、カルセドニーは怯えながらドン引きして三歩ほど離れた位置に逃れる。
「?!す、すまないが、フリデリケ嬢。ハーゼ嬢の言っていることとこの行動の意味がよくわからないのだが…」
「ああ、そいつは単なる老若男女問わずの巨乳好きなだけだ。適当に引き剥がしてくれてかまわない」
「い、いや。しかし。自動人形とはいえ、こんな小さい見た目の子どもを…」
「つけあがらせると、悪化するぞ」
「え?…ぅぁっ」
もにゅもにゅもにゅもにゅ……
フリデリケの言う通り、ハーゼの手つきが悪化した。
「ビバ!お乳!」
「他人様に迷惑をかけるな!バカタレ!」
すたんぴーん!
「ぴぇっ」
フリデリケが大きく床をスタンピングすると、恐怖心で耳や毛をぞわっとさせたハーゼがパッとジェットの大胸筋から手を離した。
「ジェットに何か言うことは?ハーゼ?」
「ご、ごえんなしゃい…っ」
「よし」
ぐすぐすと泣いているハーゼに、ジェットはおろおろとしながら「だ、大丈夫であるぞ。ちょっとびっくりしただけで…」と慰めようとする。
それをフリデリケは「おい、そんなことを言ってると色々と大事なものが減るぞ」とぴしゃりと叱った。
「だ、大事なもの…?」
「ああ。ごっそりと減る」
「はぁ…」
そんな初対面を経て、両者はようやく本題へ入ることになった。
フリデリケとしては、ジェットの運命のオーナー探しを手伝う代わりに、複製鍵を介してその力を貸してほしいと申し出るつもりであったが、初っ端からのハーゼのやらかしに、少々頭痛を覚えていた。
コンコン。
「失礼します。フランケルさまよりお茶をお持ちしました」
T字状の緩やかなラインの青いダルマティカを着た青年がティーセットを来客用の盆に乗せて会議室へと入ってきた。
「フランケルさまのお心遣い、痛み入ります。あとでまたご挨拶に上がるとお伝えください」
「かしこまりました」
フリデリケからフランケルへの伝言を預かり、ティーセットの設置を終えた青年は一礼すると、会議室から出て行く。
「それで、今回はどういう…?」
ジェットがフリデリケへ問いかける。
その隣でカルセドニーは用意されたティーセットの横にあったオレンジジュースを真っ先に確保し、一山に盛られていたフライドポテトに手をつけた。
ハーゼはティーセットの下段にあるサンドイッチの一つをつまみ、アイスフルーツティーをちびちび飲んでいる。
小さき者たちは、食欲に忠実であるようだ。
「運命のオーナー探しを手伝う代わりに、私がこの複製鍵を介して貴殿の力を使うことを許してもらいたい」
フリデリケがジェットの複製鍵を机の上に置いた。複製鍵の色自体は契約鍵と同じだが、モチーフの宝石がはめ込まれていない。代わりに、自動人形のナンバリングが刻まれていた。
「複製鍵…?」
詳細を教えられていないカルセドニーが首をかしげる。ジェットはそれを片手で制止し、フリデリケのほうへ向き直る。
「お力をお貸しすることは元よりノイネーティクルさんより聞いております。こちらへの害はありませんので、どうぞ、御存分に」
「ありがとう。助かる」
「運命のオーナー探しに関しては、お気になさらず。俺にはお仕えしたいお相手がおりますので」
「?では、すでに本契約を?」
「いえ。その御方がどう思っているのか、確かめてはおりませんので…」
「なるほど。その御方のお名前、私がお聞きしても問題はないか?是非協力したい」
「そうですね。協力してくれるというのであれば…」
そのとき、先ほどティーセットの用意をしていった青年が第三会議室へ駆け込んできた。