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『鹿の大聖堂』


「うーむ…」

「?どうしたの?」

「いや、少し思うことがあってな」

「思うこと?」

「現在、本契約や仮契約を行っていないのは、俺、ゴーシェ、カル、フローラ、インカローズだ。ペリドットは帰宅してこなかったところをみると、無事にノイネーティクルさんと本契約できたのだろう」

「残り五体…」


 半分以上の『楽園シリーズ』が運命のオーナーを見つけ出して本契約をしていることになる。カルセドニーはこれまでの経験から、焦っているわけではないが、この工房から『楽園シリーズ』が出て行けば出て行くほど、シャヘルがどのような反応を示すのかを警戒せねばならない立場にあった。


「インカローズはわからないが、ゴーシェやフローラはしばらく様子見するらしい」

「え、なんで?!」

「そう一気に『楽園シリーズ』の運命のオーナーが決まってしまうのも、父上のご機嫌を損ねるだろう、と」

「それはわかるけどもさ…」


 カルセドニーには、アリス・フローラやインカローズはともかく、要領のいいアリス・ゴーシェが運命のオーナーを探す機会を先送りにする意味が分からなかった。


「そもそもが、お気に入りの一体であったリチェとの本契約を奪われてしまったからな。それも、アクア兄上と同じオーナーに」

「でもそれって、ヘリオ兄やジャスパーも同じじゃん。ノイネーティクルさんは、ペリドットも入れたら三体も『楽園シリーズ』を独占することに…」

「カル。少し耳を貸せ」

「?」


 カルセドニーはだるそうに起き上がると、反対側のソファに座っていた兄の傍へ座った。ジェットは弟の白い耳に口元を近づけてこそこそと話す。

 ジェットの低い声が、カルセドニーの腰にぞくぞくと響いた。


「からくりがある」

「からくり?」

「ヘリオも、ジャスパーも、ノイネーティクルさんとは本契約していない」

「はぁ?!じゃ、じゃあどうやって…ん゛んっ?!」


 カルセドニーの声が思ったよりも大きかったため、ジェットは咄嗟にその口を右手で塞いだ。


「それは言えない。お前じゃ声が大きい上、口が軽すぎる。一応、防音魔法と口元の動きを見えなくする阻害魔法をかけておこう」


 ジェットはカルセドニーの口を塞いだ右手はそのままに、左手でそのソファ周辺に魔法を展開する。

 それを見たカルセドニーは、もごもごと兄の右手から逃れた。


「最初からそうしてよ!でも、そうなると…パパが僕らを起動したときの大元の契約解除は…」

「それは済んでいる」

「だから、どういうことだよ!パパとの契約が解除されてるってことは、誰かと本契約したってことじゃんか!」

「そこまで自分で言っていてわからないか?」

「本契約がノイネーティクルさんじゃないとしたら、他に…!…そういうことか。他に、運命のオーナーを見つけて、二体はそっちと本契約した…?」

「当たりだ」

「じゃあ、ノイネーティクルさんは、何か別の方法を使って二体の力を借りている…?」

「そういうことだ」


 ジェットはその別の方法を知っているのかどうかをカルセドニーに教える気はないようだった。それだけ、シャヘルからの圧力を誰よりも受けてきた『楽園シリーズ』だということなのだが、だからこそ、ジェットとしてはカルセドニーを一緒に連れて行きたかった。


「…そんな怖いこと、絶対パパには言えないじゃん…だって、そのノイネーティクルさんが使ってる別の方法なら、どんな人間でも『楽園シリーズ』の力が使えるってことでしょ?!今本契約している『楽園シリーズ』以外は、本契約しなくてもよくなっちゃう…運命のオーナーを探せない…っ」

「だからこそ、父上には秘密で事を進める必要がある」

「このこと、他に知ってる人はいる…?」

「すべてを知っているのは、既に本契約を済ませた自動人形だけだ」


 つまり、ジェットもまた知らされていることに限りがあるということだ。


「…ジェット兄」

「?なんだ?」

「今日、絶対ついてく。絶対、早く運命のオーナーを見つけなきゃ…っ」

「カル…」


 束ねていない長い髪をぐしゃぐしゃにしているカルセドニーを見たジェットは、弟がぼろぼろと泣きだしていることに気付いた。


「もう嫌なんだよぉ…っこの家にいるの…っ。パパの住んでいるこの家にいるのが。いつまでもいつまでも虐げられて、自分をすり減らして生きてかなきゃいけない、この現状が…」


 シャヘル-父-によってこの弟は一番追い詰められている。それが目に見えて分かった。

 カルセドニーと似たような状態に晒されていたのは、ペリドットもまた同じだったが、先に運命のオーナーであるミスティラポロを引き当てていた幸運が、結果的にあの末っ子の心を護っていたのは確かだった。

 ペリドットはもうミスティラポロに任せておいていい。だからこそ、ジェットはカルセドニーに肩入れすることにした。


「ああ…だから、お前に声をかけた」

「っジェット兄ぃ…っ」


 泣きじゃくる弟の頭を軽く抑えるようにして撫で、どこからか取り出したタオルでその顔を拭ってやる。


「支度をしろ。ヴェストさまが待っている」

「…わかった」


〓〓〓〓〓〓〓〓


 フリデリケからの手紙には、待ち合わせ場所が明記されていた。外出する支度を済ませたカルセドニーを連れたジェットは、その場所へ向かって歩く。

 日差しが強いため、カルセドニーは可愛らしい日傘をさしてその後ろについて行っていた。


「ジェット兄、本当にここなの?」

「ああ。恐らく、ヴェストさまにとってはどこよりも信頼がおける場所だろうさ」


 1番街の中でもひと際秀麗な趣のある『鹿の大聖堂』。ここは、王都でも有名な聖地である。身分問わずに選出された聖女や聖少年といった清らかな人材を多く有している。



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