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天才自動人形師、シャヘル・クオレは粛々と誕生する


 彼は自動人形を一体一体、完璧に、最高傑作としてこの世界に創り出した。

 遠い昔。眩しく、羨ましく、苦々しく、腹の底から憎いとさえ思った才能を持ったあの少年に出逢ったときから。青年は己の天賦の才を研鑽することに努めてきた。

 きっと本来であればあの少年は、青年の最初の友…いや、一生涯以上の親友になってくれるかもしれない存在だった。


 だが、そんなことに気付きもしないほど他者への興味を持てなかったのは、彼自身の性格の影響が大きいのはまず間違いない。

 そこに、生まれや育った環境、親が密接に関係していた。


 三大大陸共通暦286年、青紫色の月の16日目。白昼の大陸にある『アギオラブロ』という王国の王都、ラブロ1番街で、青年は誕生した。

 アギオラブロでは、ラブロ1番街にある王宮に近づけば近づくほど、釉薬で装飾されたレンガで作られた芸術性の高い建物が多く密集していて、そこでは貴族や有力商人、一部の学者や貴族お抱えの有力職人などが居を構える。

 2番街には赤レンガの綺麗な街並みが広がり、国が援助や保護をしている学問、研究に携わる人々が住んでいる。

 3番街からは中流階級から下流階級の人々が住んでいるが、そこでの階級による線引きは曖昧だ。というのは、住宅や建築物に使用されているレンガの種類がほぼ同等のものだからだ。中流階級と、下流階級の中でも商才や実力のあるやり手の住まいにはさほど大きな違いがない。スラム街として位置づけられるような場所に住む最下層の民は、安価なレンガで住居を建てている。


 青年、こと、シャヘル・クオレは、生まれ落ちたその瞬間から、凡人には理解できぬ奇異と歪みをその身に内包していた。

 彼は産声をあげず、治癒術師と産婆を右往左往させ、母親であるチェリス・クオレを心配させた。だが、サガが赤ん坊の顔をお湯で温めた柔らかい布で拭いてやるとゆっくりと瞬きをして、そのまま眠りについたという。


「子育てとは、もっと大変なものだと伝え聞いていたつもりだが…」

「ええ。赤ん坊の世話は親がノイローゼになるほどだって、育児書にも書いてあったのに…」


 あまりにも静かな赤ん坊であるが故に、両親はシャヘルの健康や成長を危ぶんだ。

 サガ・クオレは、稀代の自動人形師の一族であるクオレの家系最後の生き残りである。その第一子として生まれたシャヘルには、とても期待がかけられていたと言ってもいい。

 二人はひたすら赤ん坊であったシャヘルにつきっきりとなった。


「サガ。私、気付いたことがあるのだけれど…」

「ああ、君もかい?」


 次第に、泣き声のタイミングやリアクションによって、彼との意思疎通が可能であることに両親は気付いた。


「大ババ様や私は異世界転生者であったし、もしかすると、シャヘルも…?」


 そう考えたサガは、何度かシャヘルに「お前は異世界からの生まれ変わりか?」と問いかけた。けれども、当の本人は身体をどうにか捩じり振って否定した。

 シャヘルが話せるようになってからよくよく事情を聞いてみると、チェリスの胎内にいた時点で周囲の音や会話が聞こえており、それで言語をすでに習得した状態で生まれてきていたらしい。彼はとても耳の聞こえが良いようだった。それ以上に、神がかり的な頭脳の持ち主であった。

 近所の赤子と比較しても、明らかに違う雰囲気を纏っており、チェリス譲りの菫色の目とつやつやした深紫色の髪。美しく通った鼻筋はサガによく似て知性を感じさせた。サガのように獣人の尻尾は遺伝しなかったようだ。


 では、その所持スキルは?

 両親はスキル判定の儀式を行っている教会へ、生まれたばかりの息子を連れて足を運んでいた。サガもチェリスも教会は大嫌いなのだが、スキル判定を行える者は教会占有となっているために渋々、といった様子だった。


「この子は生まれながらの、自動人形師だというのか…」


 結果が出たとき、サガは呆然と呟いた。


 クオレ一族特有の『人工精霊創造』『状態保存』『美容整形ガチ課金勢』スキルを当然のように保持していた。

 『人工精霊創造』のスキルは、文字通り自動人形の中に封入するための人工精霊を創り出すためのもの。

 『状態保存』のスキルは、創り出した人工精霊を自動人形の中へ封入するためのもの。これ自体は珍しいスキルではないのだが、このスキルを『転魂魔術』というレアスキルへ進化させることができたのは、クオレ一族の祖であるプシュケだけだ。『転魂魔術』は、自動人形の中へ自らの魂を封入するためのスキルであり、プシュケにとっては『美容整形ガチ課金勢』のスキルと密接な関係があった。


 では、『美容整形ガチ課金勢』とは何かといえば、創造者の理想美を持った人形を作り出すためのものだ。

 納得がいくまで自動人形のパーツを弄ることができるし、このスキルを使用して作り出された自動人形は人々が異常な執着を示すほど妖しい魅力を持っていた。


 クオレ一族に発現するこの大まかな三つのスキルは、だいたいどれか一つだけ持って生まれてくるのが常で、自動人形師としての才能を研鑽することによって、ようやく二つ目や三つ目を獲得できるのであった。


 サガでさえ、プシュケから『美容整形ガチ課金勢』や『転魂魔術』のスキルを継承するまでは持ちえなかったというのに。


「シャヘルは正真正銘、生まれながらの天才なのね!」

「…」


 母親であるチェリスは、そんな他の子どもとはちょっとだけ変わった息子を愛した。対する父であるサガは、そんな天才自動人形師としての素質を持つ息子に上辺だけの愛情を与え、チェリスだけを愛していた。


 それが、どうしたって覆しようもない、シャヘルの中の真実となるのにそう時間はかからなかった。


 父からの愛情は偽物だ。だが、シャヘルにとってそんな愛情など望めなくとも問題はなく、居心地の良さだけを求めるならば母がいればよかった。

 他者という存在も居ようが居まいがどうでもいい。ただ、邪魔さえしなければいい。


 サガは自動人形師としての仕事を、6歳を超えたシャヘルにも担わせるようになった。家業なのだからそれも当然のことなのかもしれない。シャヘルには三つのスキルがあったのだから、尚更自動人形師としての研鑽は怠ってはならなかった。

 サガの自動人形師としての腕前以上に、幼いシャヘルの腕前は比較しようもないほどの素質があった。

作り始めた頃は粗削りだった人形のあらゆるパーツが、ものの数時間で洗練されたものへと変化していく様子を、サガは最初の内は喜んだが、それもすぐに嫉妬へと変化していった。

 ゆえに、サガは新しい人形のパーツをシャヘルにデザインさせ始めた。ゆくゆくはもっと性能が良い自動人形を創作させるためだ。

 息子は父親の思惑に気付いていた。けれども、些事だった。いつ独り立ちをしたっていいようにしていたのだから。むしろ、シャヘルには研究したいことがあった。

 父はそんな息子をいつまでも支配下に置いておけると思い込んでいた節がある。その証拠に、シャヘルの自動人形師としての素質を試すようなことばかりした。他の子どもの親が聞けば軽蔑するだろうほどの過干渉と詮索を何度も何度も繰り返した。

 シャヘルがサガをまったく信用しなくなったのには、そうなるだけの理由をサガ自身が与えていた。

 チェリスはそんな二人をどう宥めてよいものか思い悩む日々を繰り返すしかなかった。


 元々、サガはシャヘルが生まれるより以前に、自動人形師としての仕事は、クオレ一族の祖であるプシュケ以上の自動人形が作り出せないと見切りをつけていた。

 代わりに、様々な国の治癒術師と提携し、自動人形のパーツを人体に応用できる技術をさらに向上させた。

 危険な魔物や魔獣が蔓延るこの世界において、義眼、義手、義足、人工皮膚、いくつかの人工内臓など、人体がどこかしら欠損した場合の代替品は重宝されていた。

 魔力量が多くその制御に長けた治癒術師がいて、さらに条件が揃えば、欠損も再生することが可能なのだが、どうしたってその条件がきっちりと揃うことなど奇跡に近い。


 中でもとりわけて重宝されたのは、人工声帯だった。


 この世界の人間は、家事をするにも魔法や魔術に頼ることが多い。日常的に詠唱を必要とするのだ。魔法や魔術を使うための詠唱ができなくなることは、死活問題にも等しかった。

 それどころか、声質によって魔法や魔術の効果が変移することが研究で判明してからは、自ら望んで人工声帯を移植しようとする人間まで現れた。もっとも、そうした理由で移植が許されるのは、膨大な魔力を持っている貴族のごく一部や教会の聖職者、騎士団の中でも剣の強さは一流であるのに魔力に関する才能が一切無い者などに限定された。

 量産が可能な物でもなく、移植自体も危険であったからだ。


 自動人形のパーツの技術の対価は莫大な富となってクオレ家へ還元されたが、忙殺されるようになったサガは、各国の伝手で『美容整形ガチ課金勢』に準ずる『造形』などのスキルの持ち主を自らの工房へ大勢雇い入れた。



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