この子の知らない現状説明
「そもそも、どういう称賛ですか、それ。むしろ称賛してますか、それ」
「あと、感度も最高」
「おい」
とうとう、ドスの効いた声がペリドットの喉から放たれた。
「ほんとのことじゃん」
「…ちなみに、なんで白レースなんですか」
悪びれもしなかったミスティラポロにやや諦めつつ、色について問う。この男ならてっきり、もう少し扇情的なものを選びそうでもあると思っていた。
「知ってる?白いブラって白い服を上に着ると透けて見えるんだよ」
クソ真面目にクソなことをのたまいやがる。だから、なんだ。そのきりっとした顔は。
「つまり、わざと透けさせたい?」
「欲望に忠実なことを許してくれるのであればねー。帰ってきてからと休みの日だけでいいから。ほら、普段用のちゃんと透けにくいベージュとかも色々用意したから」
普段用のブラジャーまで用意されていた。
正直、サラシは使うのが極限面倒だ。それでも、この三年間はシャヘルのいいつけもあって常用してきたわけで、違和感がある。
おまけに、彼が持って帰ってきた紙袋は晩御飯が入っている物を除くと、まだあと四つもある。
他にどんな服や下着が用意されているのか、と、ペリドットはちょっとだけ気になった。
「ちなみに、サラシという選択肢は?」
「ない、というより、俺がヤダ」
「…百歩譲って、もう一つ聞きたいことが」
「うん」
「このパンツ…ちょっと、どころではないくらい布面積が…」
「寝るときと休みの日だけでいいから。普段の『赤夜光』対策に出かける時は、いつものでいいから」
「えっと、その…はみ出ますよ?ボクのここ」
言い出しにくい単語を口にしたくなくて、ペリドットはシーツで隠している上から、下半身を指さした。
「想像したら、正直それがちょっと興奮した」
「…ぅわぁ…」
ペリドットの表情はドン引きしていたが、そのまま物理的距離を取りにかからないところは優しさだった。
「リディちゃん限定だから」
「やな限定だな…そもそも、ラポロさんは最初からボクがふたなりだってわかってたんですか?」
「いやー?リディちゃんって、腰から尻にかけてのラインが誤魔化せるか疑わしい安産型じゃん?だから、単純に男装ボクっ娘だと思ってた」
「はぁ」
「それに、あれだ。リディちゃんの(自主規制)って、(自主規制)がなくて(自主規制)が(自主規制)した状態だから、男の子というよりは女の子寄りだし。長さも、中くらいのさやえんどうサイズじゃん?世の中の女の子の(自主規制)って、米粒大から親指大まで様々だったし、似たようなもんだって」
「色々引っかかっているところはありますが、ツッコミきれないのでムカッときたところだけツッコミますけど。世の中の人間のどれくらいと比べられたんでしょうね、今」
「だから、もう他行かないってー」
「どうだか」
「だって、リディちゃんはこれからずっと俺と暮らすでしょ?」
「え?」
「え?って、じゃあ何のためにジャスパーがリディちゃんの私物を持ってきたと思ってんの?」
「これってそういうことなんですか?」
「そりゃあそうだよ。昨日、リディちゃんと本契約できなくても、そのまま帰したらいつまた誰かと仮契約させられるかわからなかったし。第二王子がリディちゃんには他に契約したい人間がいるってクオレさんに暴露したとかで、変な妨害かかる可能性もあったから。それなら絶対帰さないほうがいいじゃない」
「ふむ…」
「何かあの工房に心残りでもある?」
「いえ、ありません。しいて言うのなら、お風呂ですかね」
「あー、やっぱり風呂?ごめんね。それは、今後の俺の頑張りでもしばらくは無理かな」
「だから、しいて言えば、です。…そんなの今はどうでもいいくらい満たされているものがあるので」
ペリドットは少しだけ頬を赤らめ、ぽしょぽしょと小さい声で言った。
「ん?」
「だから、その…」
「うん」
「ラポロさんがずっと一緒にいてくれるんなら、何も、問題はないということです…」
「ふーん。素直になったねぇ」
「知りません…」
「ところで、リディちゃん」
「はい?」
「早く服着てくれないと、晩御飯、というか、朝昼晩兼用の飯が食べられないんだけど…」
「あ、すいません!」
ばさっ…
ペリドットは慌てて巻いていたシーツを取り払い、渡された衣類を身に着けようとした。
「…いいねぇ…絶景だわー…」
「ふぇ?!見ないでくださいよ!!」
「だってここ、一部屋だから」
「…シャワー室で着替えてきます…」
「えー、見たいのにー」
「どういう趣味ですか…もう…っ」
ペリドットが部屋の扉の右横にあるシャワー室へ駆け込んでいったのを見届けたミスティラポロは、テーブルの上に買ってきた晩御飯を並べ始めた。
「『箱入りお嬢さま』の口に合うかねぇ…」
ミスティラポロの懸念は、ペリドットがどこまで彼の生活様式や水準にまで慣れてくれるか、という一点だった。
足を伸ばせて入れる風呂が無いことには目をつぶってくれるらしいが、あの自動人形工房の自動人形たちは貴族に近い暮らしぶりをしている。おそらく、シャヘルもそれを見越してそういった生活に慣れさせているのだろうが。
現に、モルフェームの自動人形であるアクアマリンとアリス・リシアは、どういう理由あってか、シャヘルの自動人形工房へ帰っているわけだから。
なお、ヘリオドールやジャスパーは、それぞれ勤め先を持っているため、元々拠点をそれぞれ三番街に持っている。それでもシャヘルの自動人形工房へ帰宅しているのは、とある下準備がすべて完了するまでのカモフラージュだったりする。
「着替えてきました!」
「んー?あー、これは、うん。俺、天才。部屋着に透けブラ大勝利…!!」
(この人、なんで変態であることを誇っているんだろう…?)
「ちょっとくるーってしてみて、くるーって」
「…?はい」
言われるがまま、ペリドットはミスティラポロの前で横にくるっと回転した。
白い部屋着はふわっと広がった後、ペリドットの体のラインに沿って一度密着し、また離れてそのラインを隠した。その一連の動きが、ミスティラポロには非常にくるものがある。
「あー、いいね。可愛い可愛い♡」
「か、かわいい…ですか…?」
「人間は好きな子の油断満載装備に弱いんだよ」
「そ、そうなんですね…初めて知りました」
工房からここに住むことが確定したペリドットに、ツッコミを入れてくれる存在は皆無である。この子はこれからどんどん彼に丸め込まれていくのは必定と言えた。
「あ。それで、だ」
「はい」
「ご飯食べながら、現状説明させて」
「?はい。じゃあ、準備…あ…」
テーブルには屋台で買ってきた惣菜パンやカップサラダ、それから、水の入ったグラスが二人分置いてある。
「ん?どうかした?」
「いえ、準備してくれたんだなって」
「んー、だってあの工房って、メイドさんいるし。リディちゃんは基本的にお嬢さまみたいなもんでしょ?どの程度まで自分で自分のことができるかわかんないから。初日くらいはね」
「別に、なんでもかんでもしてもらってるわけでもないですよ?メイドさんがお休みのときは、ボクが姉のお世話係でしたし」
「え?」
ミスティラポロとしては、少々聞き捨てならないことを聞いた気がした。けれども、それを発した本人はけろりとしている。
「だから、お洗濯後のアイロンがけと…あと、お買い物くらいですよ。苦手なの」
「へぇ。って、買い物?なんで?」
「何故か買う必要のないものをお店の人が無料でたくさんくれる場合が多いので。断るのが大変なんです」
「あー…じゃあ、買い物は一緒に行こーね。ちょっと色々心配だから」
「?はい」
「えーっとそれでさ…」
窓際のテーブルまで手を引きつつ、ペリドットを椅子に座らせると、自身も向かいに座った。
「はい」
「まず、驚かないで聞いてほしいんだけど、俺が現時点で本契約をしているのはリディちゃんだけなんだよね」
「はい…は?」
ペリドットの表情が思い切り『何言ってんだこいつ』と言っていた。
「まぁ、そういう反応になるわな」
「ちょ、ちょっと待ってください!いったいどういうことですか?!」
「うん。えっとね。これを見てほしいんだけど」
ミスティラポロは自身の肘関節に巻かれた包帯を取り払った。