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「そもそも複製品では契約はできない、というのがノイネーティクルの説明だったがな。私はただ、ジェットの力を借りようというだけだ。とはいえ、契約やジェット自身の運命のオーナーについての考えも一度聞いておくべきだろう。それに、彼が本契約をする相手と出会えるのであれば、私が戦闘時に彼から借りられる力も大きくなるはずだ」

「なるほどなるほど」

「問題は、ジェットと会うためにはクオレの所へ行かなければならないということだな。うーん。騎士団のジェット宛てに手紙でも書くか」

「フリデリケはシャヘルの顔以外は嫌いだもんな」

「顔だけはいいんだよな、クオレ。それをマイナスにするだけの要素が満載なだけで」

「うはははは!」


 ハーゼは製作者であるシャヘルを思い浮かべて爆笑した。ハーゼの場合、目覚めた瞬間からフリデリケの自動人形であったため、『楽園シリーズ』とは違い、彼と過ごした期間は皆無に等しい。だが、その皆無に等しい期間の中でしっかりと彼の厄介さを理解していた。


「さて。帰るか」

「クレープ!クレープ!」

「ああ、買って帰ろう」


 フリデリケはハーゼの手を握り、ハーゼもまたその手を握り返した。

 スラム街には再び異様な静かさが戻る。


 暑い日差しが照りつけ始めた時節。夏を強く想起させる風が、辺りをいやに気だるくしていた。


〓〓〓〓〓〓〓〓


「ん…?」


 ペリドットはじんわりとした暑さにゆっくりと目を開いた。身体がだるくて、頭がぼんやりとしている。部屋の中は真っ暗で、今の時刻もわからない。

 そもそも今いるこの場所がどこであるのかをじっくりと思い出そうとする。


「(ここって、ラポロさんの…)っ…腰、痛…」


 寝返りを打とうとして、鈍い腰の痛みに仰向けの状態から動けないことを自覚した。その痛みでじわじわとこの身に起きたあれこれが頭の中に再生され、急激な羞恥に襲われた。


「…凄かった…ボクの回復が間に合わないくらい、凄かった…♡」


 熱い頬に手を当てて、体に絡むシーツの感触にぞくりとしながら目を閉じる。自動人形としての体とは別のところにある自分。その中にあったはずの空虚がなみなみとした温かいものでいっぱいになっている。


「(彼に喰らわれたのはボクのはずなのに、こちらが彼を喰らい尽くしたかのような充足感…)ああ…あれだけの飢えが…乾きが…満たされてる…ふふ…ふふふ…っ」


 意識がはっきりとしてくれば、ペリドットの自己回復機能は平常通りに稼働を始める。痛みはゆるりと散らされていき、いつの間にか、足元がパタパタと嬉しそうに動いていた。


「…あれ?ベッドのマットレスがいつの間にか本来の定位置に…?」


 暗闇に目が慣れて、部屋の中の様子がわかってくると、自分がどこで寝かされていたのかがすぐにわかった。

 どうやら、ペリドットが眠っている間に、ミスティラポロはちゃんとベッドメイクをし直したらしい。

 裸で寝かされていたためにシーツを体に巻きつけ、ベッドの横にはスリッパが置いてあったのでそれを履きつつ、サイドボードの明かりをつける。


 本契約が遂げられたことで、心臓部の鍵穴は皮膚で覆われて塞がっていた。本契約は二度と解除できないため、鍵穴は必要なくなる。


「ボクのお洋服…あ、窓のところに干してある。洗ってくれたのかな??でも、結構いい素材だから、傷んだりすると困るんだけど…って、ええ…嘘、うちのメイドさんと同じくらい良い仕事してる…」


 ブラウスのフリルがふわふわの状態を保っている。香りからして、クオレの家で使っている洗剤の香りではないので、ミスティラポロが普段使っている洗剤だろう。つまり、このブラウスだけでなく、この窓辺に干してあるペリドットの服は一度ミスティラポロが洗濯しているのは間違いない。


「…そういえば…くんくん…くんくん…うちのじゃないお風呂の石鹸の香り…?寝てる間にシャワーしてくれたってこと…???は?面倒見良すぎでは…?」


 体からは嗅ぎ慣れたボディソープの匂いではなく、何かの花の香りがした。髪に触れてみると、いつもより何故かさらさらしている気がする。

 というか、人造皮膚が普段よりも潤っているような…


 トントン、ガチャ…


 良い意味での違和感に困惑していると、ノックの後に部屋の扉が開いた。


「!」

「あ、起きた?おはよ。ていうか、もう夜だけどさ」

「ボク、どのくらい寝てたことになるんでしょう?」

「今日の昼からだから、そんな長くもないよ。俺の場合、昼に各所へメッセージ送ったあとに寝て、夕方くらいに起きた感じだし」

「えっと、じゃあ、おそよう?ですかね??」

「そんな感じ?まぁいいや。それより、まずはこれ着て。そのまんまじゃ落ち着かないだろうと思って」

「え?」

「晩飯買ってきたから、食べよ?あと、さっきジャスパーがリディちゃんの部屋の私物を全部持ってきたから、確認して」

「え?え?」


 急な話だ。だが、とりあえず、ペリドットはミスティラポロから渡された紙袋の中身を取り出した。


「これ…」

「部屋着と下着。俺がリディちゃんに着せたいやつ」

「!!デフォルト以外の…クオレ製じゃないお洋服ってことですか!?」

「そうだけど」

「わぁ、初めてです。ごっちゃりしてないの」

「ごっちゃり(なんかわかる)」


 部屋着のほうは、球体関節が隠れるような長袖だが、夏の暑苦しさに合わせて薄手で軽い。色は全体的に白で、だぼっとしているが、黄緑色の刺繍糸で可愛い模様が入っていた。それから、部屋着用の長ズボンは緩めで、色は黒。なんだか、本当にシンプルで可愛い。


「…って、こっちは…」


 問題は、下着のほうだ。


「どったの?」

「あの、これ、ブラジャー…」


 困惑と戸惑いを全面に出すことで、一応、間違いではないか、と目で訴える。


「サラシじゃきついかと思って」


 残念なことに、ミスティラポロは大真面目にそれがペリドットに必要だと思っているようだった。ペリドットは思っていたよりもミスティラポロが己の欲望に忠実であることに慄いた。


「ええ…一応、ボク、男型…」

「俺が全部見て触って色々した後で、それはないって。カップAA60。俺の口で片乳全部吸い込める一口サイズが最高の、謙虚の極みバスト」


 なぜそこでキメ顔とサムズアップなのか。



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