赦しを手に入れた者、未だ赦しを乞う者
「ここまでのリディちゃんの願望と質問には全部、言葉と態度で返すから、それでいい?」
『赤夜光』退治用に着ていた防具とシャツを脱ぎ捨てつつそう言うと、ミスティラポロはペリドットの額にひとつキスを落とした。
「え、え、あの、本契約…」
ペリドットは体を丸くして自身を庇いながら、顔を赤くして慌てるだけだった。
「うん。さっさと済ませるから。契約鍵ちょうだい」
「ぇえええ?!」
「そうしたら、俺のこと許してくれるんでしょ?」
「そ、それは…」
「ジェリコのこと根掘り葉掘り調べたのも、俺のことを知るためや嫌がらせ、ってより、俺の中の罪悪感の拠り所みたいになっちまってる存在を潰したかったって感じっぽいし?」
「ぅ…っだって…っラポロさんが悪いんです!ボクがいないときにボク以外を見るから…っ」
むすっとした表情でペリドットはミスティラポロを見上げる。ところが、見上げた先のこの男ときたら、心底恍惚とした表情でこの子のことを見下ろしていた。
「うんうん。健気なヤキモチ妬きには、充分報いるつもりだから♪んー♪」
「っ…!」
チュっと軽いリップ音と小さな唇へ触れた感触に、ペリドットは仰天して目を丸くした。あまりにも軽く、また、恥じらう暇すらなく、簡単にこの子の初めてのひとつが奪われていった。
「死んでる人間にすら嫉妬すんだもん。どんだけ俺のこと好きなのって話」
「…おかしい」
「ん?」
「途中までボクが主導権持ってたはずなのに」
「はははははっ。リディちゃんには無理無理。おとなしく、ぜーんぶ頂戴!あ、契約鍵、こんなところにつけてたんだ」
ペリドットの裸の細い腰には金色の細かい鎖が巻きついており、そこに契約鍵がつけられていた。ミスティラポロは横着にも、力任せにその細かい鎖を引きちぎり、契約鍵を手にする。
「もう、勝手に取らないで、最悪!ぅん…っ」
この子の心臓部あたりにある鍵穴に、ミスティラポロの魔力が込められた契約鍵が沈んでいく。
カシャン…
「お、全部入った」
「ぁ、あ、ああああああん…っ♡」
本契約が完了した途端に、ペリドットの喉からあがる甘ったるい嬌声。その体には仮契約や調整時の比ではないほどの快感が魔力と共に流れ込んでいた。
ミスティラポロの腕を、力を込めて握り、背中を逸らしたペリドットはびくりびくりと跳ねる。
「いい眺め…」
「ぁ…っ♡」
捕食者の目をした彼を前に、体の疼きに屈したペリドットはすっかり抵抗を放棄した。
これを皮切りにこの瞬間から翌昼にかけて、ひっきりなしにミスティラポロの部屋の中ではとてつもない声量のやましい声が響き渡ることになったのだが…
振動以外は一切、魔法で外へ漏れ出てくることはないのだった。
この日以後、ペリドットは工房へ帰ることはなくなった。さらに言えば、その身はすべてミスティラポロの触れていない場所はないと言い切れるほどにどっぷりと、文字通り彼色に染められていくのである。
そうした深夜の営みに関しては、それなりに秘することとして、ひとまずは本筋を先に進めることにしよう。
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「ノイネーティクルから報告をもらったが…あの坊やが『楽園シリーズ』の第2自動人形と仮契約したらしい」
「ルンルン(イリスカルン)王子がぁ?絶!対!無理!でしょ。あいつ、リルリル(フェリル)たちの件で、ハーゼたち自動人形のこと大っ嫌いだもん」
翌昼。
ミスティラポロから昨日の王宮でのあらましを聞き知ったフリデリケはハーゼを連れて、『赤夜光』の探索も兼ねて外へ出かけていた。
「…そうだな。このままなら、遅かれ早かれ破綻する」
「仮契約だし、罷り(まかり)間違って本契約しちゃっても『楽園シリーズ』だから自壊はしないと思うけど、愛情をひとかけらもくれない相手と契約すること自体、自動人形にはものすっごく苦痛なんだから」
「なりふり構ってられないということさ。フェリルはそれだけ、あの氷の坊やにとって最上級のひだまりだったんだから」
「リルリルはぬっくぬくだったよね!ヒュントヘンとそっくりだった!」
「ああ…」
すでに懐かしい思い出となりつつある記憶を反芻しながら、一人と一体は多数の廃墟と化しつつあるスラム街へ足を踏み入れる。
「なんていうか、ここ。ついさっきまでここで作業してたけど、誰かに呼ばれたからそのまま放置してそっちへ行ったって感じのお家が多いよねー」
「おそらく、そのとおりだろうな。『赤夜光』は、呼ぶモノだ。『赤夜光』数が多ければ多いだけ、人間は呼ばれてしまう」
「そうして帰ってこない、か」
家の扉をひとつひとつ開ける必要はない。『赤夜光』大量発生ののちにスラム街すべてが調査された際の状態のままであったからだ。
つまり、閉じている扉がない、はずなのである。時折閉まっている扉があるのは、新しい住人がいるからなのか、はたまた、元居た住人の親戚などが訪ねてきて整理していったのか…
フリデリケはわざわざ閉まっている扉を開こうとは思わない。
「きっと戻ってきたくないんだよ」
「「!?」」
突然、背後からぞくぞくと鼓膜を震わせるような少女の声が聞こえてきた。
振り返るとそこには、王宮に侵入したあの黒くて大きい異形が立っている。
「会いたかったよ、『星見人の百合』隊長のお姉ちゃん」
大きな体躯やごつごつとした腕、顔まで全身に纏った黒衣の異形。その姿の印象に対して、声質は明らかにちぐはぐだ。
「貴様…ニア…」
「うふふふ。久しぶりだね。あれだけのモノを失ったのに、まァだこの国にいたんだァ」
「王宮に現れたという黒の異形…やっぱりお前だったか」
フリデリケはニアというこの黒の異形のことを嫌と言うほど知っていた。
「うーん、そういうことになるかなァ」
「何故お前が『楽園シリーズ』の『オリジナル』とつるんでいる?」
「だってェ。面白そうだし?」
ニアの声音が明らかに笑っている。フリデリケもそれがわかっているために、余計苛立つのだ。それでも、ここで自らの苛立ちを抑え込もうとしているのは、彼女が持っている現状の力でニアに対処できないと判断しているからだった。
「面白そう?」
「国の重要人物が失われることでどれだけ混乱するのかァとかァ。そこからさらにどれだけのものが失われるのかァとかァ」
その顔は黒衣で覆われているために、どのような表情をしているのかが全く分からない。
フリデリケの横では、ハーゼが毛を逆立てて臨戦態勢に入っている。フリデリケは左手でそれを制した。
「たくさんのモノが失われること。それが目的か?」
「そうだよォ。あのときも隊長のお姉ちゃんが無能なせいでたァくさんなくなったでしょォ?」
「っ…」
「ほんッとうに面白かったなァ。でもォ、全部なくしちゃってもよかったなァって思ってるんだァ。隊長のお姉ちゃんのこともォ。その面白くないガラクタもォ」
ごつごつとした右手の人差し指。それがニアの視界から見て、フリデリケの首とハーゼの首を切るように左へ軽く振っていく。
「ちっ…だったら六年も待っててくれなくてもよかったんだがなぁ…」
「んー?それはそれェ、これはこれってやつだよォ。手違いもあったしねェ」
ニアが左へ振った右手の人差し指を、おそらく顔…唇があるだろう位置へと持っていき、左側へ体を傾ける。
ニアの動きはとても可愛らしい少女めいている。王宮で目撃されたときの戦いにおける動きとはあまりにも違う。