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真実を暴くのは、誰のため


「親友さんが死んだのは、自分のせいだって思っているんでしょう」

「…リディちゃんに何がわかんの」

「だってボク、ラポロさんは変なところで真面目な人だってことは知っているので」

「はぁ…」

「やっぱり。思ってますね」

「…だったら何?」


 少しきつい言い方になったが、ペリドットは絶対にミスティラポロから離れようとしなかった。それまでの恥じらいなど、どこかへ行ってしまったかのように、三年分を取り戻すように、べったりと体を密着させる。ペリドットと彼は5センチ違いの身長差だが、体格が違いすぎるため、どことなくペリドットがしがみついているようにも見えた。


「ボクからしてみれば、ラポロさんのせいだとは思えないんです」

「は?」

「そもそも、ジェリコさんを取り込もうとした『赤夜光』のせいでしょう?ラポロさんの中にもそう考える節があるからこそ、『赤夜光』について調査してきたはずです」

「…だからってさ、俺の一言がきっかけであいつの催眠状態が解けたのは事実だし、あのあと、あいつが柵を乗り越えて落ちるような状態にしたのは…」

「ラポロさん、その当時のことをその場にいたお仕事仲間の方々に聞いてみましたか?」

「え?」

「ジェリコさんの転落死に関する調書を読んだところ、ジェリコさんが柵を乗り越える直前、『赤夜光』が『ジェリコ…どうして…私を…』と言葉を発したらしいのです」

「それが?」

「ボクたちの知っている『赤夜光』は、欠片でしかない。だから、『肯定せよ』と『否定せよ』しか繰り返しません。つまり、ジェリコさんを狙っていた『赤夜光』は、欠片以上に力を持っている存在だったと考えられます」

「…」

「これまで『赤夜光』の欠片に取り込まれかけた人々の例を思い出してください。ボクやラポロさんの知る事例の中で、こちらからの呼びかけに正気を取り戻した人、いましたか?」

「!いや…いなかった…」

「そうなんです。ということは、転落死する前のジェリコさんは、おそらく正気ではなかった。むしろ、『赤夜光』が何か別の物に変化したのを見てしまった」

「別の物…?」

「ボクは、ボクの推察を立証するためにヘリオ兄さまにジェリコさんの恋人だったメリッサさんの遺体を埋葬した業者さんを探し出してもらいました。そうしたら、どういうわけか、メリッサさんは火葬されてから埋葬されていたんです(※この国では基本、土葬)。これが、メリッサさんの火葬前の遺体の状態に関する記述です」


 ペリドットはミスティラポロから体を離すと、ポケットから一枚の紙を取り出した。それを受け取ったミスティラポロの目がハッと見開かれる。


「!…これ…」

「ジェリコさんは、その業者さんに『恋人が病気を苦に首を吊った』と伝えていたそうです。ですが、縄で首を吊ったにしては妙な締め痕…人の手による扼殺痕が、うっすらと見えていたそうで…」

「!!まさか、ジェリコのやつ…」


 ミスティラポロの脳裏には、献身的にメリッサの看病をしながら、彼女の病気を治すために情報屋以外の仕事を掛け持ちしていたジェリコの姿がよぎった。メリッサの病気は治癒魔法や魔術では治すことができず、薬学治癒師が特別な調合をした高価な薬を服用していた。その薬が家計を圧迫していたことは、ミスティラポロも知っていたし、たまに仕事における情報を譲ったり、金銭的に援助をすることもあった。

 それでもなお、ジェリコがメリッサをその手で殺めてしまうほど追い詰められていたとしたなら、彼女の死後のあの狂い方はどこか納得できるものがある。


「とはいえ、業者さんはそれ以上教えてくれませんでした。なんでも、ジェリコさんには借りがあったらしく。というか、その業者さんを探すのにもかなり骨が折れた、とヘリオ兄さまが。あまり、表で葬儀業をしてないのかもしれないですね。それに、この国は要人の死や遺族からの訴えがあった場合でないと、どれだけ不審な死に方をしていても、詳しい調査も入りませんから」

「…」


 ミスティラポロは愕然としてその紙を見つめた後、ぐしゃりと握りつぶした。


「おそらく、の話ですが。事故当時、『赤夜光』は焦っていたのでしょう。ジェリコさんを取り返しに来た人間が大量にいたわけですから。それも、心に欲めいた願いや隙を持っている者たちではない。ただ、仲間を救出しに来たというシンプルな動機の人間たちでしたから、同時に取り込むことなんて困難だったはずです。だからこそ、いて死ぬ直前のメリッサさんの姿をジェリコさんに見せたのではないでしょうか」

「じゃあ、だとしたら…」

「ねぇ、ラポロさん」

「…」

「これでも貴方は、自分のせいだと自らを責め続けますか?」


 紙を握りつぶしたそのごつごつした手を、ペリドットは労わるように両手で包んだ。

 ミスティラポロの中に在ったはずの、おぞましいほどの内罰はその瞬間、ペリドットによって解放され、柔らかい真綿で包まれたかのようだった。


「もし、ここでその質問に肯定したら?」

「なんてことはありません。ボクは、ラポロさんを許し続けるためにその根拠の在処を探します」


 ペリドットは右手をミスティラポロの手から離し、自身の黒いリボンタイに指をかけて引っ張った。しゅるりと音を立てて、リボンタイが外れ、衣装の首元が緩む。


「そんなもの、どこにもなかったら?」

「そうですね。世界中の誰しもがラポロさんを許さなくても、ボクが許し続けます」


 ペリドットから視線を外して俯いてしまったミスティラポロにそう答えつつ、この子は左手も彼の手から離した。それから、黒い上着を脱ぎ、真っ白なブラウスのボタンをすべて外す。


「俺だけに都合よくない?」

「ただし、ラポロさんがボクだけを見て、ボクだけを愛して、ボクだけを可愛がってくれるのであれば、の話ですけど」


 内心であれだけ恥と葛藤していたはずのペリドットが、大胆にも肩までブラウスを寛げた。続けざま、サラシに包まれた平原の中央部に指をひっかけると、そこにある鍵穴をミスティラポロの目の前で見せつけた。


「!」

「三年分以上に、時間をかけてボクを見て」


 ぱさりとブラウスとサラシが床に散らばった。

 それから少しの間の後、黒いショートパンツと白いスパッツや下着も床へぱさぱさと落ちていく。膝を覆っている装甲も取り払い、硬い音を立てて床に転がす。


「リディちゃん…」

「老若男女、種族関係なく、ボクだけを愛してよ。それとも、こんな身体じゃ、お気に召さない?」

「…」


 ペリドットは自身が球体関節のある体であることに関しては、まったく臆していない。ただ、ささやかに隠した部分だけがペリドットにとっての気がかりだ。


「全部見て、決めて…ぅわ?!」

「色んなショックで混乱して勝手に傷ついてる男の前でそんなかっこうすんのどうかと思う」

「え、ちょ…」


 ミスティラポロはペリドットの体を小脇に抱えると、すたすたと窓辺へ近づく。そこに立てかけるようにして干していたベッドのマットレスを足で床へ蹴り倒し、無造作に側へひっかけてあったシーツをその上に片手で広げて、そこへこの子を下ろした。

 さほど弾みのない硬めのマットレスと綺麗に整えていないシーツの上に投げ出されたペリドットは、とっさに体を丸めた。その上から、ミスティラポロが覆いかぶさる。その際に、彼はペリドットが履いていた靴と靴下を脱がし、床に散らばっているこの子の服たちのほうへ向けて放り投げた。



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