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三年分の嫌がらせ


「俺にとっての真実?例えば?」

「……貴方の親友の、転落死」

「…!」


 少しだけ気まずい雰囲気で発されたペリドットの言葉に、ミスティラポロの余裕に満ちていた目元が見開かれる。それを見たこの子は、すぅっと冷静に、いや、フラットな状態を取り戻せた。


 この三年間、ペリドットもただ時が経つのを心待ちにしていたわけではない。ペリドットの中のミスティラポロへの執着を満たすためには、彼のどんな情報も取りこぼすことはできなかった。そして、そこから生じた疑問も解消し、またミスティラポロを構成する情報として『喰らう』必要があった。

 それは、運命のオーナーに対する渇望なのか、はたまたシャヘルの言葉であれば、『死を喰らう太陽』のコピーであるという側面がそうさせるのか。


「ずっと調べていたんです。貴方のこと。経歴などはお父さまの部屋にあった情報で充分でしたが、ボクにとってそれだけでは足りませんでしたので。おおよその時期の検討をつけて、王都での『赤夜光』被害による死亡者リストを調査しました。確かに、三大大陸共通暦310年、青紫色の月の死亡者リストに貴方の親友の名前がありました。ですが…」


 鼓膜から背中までを甘く微かに震わせるようなペリドットの声音が、ただ淡々と過去の情報の塊を羅列していく。


「…死因が転落死に分類されていたんじゃ、探すの大変だったろ」


 彼はこの子が尚も話そうとするのを遮った。


「…はい。『赤夜光』被害の死亡者リストではなく、自殺を含めた事故死の死亡者リストへの記載でしたので」

「…」


 それを聞いたミスティラポロは絡んでいた視線を外し、ペリドットの腰に回していた腕を微かに緩ませた。ペリドットはそれに気付きながらも、さらさらと続ける。


「ボクはもちろん、お父さまも、ですが。三年前に貴方と出会った際の説明で、貴方の親友は『赤夜光』に取り込まれて命を落としたものだとばかり思っていました。だからこそ、リスト上の死因の齟齬について知ったときは最初、貴方に嘘をつかれたのかと思いました。けれども、貴方は三年前、『赤夜光』について調べていたのは、九割の私怨と一割の興味であり、『赤夜光』が発生した当時に大事な人間を一人亡くしている、とおっしゃった。何も嘘はついていないのです。ただ、ボクやお父さまがそう捉えてしまうような言い方をしていただけ。勘違いしたのはこっちの勝手です」

「勘違い、ね…」

「ええ。でも、引っかかったんです。じゃあ、なんでボクやお父さまが勘違いをするような言い方をしたのかってことです。ラポロさんは興味本位だけで国家機密である『赤夜光』の案件に首を突っ込んでくるようなタイプの情報屋さんではなかったですから。貴方の仕事ぶりに関しては、お父さまが調べていましたので、その辺りは間違いありません」

「じゃあ、なんだって…」

「ボクはこの三年間、お外にはなかなか出られなかったので、ヘリオ兄さまに頼んで貴方の親友の転落死について調べていただきました」

「!あいつも知ってんのかよ…」


 ミスティラポロのそれは、少し怒りを滲ませるような口調だった。彼のその怒りはペリドットに向けられたものではない。三年の間、ある程度蓄積したはずの信頼信用をヘリオドールに揺るがされたことに対してだ。


「ヘリオ兄さまを怒らないでくださいね。兄は、人間よりもボクたち兄弟自動人形たちを優先する。ただ、絶対にお父さまには言ってないので…」

「死因の齟齬を見つけた時点で俺に聞けばよかったじゃん」

「三年間、ボクと逢わないって言ったのはラポロさんですからね」

「…」

「それにボク、どうしても貴方に嫌がらせをしたかったので、ヘリオ兄さまには貴方を調べていることを内緒にしておいてもらったんです」

「嫌がらせ?」


 今にも何かを焦り諦めてしまうような表情をしていたミスティラポロが、一瞬だけまたペリドットの目を見る。ペリドットは逃すまい、と彼の両頬に自身の両掌を当ててやわく固定した。


「三年前、あれこれボクの体を好き勝手したことや、その割にはボクが自動人形として未熟だと知ると、責任取らずに一方的にお別れしてきたことにも怒っていましたし…この三年間生半可に放置されていたことも、それから、ついさっき知りましたけど、ボクが怒るとわかりきっていることをしていたことも、ほんっとーに許せませんね。それらぜーんぶまるっとまとめた結果の嫌がらせです」


 にっこり。

 ペリドットの笑顔はこれまでミスティラポロに見せたどの表情よりも清々しいものであった。


「まぁ、確かに、当然か…。でもどうしてジェリコの死因を突き止めることが俺への嫌がらせになると思ったわけ?」

「ボクもお父さまも勘違いしたからです」

「は?」

「あ、勘違いでもないですね。ラポロさんが『赤夜光』について調べようと決意するほど、親友さんの死が理由として強かった。とラポロさんの様子から納得できてしまったからです。ただ、そこに引っかかりを持ったのがボクで、持たなかったのがお父さまだった」

「…引っかかり、ね。それはなんで?」

「ラポロさんのことを知りたかったから、ですね。できることならすべて」

「っはははははははは…あーそー…」


 思わず、ミスティラポロは額と目元を両手で覆い「あー、おっかない。この子」と小さく呟いて天を仰いだ。ただし、いかにも愉快そうに口元が笑っているため、本当にそう思っているのかが疑わしい。


「ヘリオ兄さまが調べてきた当時の状況からして、ラポロさんの親友さんは『赤夜光』の催眠下にあった、と考えるほうが妥当でした。そして、取り込まれる前に一度、あることがきっかけで、催眠状態から抜け出してしまった。結果、彼が見ていた幻とはかけ離れた異形としての『赤夜光』を目撃し、恐慌状態となり、塔の上から落下してしまった」

「…ああ。ほとんど合ってるよ」


 何もかも観念したような声音のミスティラポロに、ペリドットは彼の両頬をむにっと押した。


「ラポロさん」

「なに?(この目…)」


 呼ばれるがままに、彼はこの子を見下ろす。

 不思議だった。この子はミスティラポロのことを理解しているわけではないだろうに、むしろ知らぬことのほうが多いくせに、何もかも飲み込もうとしてくる。

 この薔薇が浮かんだような目だ。

 そこにあるのは、深く受け入れて抱きしめてくるようなぬるま湯のような温かさと、無様に甘えてしまいそうになる赦免。

 その昔、プシュケ・クオレは言った。


『人形は、持ち主の望んだ感情をその表情へ投影する。

 悲しみを持つ者には労りを。

 苦しみを持つ者には共感を。


 罪悪感を持つ者には赦しを…』


 緩やかな重みがミスティラポロの首の後ろへかかる。ひと際輝く黄緑色の瞳が、彼の間近に迫っていた。ペリドットが自分へ抱き着いてきたのだと気付く暇もなかった。



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