三年ぶり
「”帰ろっか”」
「…はい」
以前のペリドットならば、ミスティラポロから『帰ろう』と言われようものなら、『帰る場所は工房だ』と返事をしていたことだろう。
しかし、今は様々な事情が異なる。おとなしく、ミスティラポロの隣へ行くと、彼に合わせるように少し早足で歩く。
そのことに気付いたミスティラポロは、少しだけ歩くペースを落としつつ、ペリドットをちらりと見下ろす。
すると、戸惑いを隠さないこの子の宝石のような瞳が見上げてきた。
「あの」
「んー?」
「兄たちは、どこに行ったのでしょう…?」
「え」
「ヒノト、さん?や監獄姫っていったい…」
「もしかして、兄ちゃん姉ちゃんたちから聞いてないの?」
「はい」
「あー、まぁ、リディちゃんは嘘とかつけなさそうだしなー」
「なんですかそれ」
ペリドットはどうやら、兄弟自動人形たちから意図的に隠されていたことがあるらしい。ペリドット自身、嘘をつけないというのは否定できないため、不服には思うものの、強い反発心は起きない。
「だとすると、どこから説明するべきかってことになんのか…でもいいや。とりあえず『三つ首塔』に着いたら本契約済ませたあとに話すから」
もうすぐ『三つ首塔』に着く。さっさと部屋に入っておかないほうが面倒だった。夕飯はまた夜間の屋台街まで買いに行けばいい。
「わかりま…本契約?!」
「うん、本契約」
「し、してくださるんですか?!」
ミスティラポロにはペリドットの反応こそ意外だった。
「してくださるも何も、そのために今日俺についてきたんじゃないの??」
「ぅえ…っそうなんですけど、そうなんですけど…っ」
「渋るくらい嫌なら、とっととリディちゃんの大好きなお父さまのいる工房に帰りな?」
「!…」
「リディちゃんが色んなことを考えて、嫌がってるなら」
この三年、ヘリオドールたちからペリドットの状態についての話を聞いてはいたが、その心境をこの子自身に確認していたわけでもない。再会してからも、どこかしら避けられているような節もあった。もし、この三年の間にシャヘルの元にいることをペリドットが選んだのだとしたら、それは尊重してしかるべきだろう。
と、いうのはミスティラポロの建前的な考え方で、本音は『どうしたらこの子が余計なことを考えずに素直になるか』ということを突き詰めたようなものでしかない。
この男、待っていた三年分を早急に埋め立て直す気満々だった。
「そうじゃないんです!!」
「…ん?」
「ボ、ボク…兄弟の自動人形にも教えてないことがあって…んーん…誰にも見せちゃいけないって…その…」
「あ、もう着いたから、中で話そ?」
「え?…え?」
ペリドットがしどろもどろになっている間に、『三つ首塔』の正面玄関前に着いていた。ミスティラポロは、このままだとペリドットが玄関先から動きそうにないと判断し、その手をさっと取って、中へと招き入れた。
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「おっちゃーん、ただいまー!」
「おう、ラポロ。今日”も”お連れさん有りか…ってその子…」
ドアの開く音と、ミスティラポロの声に振り向いた『三つ首塔』の主人は思わず固まった。さもありなん。そこには三年前、宿の一室の窓を大破させ、ミスティラポロに重傷を負わせた美少年…ペリドットがいたからだった。
「今日”も”?ですか、ラポロさん?」
「あははははー。それに関しては後でなー?」
主人がいつものことと捉えていたがために、思わぬ殺傷能力のある弾丸が放たれてしまったようである。
「わかりましたけど…んん?(あれ?!なんでビクともしないの?!)…じゃあ、この手をいったん離していただけますか?」
「駄ー目。逃がしたくないもん」
三年前と異なり、ミスティラポロは普段からヘリオドールやジャスパーの能力値をある程度同期している。三年前の彼ではペリドットの手をこうして掴み続けることはできなかった。自動人形にとって、人間の手を振り払うことは造作もないこと。
ミスティラポロは三年前に自動人形の人造パーツ移植を行ったことへの判断は間違っていなかったことを実感していた。
ペリドットは言葉にこそ出していないが、この変わりように戸惑いを感じているようだ。ミスティラポロが握っている手を見て眉間にしわを寄せている。
「ラポロ!その子の分は明日払えばいい!とりあえずさっさと中に入ってその子を宥めてくれ!三年前みたいに、やれ人殺しだ自殺だと変な噂が立っても困る!また窓に大穴開けられたんじゃかなわん!」
いちゃついているのか痴話げんかをしているのかよくわからない境界線スレスレの二人に、主人は慌てて部屋に行くよう促した。
三年前、『三つ首塔』で起きたミスティラポロが窓を派手に突き破って落下した事件は、その噂に尾ひれがつきまくった。
最終的に『三つ首塔』にカップルや夫婦で宿泊すると、どちらかの浮気や不貞が露見し、それを働いた側が窓を突き破って死ぬ、という不名誉な噂にまで発展。客の入りがそこそこ悪くなってしまった。
ただ二年前くらいからは、その噂を信じた人間たちが、逆に浮気や不貞発見機としての側面を『三つ首塔』に見出したらしく、わざわざ夫婦やカップルで宿泊しにくるという猛者もいた。もっとも、そんな噂が本当であるわけもない。
ようやく最近妙な噂が鎮静化し、『三つ首塔』の客入りも三年前と同程度に安定したものに戻りつつあったのだ。
今更、ここで再びの修羅場を展開されても、『三つ首塔』という宿屋としては大いに困る。
「はーい」
「その節はほんとうにご迷惑をおかけしました…」
『三つ首塔』の主人は、まったく何も気にしていないミスティラポロが、ぺこぺこと頭を下げるペリドットの手を引いて自身の部屋まで向かうのを見届けた。
どうか騒ぎが起きませんように。
そう願いながら、主人は受付で作業を再開した。