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運命の重要性


 王宮での騒動が沈静化したあとのことだ。

 『楽園シリーズ』はミスティラポロ組とモルフェーム組に分かれて帰宅することになっていた。イリスカルン第二王子と仮契約したアリス・レッドベリルと、それ以外の未契約の『楽園シリーズ』はシャヘルと帰宅する予定だった。


(どうして、こうなったんだろう…)


 ペリドットはヘリオドールと話しながら歩くミスティラポロの背中をちらちらと見やっては、困ったように隣のジャスパーへ視線を向けた。ジャスパーはその度にうんうんと頷いて、大丈夫だと言っているようだった。


〓〓〓〓〓〓〓〓


 王宮でアリス・レッドベリルがイリスカルン第二王子との会談する直前に、ペリドットは彼女から呼び止められて耳打ちされた。


『『アリス・レッドベリル・オリジナル』のキューブと『赤夜光』の欠片のキューブはわたくしたちがお父さまに報告がてら持っていくわ。ペリドットは、ヘリオドールたちと一緒にノイネーティクルさんのところへお帰りなさい』

『え??えぇえええええええええ?!』


 ペリドットは驚いて咄嗟に大きな声を出してしまった。そんな末っ子の口元にアリス・レッドベリルは手袋をした右手をぽふんと当てた。


『しっ。静かに聞きなさい』

『は、はい』

『ん。いいこね。…そもそも、イリスカルンさまが貴方の本心をお父さまに暴露したようなものね。あれがなければ、貴方を工房へ帰宅させても問題は無かったのよ』


 イリスカルン第二王子と初めて目通りしたとき、ペリドットは彼の鑑定の真似事を受けた。その際、末っ子の複雑な事情を知っている兄弟自動人形たちは、過保護以上の魔法や魔術をペリドットに重ね掛けしていた。そこからイリスカルン第二王子はこの子に心に決めた運命のオーナーがいることを看破し、あろうことかそれをシャヘルの前で話してしまった。


『問題…って…?』

『極端な話、お父さまが貴方とノイネーティクルさんとの接触を禁ずるかもしれない、っていう問題。だから、そうなる前に本契約なさい』

『で、でも…本当にラポロさんがボクの運命のオーナーなのかなんて、確証持ってないし…』


 ミスティラポロとの本契約。それはペリドットにとっては、二の足を踏むような問題だらけだ。その根底にあるのは、ペリドットの不具合や誤作動への懸念だ。彼の力になれないのならば、意味のない契約になりかねない。それでも、ミスティラポロに本契約を望むのは、彼のためであるのかどうか。


『あら。気づいてない?』

『え?』

『相性最悪だと、わたくしのこの腕のようになるのよ』


 アリス・レッドベリルは、まったく治る様子のない左腕を晒して見せた。赤く炎症を起こしたような人工皮膚や脈打ち熱を保ったその関節は、むしろ、仮契約した当初よりも悪化しているようでもある。


『っ…レッド姉さま…これは…』

『相性最悪であるが故の苦痛。きっと貴方とノイネーティクルさんの間には、こんな現象生じなかったのでしょう?』

『…はい。でも、そんなことよりレッド姉さまのこの腕は、どうにかしないと…』


 ペリドットの脳裏には、あの仮契約や調整の際の自身の醜態が想起されて、つい、言葉を濁し、話題を姉の腕についてすり替えようとした。

 だが、アリス・レッドベリルはその気の強さを表したような瞳でしっかりと大事な末っ子を見据えた。それから、ペリドットの手をきゅっと握り、母親が子どもに大事なことを言い聞かせるような口調で諭す。


『そんなことなんかじゃないのよ。わたくしのように、相性最悪のオーナーを引き当てることになれば、こうなってしまうの。仮契約でこれなのよ。下手をすれば、この腕は腐り落ちるわ』

『!』

『大丈夫。お父さまにはキューブの報告の際にこの腕のことをお話するわ。だから、あなたは絶対にノイネーティクルさんとの本契約を』

『…わかりました。レッド姉さま、絶対に腕を治してくださいね』

『ええ。わたくしのこの状態は、お父さまも望むことではないから』


 そうして、二体はそこで解散し、ペリドットはノイネーティクル組に合流することになったのだった。


〓〓〓〓〓〓〓〓


(どうしよう…本契約するってことは…ぬ、脱ぐってことだよね…)


 ペリドットはシャツの胸元をくしゃっと握りしめ、緊張から顔を赤くする。

 そのときだ。この子の頭に、起動したばかりの頃のシャヘルの言葉が響いた。


『お前の裸は私以外に誰も見せてはならない。決して、その身体の秘密を知られてはいけないよ。それは、私の人形創作における汚点なのだから』


「っ…」


『お父さまの…人形創作における汚点…それが、ボク…だから、裸はお父さま以外には見せない…』

『そう。私との契約が続く限り、それだけは絶対に守ってくれ』


 シャヘルから言われていた『人形創作における汚点』という言葉がひどく深くペリドットの心の中に突き刺さっていた。その一言が生まれ落ちた瞬間から、ペリドットの考え方に影響を与えていたように思える。


(ラポロさんは…ボクのこの全部を見たら、どう思うんだろう…本契約、してくれなくなっちゃうのかな…)


 目に見えて落ち込んだペリドットに、それまでの表情の移り変わりを眺めていたジャスパーは、前を歩くミスティラポロとヘリオドールを呼び止めた。


「ヘリオ兄上、ラポロ」

「ん?」「どったの?」


「っ」


 振り返った一体と一人に、ペリドットはこちこちに固まる。


「俺は、ヒノトのところに一度顔を見せにいこうと思う。もう三日ほど、会っていないのです」

(ヒノト…?誰だろう??)


 ジャスパーの出した人名には聞き覚えがない。ペリドットは首を傾げた後、それぞれのほうへ目線をやる。


「確かに。この三日、ジャスパーにペリドットのことを任せきりだったな。わかった。ヒノトにはよろしく言っておいてくれ」

「すまない、兄上」


 ヘリオドールは白い歯のまぶしい笑顔で承諾し、ジャスパーは仮面の向こう側で申し訳なさそうに頷いた。


「あ、ヒノトんとこに行くなら、新居候補についての情報を渡しといてやってくれ」

「これは、例の…!ありがとう、ラポロ」


 ミスティラポロは腰に下げた鞄から紙束をまとめた筒を取り出し、ジャスパーへ放り投げた。ジャスパーはそれを受け取ると、サッと姿を消して転送でどこかへ行ってしまった。


「あ、あの…」


 ヒノトって誰ですか?ジャスパー兄さまはどこへ行ったのですか?


 そう問いたかったペリドットよりも早く、今度はヘリオドールが「『三つ首塔』まではもう近い。ラポロ、そろそろペリドットと話したらどうだい?」と提案した。

 それを聞いたミスティラポロはちょっとだけ気まずい表情をしたあと、何か覚悟を決めたのか、軽く頷いた。


「んー、そうするか。てか、ヘリオドール。お前、ほんとはジャスパーに触発されて、『監獄姫』に逢いに行くつもりだろ」

「何か問題でも?」

「いーや?お前の運命のオーナーだ。好きにしろ」


(運命の…オーナー…???ヘリオ兄さまの…?)


一人と一体が何を言っているのか、ペリドットにはまったく理解できなかった。


「じゃあ、また。明日もよろしくお願いする」


 ヘリオドールが軽く握った拳をミスティラポロへ向ける。そこに、慣れた仕草でミスティラポロが同じように軽く拳を合わせる。


「ああ。夜中に『赤夜光』の欠片の情報があった場合は、連絡用リングに頼む」

「もちろんだ」


 そうして、ヘリオドールもまた転送でその場から姿を消した。


「…」

「…」


 残ったミスティラポロとペリドットの視線が絡むが、互いに何も言わない。



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